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野盗

 

 野盗


 翌朝、一行は木立の間に霧が立ち込めているうちに出発した。

 ベゾンネ伯爵は濃い緑色のマントにしっかりと身を包んで見送ってくれた。

 ライムジーアの馬車の上には干したマスが何本か載っている。

 伯爵が食い切れんから、とくれたのだ。

「よい方でしたね」

 街道を少し進むと、シアが口を開いた。

 珍しいことだ。

 普段であれば、ライムジーアが声をかけるまで何時間でも何日でも無言でいるのだが。

 「・・・ごめん。落ち込んでるわけじゃないよ?」

 「はい。でも、何か考え込んでおられます」

 

 正解。

 

 図星を刺されてちょっと戸惑った。

 指摘通り、僕は考えに沈んでいたのだ。

 嫌なのに、先が見えてしまう。

 この国の辿り行く先が。

 他人のことを心配できる立場ではないが、この国の行く末を考えるとなにかもやもやしてくるのだ。

 前世世界で読んだ歴史の本で、滅亡する国はたいていこんな感じだったんじゃないかという気がする。

 指導者は外敵の駆逐に忙しく、内政はおざなり。

 国民は税の重さに耐えきれずにあえいでいて、貴族たちは偽りの繁栄を謳歌している。

 昨夜、伯爵が言っていたのは、多分そういうこと。

 噂は聞いていた。

 帝都の市場にいた三年間の間に。

 でも、きっとこれからは噂を上回る現実と向き合わされることになるだろう。

 その現実に、僕は耐えられるのだろうか?

 漠然とした不安を感じている。


 街道を進んでいくと、その現実が目につき始めた。

 暗い雰囲気の村に差し掛かったのだ。

 モニターの明度調整を変えたのかと思うくらい劇的に違いが出ていた。

 藁ぶき屋根と泥漆喰の網枝の壁からなる小屋が二十ほどある。

 村を囲む野原には木の切り株が点在し、森の縁辺りで痩せこけた牛が二、三頭、草を食んでいる。

 自分の想像力が、その粗末なあばら家の集まりが暗に物語っている困窮を見て取ると、自分の中の憤りを抑えるのが難しくなった。

 この地の領主たる貴族には、あの村の惨状が目に入らないというのだろうか?

 道路の近くでは、ぼろをまとった二人の農民が切り株から薪を切り出している。

 一行が近付くと、農民たちは家に逃げ込んで戸をしっかりと閉めてしまった。

 徴税官だとでも思ったのだろうか?

 ザフィーリの部下たちを散らしておいてよかった。

 これで三百もの騎兵を連れていたら、どんな目で見られていたやら。

 「ひどいものだ」

 呟きがこぼれた。


 「そうですね。でも、彼等はまだ家と畑があります」


 サラリと言われた言葉に、腹を一発殴られたような重い気分になった。

 そうだ。

 家もなく野垂れ死んでいる人間も多いのだ。

 そこからは、そういう暗い村が続いた。

 陽が沈み始めるころには結構な距離を進んだはずだが、同じ村の周りをただ回っていただけのような気がした。

 どんよりと曇った空は夜の訪れとともに、ほの暗くなってきた。

 「どうやら宿はなさそうです。野営に適した場所がないか、シャルディが見に行きました」

 馬を寄せてきたザフィーリが報告した。

 「そうか。シャルディなら、いい場所を見つけてくれるだろう」

 傭兵上がりのリザードマンは野営に適した場所を見つけ出す能力がデフォルトで備わっている。


 ほどなくして戻ってきた彼は、一行を森の切れ間に誘導した。

 「あそこなんかいいと思いやすぜ」

 シャルディはそう言って、小さな空き地と、その片側にある小川を指差した。苔むした岩の表面をちょろちょろと流れている。

 すぐ近くから湧きだしているらしい。

 「いいね」

 綺麗な湧水があるなら、もう決まりだ。

 上水道がまだないこの世界で、綺麗で冷たい水を手に入れるのがどれほど困難か。

 僕は一日に十二回の、井戸からの水汲みで身に染みている。

 飲み水、洗濯、掃除、風呂、料理・・・水は絶対に必要なものだ。

 そして、レバーひとつでは水が出ない世界では、それだけで重労働なのだ。

 「テントを張ります。しばらくお待ちください」

 馬を手近な木に繋いだザフィーリがシャルディを手伝って馬車の屋根と床下から野営の道具を出して組み立て始めた。

 「わしは薪を拾ってくる」

 ランドリークも馬を繋ぐと斧を肩に、森に入っていった。

 「私は火種を用意しておくことにします」

 彼の背中が見えなくなるとシアも馬車を降りて、落ち葉を集めて火打石を使って火を起こした。

 小川がすぐそばにあるのだし、湿っていそうなものだが一発で火を着けてのけた。

 付近の石と小枝で竈を作り、鍋に水を張って湯を沸かし始める。

 伯爵からもらったマスの干物と、ランドリークが薪拾いのついでに集めてきた野草とキノコで夕食の用意を進めていく。

 僕のメイドは城の台所で王侯貴族用のディナーも作るが、サバイバル料理も作れる。

 夕食をすますと、火の周りに腰を下ろして少し話をした。

 「ここの領主はずいぶんと自分が好きらしいですな」

 ランドリークがボソッと言葉を吐き出した。

 自分のために金を集めるのに忙しくて、そのしわ寄せが民にどれほどの苦労を強いているかを考えていないと言いたいわけだ。

 「帝都の近くでここまで荒廃しているのは珍しいっちゃ珍しいな」

 シャルディが同意の声を上げる。

 「何日くらいで抜けられる?」

 「この領地は西に向けて広がっています。三か四日というところですね」

 僕の問いに、ザフィーリが答えた。

 仕方ないか・・・そう言おうとしたとき、小川のそばで洗い物をしていたシアが突然立ち上がった。


 「下がって!」


 その口調は険しかった。

 「火から離れてください! 賊です!」

 シアは小川からさっと離れると、僕のところに駆け寄ってくる。

 同時に、シャルディが滑るようにして動いた。

 彼のいたあたりを、矢が通り過ぎる。

 つづいて、馬が嘶くと同時に、筋骨たくましい荒くれ男の一団が森の縁から飛び出してきた。

 剣を振り回しながら水飛沫を上げて小川を渡ってくる。

 シャルディとザフィーリが賊に立ち向かうために突進していくと、ランドリークが荷物の中から弓矢を取り出し目にもとまらぬ速さで次々と矢を放ち始めた。

 いつもはあんなだが、これでも精鋭揃いと有名な近衛軍団の連隊長経験者だ。

 実戦の練度は相当に高い。

 押し殺したような叫び声が上がったかと思うと、賊の一人が喉に矢を突き通したまま後退りした。

 さらにもう一人が胃のあたりを掴みながら体をくの字に曲げ、唸り声を上げて地面に倒れた。

 三人目はかなり若く年齢的には僕と同じくらいだろうか。

 これもまたドサッと崩れ落ち、うずくまったまま胸から突き出した矢を引き抜こうとしていた。

 子供っぽい顔には恐慌の色が浮かんでいる。

 矢は抜けず、やがて溜息を吐くと鼻から血を滴らせたまま、ごろりと横倒しになった。

 みすぼらしい身なりの男たちがランドリークの放つ矢の雨の下でもたもたしているのを見て取ると、ザフィーリとシャルディは斬りかかっていった。


 シャルディは咄嗟に掴んだらしい手斧を一振りして、おぼつかないまま宙を切っていた刃を叩き折り、それを持っていた髭もじゃ男の首と肩の間を斜めに斬りつけた。

 男は悲鳴を上げることもできずに、その場にドサッと倒れた。


 ザフィーリは素早い動作で槍を振るうように見せかけたあと、あばた顔の大男の体を一息に刺し貫いた。

 彼女が槍を引き抜いた途端、その男は身体を硬直させ、口から真っ赤な血を吹き出した。


 乱戦になったところで弓をしまったランドリークも剣を手に突進した。

 仲間が次々に打ち倒されるのを見て、立ち尽くしているぼさぼさ髪の男に斬りかかる。

 男は慌てて剣で受けようとしたが、ランドリークは剣同士をぶつけあうのを嫌って手首のひねりで避け、すれ違いながら首筋を切り裂いた。

 赤い霧が噴き出すと、驚くほど軽い音を立てて体が地面に落ちた。


 戦闘は驚くほど短時間で片付いた。

 僕が把握しているのがすべてだとすれば、逃げ延びたのは二人だけであとの九人は全員死んでいる。

 十一対五。

 しかも五人のうち二人が女で、一人は子供。

 必勝だと思ったのだろうが・・・。


 「相手を見る目と運がないとダメだね」


 野盗にも世間は厳しいということだ。

 「皇子様、コーヒーを入れました。お休みください」

 死体が二体ほど転がっている向こうから、シアが声をかけてきた。

 乱闘の間に湯を沸かしてコーヒーを淹れてくれていたようだ。

 僕は死体を大きく迂回して、シアのところまで歩く。

 ちょうどよい高さの岩に布が敷いてあったので、そこに腰かけて小さな戦場を眺めた。

 いつのまにかシャルディは姿を消していて、ザフィーリが辺りに警戒の目を向けていた。そして、我が守役のランドリークは野盗の死体から金に換えられそうなものを片っ端から引っぺがしている。

 ・・・靴まで脱がさなくても・・・。

 多分、売るというよりどこかの町に着いたら、なにかの道具や野菜と交換するつもりなのだろう。

 それにしても、帝都を出て三日たたないうちに流血を見ることになろうとは。


 コーヒーの苦さに顔をしかめてしまう僕だった。


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