第十章
「はあっ」
マリアが何度目になるかため息を宙に浮かせた。
彼女の目の前に置かれているプレートに乗る料理は、ほとんど減っていない。
「……アイリス様、大丈夫かしら」
その呟きも、何度目か繰り返している。
あの後、大騒動になった。
ブッフバルト夫人は、ヒステリックに自分が被った被害をイルムヒルデ夫人に並べ立て、イルムヒルデ夫人は激怒したのだ。
アイリス姫もだが負けておらず、ブッフバルト夫人の理不尽な暴力を告発した。
しかし結局、アイリス姫に非があると傾き、ブッフバルト夫人の顔に笑みが戻り、アイリス姫はそのまま寝室へと引きこもった。
その後は誰が声をかけても、寝室の扉は開かなかったそうだ。
使用人の食事部屋の灯りは蝋燭がいくつかだけなので、夕食時はひどく暗くなる。
だが雰囲気をより暗くしているのは、アイリス姫の境遇に思いを馳せるからだ。
「アイリス様、お夕食、良いのかしら?」
マリアはフォークでプレートの肉を突っついた。
「お腹をすかせていらっしゃらないかしら」
ルナも全く手を付けていない自分の夕食を見下ろす。
硬いパンとしょっぱすぎるスープと、冷めた肉料理……食べる気にもならない。
アイリス姫はイルムヒルデ夫人から、しばらくの間、謹慎を言い渡されている。
好きな音楽の勉強も、ダンスも許されない。
音楽教師としてエンディミオン宮に入り込んでいるサイモンが、さぞや悔しがるだろう。
「でも、お食事を摂らないのでしょう?」
「そうなのよルナ。それどころか寝室の扉を開けても下さらない……大丈夫かな?」
マリアの瞳が揺れている。
彼女らはアイリス姫の侍女だ。彼女が動くときに生じる不具合に、対応するのが役目である。
今、アイリス姫は引きこもっている。だから二人の仕事を大きく減っていた。
ルナはそっと席を立った。
「ルナ?」
マリアが不思議そうに見上げるから、彼女は作った微笑を向ける。
「少し外の空気を吸ってくるわ」




