第四章
ルナとマリアの朝食は遅い時間になった。
アイリス姫の聖カリステゥスへの、朝の礼拝にも付き添ったからだ。
アイリス姫の細々な要求を聞いてめまぐるしく動き回った二人は、それなりに疲れ、使用人が食事を摂る部屋のテーブルに、重い身体なんとか付かせた。
すぐに侍女仲間のオドレイが、二人分の皿を彼女らの前に置いてくれる。
「ご苦労様」
「うわー」マリアは嬉しそうな声を上げた。
白い皿の上には朝食、ベーコンにソーセージに焼きトマト、マッシュルームなどがあり、冷えてはいるようだが食欲をそそる匂いにルナも嬉しくなる。
「すぐにトーストも持ってくるから」
オドレイは笑顔で言い、マリアの目が分かりやすく輝くが、くすくす、と笑い声が上がる。
目を上げると、ルナやマリアより幾つか年上らしい黒髪の少女と、金髪の少女が二人に意地の悪い視線を向けている。
アレットとベラだ。
「そんな粗末なお食事で満足だなんて、所詮偽物の貴族は卑しいわね」
黒髪のアレットがわざとらしくベラに語りかけ、彼女も頷く。
「私なら耐えられない。こんなせまっ苦しい部屋でのお食事なんて真っ平だわ」
ルナの傍らでマリアが下を向く。まるで消沈しているかのように顔を伏せていた。さらに、かなり緊張しているようで、肩を目一杯固く張っている。
アレットとベラ……二人ともルナたちと同じくアイリス姫の侍女だ。
だが身分が違う。
アレットは伯爵令嬢で、ベラは子爵令嬢……正真正銘のエリディス貴族であり、貴族の遠縁、と迂遠なルナとマリアとは決定的な差がある。
実はアイリス姫の侍女としての血統としては、二人の方が正しい。
本来、王族の侍女は貴族の子女が勤めるものだ。
アイリス姫が第五王女であり、両親にさえ軽んじられているからこそ、悪い表現すれば大ざっぱなエンディミオン宮殿だからこそ、マリアはともかく、ルナのような異分子が紛れ込める。
アレットとベラは、王族の侍女として自分の経歴に箔を付けて、有利な縁談を探す……そう条件の良い縁談、その為だけに貴族の娘は礼儀作法を含めた、色んな教育を受けている。
最も、ルナは二人が時々、ちょくちょく頻繁に体調を崩して出仕してこないとも知っていた。
侍女頭のファンニはそれで頭を痛めているが、彼女よりも二人の地位は高く、真っ当に注意も出来ていない有様だった。
内心ルナは吐息する。
貴族の家門を守るのなら、もう少し身体を鍛えるべきだ……体調が本当に悪くなるのなら、であるが。
ただし、それが人手不足に繋がり、ルナなどと言う得体の分からないものが入り込む隙になったのも、現実だ。
「いい」とアレットが腰に手をやりつつ、二人に釘を刺す。
「使用人と同じ食事のあなたたちは、貴族じゃない。汚らわしい偽物の、名だけの貴族よ。アイリス姫の侍女は、時に姫様と友人のように接することが出来る、選ばれたものがなるものなの」
「そうよ」とベラが後を継いだ。
「貧しい食事がお似合いなあなたたちなんて、本来は私たちとも口が利けない立場なの、それを忘れないでね」
二人は煩く笑いながらその場から立ち去り、ふー、とマリアが大きく吐息した。
「終わったー。アレットとベラはいつもあんな調子だから、あまり気にしないでね」
マリアは彼女たちからの嫌味になど、堪えていないようだ。
「わたし、お腹がすきすぎて、ずっとソーセージを見ていたわ。そしたら少し動いたの。わたしの心の声にソーセージが答えたのよ! すごいわっ」
嬉しそうなマリアに、ルナの作り笑顔が崩壊しかける。
マリアの存在は、ルナの計画を根底から揺さぶる要素の一つなのだ。
「はい二人とも、トーストが焼けたよ」
オドレイがそう言ってプレートを追加し、「わぁ」とマリアが声を漏らす。
どうしてか、ルナはこんな時間が好きになりそうだった。