幕間――支援――
幕間――支援――
シアが板塀最後の見張りを縛り上げたとき、海賊―――使い捨てにして惜しくないと上層部に思われている―――全員に配られたらしい指令書を発見した。
それによって、シアはこれが大規模な罠であることを知った。
報告・・・間に合わない。
皇子様は今、輸送船でこちらに向かっている最中だ。知らせようがない。
今から自分が陸上戦闘員の上陸ポイントに走ったとしても、そのときには時間的にほとんどの戦闘員が上陸してしまっている。
引き返すことはできないだろう。
混乱させるだけだ。
皇子様は攻めてきてしまう。
だとしたら?
打つべき手は?
味方がいる方に、皇子がいるだろう方向に、一度視線を向けながら、シアは後退して姿をくらまし、ゴーストのような動きで防衛陣内に潜入した。
情報収集の結果、見つけることができた体制への不満分子、その中で唯一まともな論理を語っていた人物の下へと。
一人になるタイミングを見計らって正面から向かい合う。
相手は声を上げなかった。
一瞬、剣の柄に手を伸ばしかけただけで止めている。
シアは、その男に向かってうなずいた。
男は警戒心を自制しようと片目をぴくぴくさせながら、シアを見つめ返した。
相手には自分が仲間の一人のように見た目では見えているだろう、もちろん、それは見た目に限ればということだが。
どう見えていようが知ったことではない。
「あ、あんたらの求めていることはわかっている」
「ほう、そうなのか?」
感情の入らない低音で返した。
何者に見られているかは知らないが、味方でないと判断されたようだ。
「造船所を手に入れて、大公とか名乗る売国奴に取り入るつもりだろう? 俺たちは、売国奴のためになることは何一つする気はない」
「・・・ならば、手を組めるはずだ」
「なんだと・・・?」
「我々は大公に捕らえられていた。収容所にな。そこから逃げ出して食うために海賊になった。だが、大公に追われている。このままではまた収容所送りか殺される。そんなのはごめんだ。だからここが欲しい」
男は動揺した。
依って立つ場所がなくなったように、頼りなげに瞳を泳がせている。
「た、大公の手先の海賊じゃないのか?」
「その海賊を打倒して成り上がって、海賊を名乗り始めたばかりだ」
「そ、そ、そうなら・・・しかし・・・」
男の動揺が大きくなっている。
「もし、我々に手を貸してくれるのなら。・・・人質を助け出すのに力を貸してやってもいいが?」
「?! ・・・どうして、それを・・・?」
「防衛陣の中を、こうして自由に動き回れる者が、お前たちの秘密を見逃すとでも思ったか?」
もう少しで見過ごすところだったことは秘密だ。
「で、できるのか?」
「簡単ではない。絶対とも言えない。だが、この機会を逃せば、人質たちは二度と陽の当たる場所に出てくることはできないだろうな」
これは紛れもない事実だ。
この男にもわかっていたことだろう。
「なにをしろ、と?」
「それほど難しいことではない。もうじき、ここは戦場になる。それは知っているはずだ。だが、お前たちが知らされているのとは規模が違う。防衛陣は破られる。今のうちに、信頼のおける者に連絡を取り、安全に捕虜にされるようにしておけ」
「捕虜? 倒さなければ、皆殺しになると聞いたぞ?!」
「投降しないようにしたかったのだろうよ。降参しても殺されるとなれば、死ぬまで戦うだろう、とな」
顔をしかめた男は、唾を吐きたそうな顔になったがこらえた。
「ありえるな」
唾のかわりに、言葉を吐き捨てた。
だが、猜疑心にギラつく瞳を、こちらに向けてきた。
「そうだとしても、お前たちが実際に捕虜を取るという根拠にはならない」
「さっきも言っただろう?」
まだわからないのか?
うんざりしたような声を『男』は落した。
「俺たちは大公と渡り合えるだけの軍勢にならなければ殺される。一人でも多くの兵士が、同志が欲しい。捕虜を集めたいのではない。仲間を増やしたいのだ」
「・・・・・・」
場を沈黙が支配した。
耳が痛いほどの静寂。
破ったのは男だった。
「わかった。言われた通りにしよう。捕虜にはなる。だが、仲間になるかどうかは人質にされた家族の顔を見るまでは決められん」
「充分な答えだ」
これで、防衛陣地の防御力は半減したはずだ。
男が何人の仲間に声をかけるかはわからないが、防衛側兵士の何割かは初めから捕虜になる気で戦いに臨むことになる。戦力ダウンは確定だ。
防衛陣地の土台に楔を打ち込んだ、そう言っていい。
これ以上は望めない戦果だろう。
皇子様の助けになりますように・・・。
祈りを捧げて、シアは次の行動に移った。
ライムジーアたちが板塀に攻めかかる二十分前のことである。




