第二章
「ル……ナ……ル……ナ……ルナ、ルナったら」
はっとここで目が開いた。
反射的に隠している幾つもの針に手を伸ばすが、それらは冷たく存在しており、多少の呼吸の混乱の後、自分がベッドの中にいたと思い出す。
「どうしたのルナ? お寝坊なんて珍しいよ」
今までルナを揺すっていたらしいマリアが、朝日のような笑顔を浮かべていた。
習慣として身体に染みこませた行動を、ぱっと行う。
現状確認だ。
素早く目だけで見回し、ここがエンディミオン宮殿の離れにある、侍女たちの部屋だと認識する。
表の宮殿とは対照的な粗末な土壁の狭い場所で、ルームメイトのマリアと一緒に日々過ごしている。
マリアは敵ではなく、彼女は武器を手にしていない……が、もう紺色のアイリス姫付きの侍女としての服に着替えている。
「何だか酷い有様だよ」
マリアに言われ、ルナはようやく乱れた息を整えつつ、眼鏡で目を覆い、ベッドに半身を起こす。
まだ心臓は痛いほど高鳴っている。
「夢……を見てた」
呆然と、ルナは答えた。
そう、夢……いつもの過去と連結したそれだ。
「悲しい夢だったのね」マリアの顔が少し曇る。
「だってルナ、泣いているもの」
指摘されて初めて目の部分の熱に気づく。熱い雫の感触が確かにある。
ルナは震える指で、眼鏡の下の涙を払った。
「私も時々悲しい夢を見るんだ。悲しい夢っていやよね。どうしてか起きてからも意味もなく悲しいもの」
マリアはにっこりすると、部屋に取り付けてある鏡で身支度を始めた。
どうやら起床の時間を過ぎているようだ。
ルナは今一度、目を擦った。
悲しい……違う。マリアはこの涙について心得違いをしている。
ルナのある感情は、悲しみではなく、怒りと憎しみだ。
この涙は、憎悪の末のそれであり、殺意に満ちた雫なのだ。
ルナは泣くほど憎んでいる。
だがマリアにそれを悟らせるわけにはいかない。
ルナはするりとベッドから降りると、枕元に常にある簪に手を伸ばした。
金の装飾の入った長い円筒状の簪。
その中に、毒に浸された針が眠っている。
また再燃する怒りに胸がざわめいた。
だがもうルナは常の作り笑いを浮かべていた。
自分も身支度を始めなければならない。