第一章
王宮の針の続編の単話版です。
その世界はいつも赤い。
夕暮れのオレンジ色ではなく、夕焼けの朱色とも違う。
ねっとりとした血の赤黒さだ。
そんな赤が空に周囲に、世界に満ちている。
──また、この夢か。
その中で一人白黒のルナは、嘆息した。
彼女がここが夢、『悪夢』の中だと知っている。
何せ『あの日』から、定期的にこの世界は現れるのだ。
彼女の前に居並ぶ、白黒の群衆がわき上がる。
目をそらせばいいのに、常にルナはそれを直視してしまう。
興奮する群衆の真ん中にある、木の台。
そこに鮮明な色をもって『あの人』がいる。
牢屋暮らしでやつれてはいるが、『あの人』は相変わらず、胸を張っていた。
後ろ手で両腕を縛られているのに。
ルナの呼吸が速くなる。
夢だとしても、結果がいつも同じでも、彼女の心は揺さぶられるのだ。
一人の男が『あの人』の傍らに立つ。
忘れもしない顔。目つきの悪い、鼻の曲がった無精ひげの男。
その男が斧をかざすと、群衆の歓声は最高潮になり、皆石畳の地面で足音を鳴らし出す。
「殺せ! 偽英雄を殺せ!」
「そうよ、殺して! 卑怯な犯罪者を!」
「見せてやれっ! このエリディスの法を」
狂気のような叫びが空間の中で飽和し、ルナは耳を塞いだ。
はと気づく、彼女は『針』を持っている……あの時とは違う。
『あの人』の頭が垂れられる。
その下には木製のパスケットがあり、首の落下を待っていた。
ルナは駆け出した。
夢だとしても、もうその光景は見たくない。常にそうなのだが、もしかしたらここで阻止出来たら、目を開けた後も変わっているかも知れない、との考えが、彼女の小さな身体を突き動かす。
「どけっ! 邪魔だ!」
ルナは群衆の灰色の背に飛びつくが、背中で構成された壁は一向に崩れず、時が訪れる。
頭を垂れた『あの人に』の首へと、男が斧を振るう。
何とか近づこうと悪戦苦闘しているルナの耳に、びゅんと音が届いた。
だが……。
ここで初めて『あの人』の顔が苦痛に歪んだ。
『あの人』の背に斧の刃が突き刺さっていた。
本来なら一撃で首を落とす処刑人が、『わざ』と『あの人』の背中に斧を振り下ろしたのだ。
ぎゃははは!
狂ったように群衆は喜び、嘲笑する。
「ざまーないぜ! 英雄様!」
誰も彼もが、苦痛に苦しむ『あの人』を嗤う。
ルナの血の一滴一滴が、かっと熱を帯びる。
蒸発しそうなほどの灼熱が、彼女の全身を巡っていた。
「殺してやる」
ルナはそう呟く。
壇上で得意そうにおどける処刑人に、この最悪の非道に喜ぶ群衆に。
「お前らは全て私が殺す!」
ルナは手に持つ長い針を、処刑人へと真っ直ぐ向けた。
「アレクシス兄様を苦しめたお前を、必ず地獄に落としてやるっ!」
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