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解放2


           解放2


 早朝、作戦ははじめられた。


 戦いの始まりは正午。

 普段と変わらない作業というように、二十五隻の曳舟に引かれた五隻の輸送艦が強制収容所『北東』へと接岸した。

 すぐに、荷下ろしのために『北東』側の労働者が船に集まってくる。

 輸送船に板が渡され、積み荷の荷下ろしが始まった。


 日常の風景。

 そう見えていただろう。

 だが、その風景はすぐさま歪んだ。

 三隻の戦闘艦が、真っ直ぐに『北東』へと突っ込んでくる。

 川沿いに移動してきてということではなく。一度河の中央まで進んでから、収容所に直行するような角度で迫ったのだ。


 なんだ?」


 監視者の『目』がそれに気が付き、不快気に眉を寄せる。

 どう見ても、尋常なものではなかった。

 そのまま体当たりしてきそうなスピードなのだ。


 「まさか・・・襲撃?」

 そんなバカな。

 思わず呟いた独り言を頭を振って否定してみる。

 だが、それ以外には考えられない。


 『目』の視線が、襲撃を意図しているとしか見えない戦闘艦に向けられた。

 視線が一点に集中したことになる。

 その喉に、冷たい金属が突きつけられた。


 「・・・な・・・に・・・?!」


 驚愕する『目』。

 その視線が、接近してくる戦闘艦から逸れ、別の船の様子が目に入った。

 人の波が割れている。

 輸送船から、自分までの動線上に道が作られていた。

 自分に剣を突き付けている者は、そこを通ってきたのだ。


 まるっきり、手品の手法だった。

 日常の光景である輸送船を引き受けさせ、明らかに異常な戦闘艦を見せつける。

 視線が戦闘艦に釘付けになったところで、輸送船内に忍ばせていた精鋭が一息で懐に飛び込んで無力化する。

 ネタとしてはありふれた、それでいて効果絶大の『ひっかけ』だった。


 「・・・ちっ・・・こんな子供だましに・・・・・・」


 全てを理解した『目』は、乾いた笑い声を上げて・・・。


 コトン。


 意外なほど軽い音を立てて、倒れ落ちた。笑い声を上げながら、反撃しようと試みて斬り捨てられたのだ。

 斬り捨てたのは、ザフィーリだった。



 『北東』の制圧もまた、抵抗らしい抵抗もなく片付いたことになる。

 もちろん。見回りの部隊の殲滅も行われた。

 リンセルたち獣人族の働きで。


 『北』のときと同じ事が繰り返され、ライムジーアの勢力はまた少し大きくなった。

 戦闘艦七隻、輸送艦八隻、曳舟四十二隻。ヴィルトたち1300、ザフィーリの部下80、元労働者の男女1600人だ。

 それに、鉄製の武具も質のいいのが大量に手に入っている。

 売るつもりだったのか、自分の私兵を強化したかったのかはまだ分からないが、大量に作らせて、どこかに運び込んでいたらしい。


 「このまま、『東北東』も落とす! みんな、頼むぞ!」

 「おおー!!」


 ライムジーアに答え、全員が動き始めた。

 すぐに僕の周りから人がいなくなった。

 ごく一部を除いて・・・。


 「なかなか順調じゃなぁい?」


 甘い吐息が耳に入る。

 ・・・緊張感がぁ・・・。

 思わず腰砕けになりかけて、僕は歯を食いしばった。

 背中に温かくて、柔らかいものの感触がある。

 サティオが僕の背中に張り付いて、背後から右の耳に口付けするか噛みつくかしようというかのごとく顔を寄せてきているのだ。


 「こんなのは今だけです。気を抜くわけにはいきません!」


 なんとか威厳を保とうと声に力を込めてはみるが・・・通じなさそうだ。

 実際通じなかった。

 背後から回された手が、胸元を撫でさする。


 ・・・下腹部でないのだけが救いだ。

 とはいえ、胸を撫でられるだけでも心地よかった。

 僕よりも高めの体温を持つ柔らかくてしなやかな指が、細かく蠢きながら、くすぐるように這いまわっている。

 「クスクス、なんか急に大人びた・・・ううん。男の顔するようになったわね? もしかして、ずっと隠していたの? 先生をだますなんていけない子」

 「も、もう先生じゃないじゃないですか!」

 子供っぽく振舞おうと意識して行動していたのは事実だが、それをだましていたとか言われても困る。

 「あらぁ? 生徒として見られるのは嫌? なら・・・男として見ちゃうわよぉ?」

 胸で蠢いていた触手・・・いや、手が下腹部に向かい始める。

 「か、勘弁してください! せ、先生っ!!」

 思わず声が裏返った。

 二人きりでいるなら、引き剥がして押し倒すという選択肢が脳裏によぎったかもしれないが・・・。

 人が減ったとはいえ、二人きりでいるわけではない。

 ちょっと視線をずらすだけで、物欲しげなエレヴァ、なにかの衝動を抑え込もうとしているらしいフファルが見える。シアだっているはずだ。


 こんなの、拷問だ!


 叫び出しそうになる直前、背中が軽くなった。

 すっ・・・と、サティオ先生が背中から離れる。

 さっきまであった温もりが遠のいて、背中がすごく寒い。

 「でも、順調であることは確かでしょう?」

 「こういうときが一番危ないんです! 順調に見えるときは、なにかを見落としているに決まっているんですから!」

 物事が順調に進んでいると必ず暗い顔でキョロキョロしていた、ある人物を思い出す。

 前世での記憶だ。

 『ここまでやれば大丈夫だよ』、そう言った僕に、その子は不安そうな顔で答えた。『そうかもしれないけど。それでも何かを見落としているような気がする』と。

 『心配性だなぁ』、僕は飽きれると同時に苦笑したものだ。

 あの時の僕には、危機感がなかった。

 たとえ失敗したところで、いつもより余計に笑われるだけのことだ。そう思っていたから、自分の命もかかっていなくて、他人の人生を背負ってもいなかったから。

 でも、今はそうはいかない。

 僕の失敗は大勢の人の人生にも影響する。

 どれだけ心配しても、心配のタネが尽きることはない。



 作戦は『北東』を落した時と同じだった。

 輸送船を先につけ、収容所内の人たちの目をそちらに向けさせる。

 ある程度動き始めたところへ、これ見よがしに七隻に増えた戦闘艦を見せつけた。

 慌てて、戦闘艦への防御を準備し始めるところを、輸送船で飛び出すタイミングを測っていたザフィーリ、フファル、ヴィルトら精鋭が無力化する。

 一度はうまくいった方法。

 

今度もうまくいった。

 『目』さえ排除してしまえば、あとは同じことの繰り返しだ。

 強制収容所内に入れられていた人たちの考えや反応は同じだった。

解放されたその後、時間がたてば。集団心理から一個の人格に戻れば。どうなるかわからないが、それはまた先の話だろう。

 僕は心配していなかった。

 彼等に、いまさらこの地でまともに生きていく術があるはずはないのだ。大公が、その周りでうまい汁をすする黒幕たちが帝国に巣食っている限りは。

 戦果もほぼ同じだ。

 戦闘艦は十隻になり、輸送艦は十二隻、曳舟六十三隻。

元労働者・・・人を殺したことのない者の方が多いが、この世界のこの時世では、まったく戦い方を知らないという人間の方が少ないのが普通だ。

市民兵とでも呼ぶべきかもしれない。も、二千三百にまで増えた。武器も充実したし、万事快調と言っていいだろう。

 この後に来る問題は、どこの収容所を標的に定めるか、だ。

 

「次はどこに・・・」

 

どこに攻めかかろうか? と聞こうとして僕は息を呑んだ。

 アストトがさっと青ざめ、ザフィーリとフファルが大きな笑みを浮かべている。

 一瞬にして血の、そして火の臭いを感じた。

 彼等の視線の先に目を向けると、予想通りの光景があった。

 戦闘艦の群れが、こちらに迫っている。

 さすがに、気付かれたのか?

 それにしたって位置の特定が早すぎないか?

 収容所『北』の異変が知らされての反応だとしても、戦闘準備が早すぎる。

 いろいろと疑問が浮かぶ。

 

「あれは大公に手を貸している海賊の一派です!」

 と、市民兵の一人が叫んだ。

 

海賊?


 「ときどき『北東』に武器を受け取りに来ていたから確かです。たぶん、いつものようにふらっと立ち寄ったんですよ。それで、もぬけの殻になっているのを見てこっちに!」

 ああ、そういうことか。

 やはり武器は自分たちの戦力強化に使っていたわけだ。

 ある意味、僕と大公の目的は同じらしい。

 やり方はかなり違うようだが。

 「ライムジーア様、どうしますか? 迎えうちますか? ここは退きますか?」

 だが、考え込んでいる余裕はない。

 ザフィーリが判断を求めてくる。

 僕には、みなを率いる者として決定を下す義務があるのだ。

 

退く?


 ザフィーリの言葉が頭をよぎった。

 確かに、船を置いて陸路を取れば簡単に避けられる。

 避けられるが、すぐにでも手詰まりになるだろう。

 陸路をこんな大勢で歩いていたら、いずれは包囲されて終わりだ。

 僕はチラリとザフィーリを見た。戦いが始まる期待感で、ザフィーリの全身が緊張している。戦いを避ける手立てはある。でも・・・。

 

僕は目を閉じた。

 前世ではこういう時、常に逃げる道を選んできた。

 そして、死んだ。

 この人生でもそうなのか?

 すでに一度、城から逃げている。

 ずっと逃げ続けるのか?

 逃げた結果は?

 前世では結局命をなくした。

 また同じことをするのか?

 目を開いた。

 

僕はすでに一度、死を経験している。

 二度目は、もっとずっと楽に受け入れることができるはずだ。

 死は怖くない。

 逃げるのにも飽きた。

 

 「総員戦闘準備!」

 「はいっ!」

 ザフィーリは歓喜の表情を浮かべた。周りにいる全員が同じ表情だ。

 僕は再び、向かってくる敵に向き直った。

 あれは帆と人力で動く船だ。見えたからと言ってすぐには到着しない。

 到着するまでの時間を有効に使って、勝機を最大限に高める必要がある。大きな被害が出て、撤退を余儀なくされた場合の対処法も考えなければならない。

 


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