会議
会議
完全に、この水域を支配下に置き占拠した。
輸送船団との合流も済んだ。警告用に置いてきたガレー船ともども本拠地近くに停泊している。すべての船に板が渡されて、移動が簡単にできるようになっている。
ガレー船や輸送船と、曳舟の間には縄梯子が掛けられた。
ここを根城にしていた海賊は全滅させることができたようだし、しばらくはゆっくりできる。
降伏したり捕らえたりした海賊については少し監視が必要だとは思うが、人数的にはそう多くない。
六十人ほどだ。
何人か面談してみたが、根っからの悪党というより、『友人や先輩に悪い道に誘われて使いっぱしりをさせられていたチンピラ』の雰囲気を醸し出している。
多分、根っからの悪党どもは戦闘艦にのっていて、わずかに残っていた留守番どもはみんな死んだのだ。
安心はしないが、危険を大きく見積もる必要はなさそうだ。
他は予想通り、エスクラーヴェが大半で、あとは数十人のヌットゥリーアが占めている。
これなら、うまくやっていけそうだ。
なので、この本拠地には、しばらく停泊することにした。
便宜上の問題からボサダと名付ける。
宿屋という意味だったと思う。
ボサダでは、なにより情報の収集を優先した。
この付近に何があるか、ここで海賊どもがどんなことをしていたのかを知る必要がある。
たとえば、他にも仲間がいて、いつ敵対する部隊が攻めてこないとも限らないとあっては、おちおち寝ていられない。
すでにヴェルトとガゼット、リンセルを周辺の探索に向かわせている。
何が見つかるかわからないが、とにかく安全なことを祈ろう。
次に優先されるべきなのは、ようやく形が見え始めた水上軍の編成。
そして何より訓練だ。
映画や小説なら、主人公が「右」と言えば兵士は揃って右を向くだろうが現実としてはそんな簡単な話ではない。
そして、現実の戦闘では「右向け右」、そんな命令だけで兵を、船を動かすわけではない。
複雑な作戦があり、難しい行動がある。
戦闘のたびに、「歩くときは左右の足を交互に動かします」的な初歩の説明から始めるわけにはいかない。基本となることは全兵士が当然のように頭に入れていてくれないと指揮のしようがなくなる。
理解はとても重要だ。
『こんなのがなんになる?』と、疑っている状態では、たとえ命令通りに動いたとしても戦果は期待できない。
今現在、陣形を取ることやその運用について理解できているのはザフィーリの部下たちだけだ。それでは戦えない。
先の戦闘で僕は『魚鱗の陣』を使った。
二年前、ザフィーリとその部下を手に入れた時、最初に教えた陣形だ。
遊兵を作らず、敵に確実な損耗を強いるのに、陣形がいかに効果的かを知ってもらうのに一月かかった。
今回はすでに前例があるから受け入れやすいかもしれないが、なんにしても戦術的な行動指針のイロハを叩き込む必要がある。
ヴィルトたちはもちろん、市民兵だってちゃんと戦えるようにしておかなければならない。いつまでも、観光船に乗っているつもりでいさせるわけにはいかないのだ。
それで言えば、市民兵を指揮する人間がいないという問題もある。
ザフィーリの部下から指揮官にふさわしい者を引き抜くか、市民兵の中から有望そうな人材を発掘しなくてはならない。
そこにさらに水兵の問題も出てくる。
地上戦のために陸戦の専門家集団を下ろすと、水上戦力は水に浮かんで観戦するだけ、というのは困る。
早いうちに、水上軍には水上軍の戦闘員を用意したい。
せめて、弓矢隊ぐらいは乗せたいものだ。
そのためには弓と矢がいる。
手に入れた海賊船に、何十かは弓があったが、矢はほとんどなかった。
弓を構えている間に走り寄って斬る方が、海賊たちの流儀に適しているのだろう。それはいい。ただ、僕たちまでがその流儀を踏襲する義務はない。
となると、弓兵としての訓練もしないといけない。
船の上でちゃんと戦えるように。
波のたびに狙いを外すようでは使えないし、船酔いなんてされたら論外だ。
そういうことにも頭と時間を使わなくてはならない。
まともに戦える集団とするには時間がかかる。
だから、ここで一度しっかりと下地作りをする必要があるのだ。
「市民兵の中に熟練の職人がいます」
このボサダに、しばらく留まることを知らせ、何をすべきかを知らせるための幹部会議を開いた。
僕が説明を終えると、真っ先に発言したのはザフィーリだ。
市民兵に限らず、投降したり捕らえたりした人間の素性などを調べるのは彼女の仕事なので、そういった情報も持っている。
今後は官僚経験者のアストトやサティオとも情報が共有できるようにするべきだろう。
「それは助かるな。どういう職歴の者がいるかいま一度確認して、技術者集団として組織作りを始めてくれ。担当は・・・サティオに頼みたい。いいかな?」
職人といっても、船大工や建築業、家具職人、石工、左官業、いろいろある。
すぐに役に立つものばかりでもないだろう。
だが、専門分野の知識を持つ者がいるというのは何かのときに役に立つかもしれない。
担当をサティオにするのは、僕の配下では二人しかいない文官だからだ。
アストトはすでに物品の管理、食糧管理と膨大な種類の情報を相手に孤軍奮闘している。
これ以上負担をかけたくはなかった。
「皇子様のお願いを拒否なんてしないわよぉ?」
心外、とばかりに唇を尖らせる。
お前がそれを言うか。
と、家庭教師時代の彼女の恐ろしさが頭をよぎったが、ここはスルーだ。
「水軍の漕ぎ手は全部エスクラーヴェにしたほうがいいね。そうすれば漕ぎ手じゃなくなった市民兵を戦闘員に回せる」
マリーゼの提案は一も二もなく承諾した。
「そうだな。ただ、戦闘員にするとき本人の希望と適性を見て近接戦闘か遠隔戦闘かを決めさせた方がいい。両方とかは無理だし、剣の訓練積んでおいて戦場で人に剣を振り下ろすことができないとか言われるのは困る」
兵士になったからといって、すぐに人殺しを仕事にできるものではない。
中にはどうしても割り切れなくて心身に障害を抱えてしまうこともある。
弓兵も人を殺すことに変わりはないが、敵のいる方向に矢を射るのと、目の前にいる人間に直接斬りつけるのでは受ける印象が違うだろう。
「配慮します」
「頼む。周辺の状況はどうだ?」
マリーゼに頷いて見せて、ヴェルトとガゼットに顔を向けた。
「近くに町とかはないニィ」
「海賊どもが根城にしてたんにゃから、当然と言えば当然だにゃあ」
もっともだ。
「その海賊どもですが、何をしていたかというとこの近辺の川沿いの街を脅して金品を支払わせていたようです。航行の自由を許可するとか、安全を保障するとかの名目でです。その金を、大公に上納していたようです」
海賊のくせに、いわゆるみかじめ料を取っていたわけか。
しかもそれを大公に上納ときた。
どこぞの反社会的組織さんですか!
どうせ、帝国軍への訴えを握り潰してやる代わりに、上前をはねて私腹を肥やしていたのだろう。
まぁいい。
「なら、今後もしばらくは僕たちでいただいておこう。本当に生活が困窮しているようなところはなしにしてもいいが、金持ちからはもらっておいていいだろう」
「現金でなくても、食料品の現物でもいいと思います。食料はいくらあってもいい。保存が利くものならなおのことね」
これまた現実的な話が出た。
アストトが頭も胃も痛いです、という顔で僕を見ていた。
目で訴える、という言葉があるがその見本のようだ。
美少女だったら、有無を言わせず口付けしたくなったかもしれない。
「そのとおりだ。食料だけは切らすわけにいかない。人材を確保し、そいつらを食わせてこそ、力になるんだからな」
力強く肯定してやる。
ヴェルトとガゼットあたりが、ちょっと嘲笑しかけたのに対するけん制だ。
食糧の心配を常にしてくれる幹部が一人いると、僕としてはすごく安心できる。
「んーと、つまりしばらくはここにいるんだよね?」
ほぼ全員言うことは言った、そんな空気になったところで、珍しいことにフファルが口を開いた。
いつもは、こういう会議のとき声をかけられない限りは発言しなかったと思うが。
「だったらさ。ちょっと、迎えに行こうかと思うんだけど」
迎え・・・ああ!
「サンブルート旅団か。船で移動しているから、合流できないんだな?」
「そういうこと。陸ならわたしらだけで通じる目印も付けられるけど、河じゃさぁ」
目印のつけようがないというわけだ。
「でも、迎えにって・・・行けるのか? 君にだって仲間がどこにいるかわからないだろ?」
「そこはそれ、いろいろとあるから大丈夫」
いろいろってなんだろ?
「あー。うん。それなら、迎えに行ってもらおうか、戦力も多いにこしたことはない」
「ん。じゃ、明日の朝、出発するね」
「わかった」
ぴょんっと飛び上がって、立つとフファルは背中で腕を組んで立ち去っていった。
会議はまだ終わってないんだけど・・・。
「皇子様の許可をいただければ、わたくしも」
そう言ってきたのはシャハラルだ。
こちらも、仲間の大部分とは離れたままだ。
「許可する」
ザフィーリとも目を見交わして、うなずいた。
感謝をたたえた瞳で、シャハラルは一礼した。
これで本当に出尽くしたようだ。
一同の顔に視線を走らせて、会議を閉めにかかる。
「今後も情報収集は最優先で続けてくれ。とくに、大公の動きとかな」
そろそろ、獣人たちの痕跡を追えなくなっている頃合いだ。
僕の予想以上に執念深く追いかけているか、もう無理だと諦めて戻ってきたか、はたまた追いかけていたのが囮だと気づいて領内の監視を強めたか、それが分れば今後の動きも決めやすくなる。
「では、解散」




