嗚呼、さよならボス
なんということでしょう。
思ってたのと違う。
おかしい。
あれ?こんな簡単でいいのですか?
もっと、がんがんどんどん、めきめき、大工仕事のように削ったりするのかと思ってましたが。
いやそれを期待していたわけではないけれど、あまりにもあっけないボスとの別れ。
「はい、終わりです。しばらくは出血すると思いますから綿を噛んでおいてくださいね」
衛生士さんに促され、ゆっくりと起き上がる。
「大丈夫ですか?気分が悪いとかないです?」
あまりにも私が呆けた顔をしていたからだろうか、彼女は心配そうに尋ねてきた。
「あい」
それしか言えなかった。
綿が詰まっているし、麻酔で口がうまく動かせない。
「帰ったら痛み止めをのんでおいてくださいね。お疲れさまでした」
「あい」
本当はボスと対面したかったけど、おそらく砕けてボロボロの姿になっていたであろう。
うまく喋れないし、ご対面は諦めて帰路についた。
歯医者から家まで車で約20分くらいかかるけど、何とか痛みも出ず無事に帰宅できた。
帰る早々洗面所に行き、おもむろに口を開いてみた。
わ!そこには真っ赤に染まった綿が。
グロい!!!!!
手をよく洗い、念のためアルコール消毒もし、綿を摘んで捨てる。
真っ赤な綿、グロい!!!!!
そして、再び口を開き、鏡をのぞき込む。
あれ?思ってたのと違うぞ。
私はもっと大きな穴が開いていると思ってた。
おそるおそる舌で歯茎をなぞってみる。
ん?穴はあるけどそんなでかい穴ではないのか…そうか、ボスはもういないのか。
これで化膿することもなくなるんだな。そうか。
なんだか嬉しいような寂しいような変な気持ち。
今日は柔らかいものを食べよう、薬ものんでおかねば。
なんだ、こんなに簡単に抜けるんならもっと早くに決断すればよかったな、拍子抜け。
いやいや、でも、この程度で済んだのだからヨシとしよう、頑張ったな私。
嗚呼、ボス、今までありがとう。
お世話になってたわけではないけど、むしろ私がお世話してやったんだけど。