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「フエルォルトに行こう」

仲間たちを前にそう言ったライムジーアに対する仲間たちの反応は、見事に一致した。

全員が異口同音に叫んだのだ。


「はぁ?!」


フエルォルト。

それはラインベリオ帝国北東部にある元は貿易都市だった街の名前だった。

帝国に併呑される前は、大陸東方の国家群と北部を支配圏とするローシャン、西方の国家群、三つの経済圏を繋ぐ拠点だった。

だが帝国の支配域が広まるにつれて衰退し、今ではラインベリオ帝国と東方諸国連合との緩衝地帯と化した、帝国領土における東の辺境となっている。

はっきり言ってしまえばなにもない街。


この街の領主になるぐらいならどこかの軍団の中隊長になる方がマシかもしれない。


そう噂されるような土地だった。

少なくとも、継承権18位とはいえ皇子が好き好んで行くような領地ではない。

ただし、それは額面上の問題だけで考えるならば、だ。

馬鹿で生意気なガキ。

そう思われている間は笑いものにされるだけで済むが、ひとたび、力を持った帝位継承権者と認識されたが最後、命を狙われる立場となればそうも言えない。

「大貴族どもが近くにいないし、帝国中央軍とも離れてる。立地としては最高の場所なんだよ」

そういう土地だ。

有力な貴族たちはまったく興味を示さず忌避すらしているから、いつ何時難癖付けて嫌がらせされるか、と常に州境を警戒しなくてはならない、というような煩わしさがない。

帝国中央軍の軍事拠点と部隊展開は現在、東の国境沿いに集中している。

北の端にあるフエルォルトならば軍の掣肘も受けなくて済む。距離があるから警戒してさえいれば、不意打ちで攻め込まれる懸念も少ない。

もちろん。できることならギリギリまで警戒されないように動いて、仲間を増やしたかったところではある。

成人するまであと三年。

最後の一年は安心できないとして、あと二年は時間があるかもと考えていた。

その二年で、自分を支えてくれる家臣団と、受け入れてくれる領地を探すつもりだった。

でも、ここで居場所をなくした獣人族と出会ったのだ。

『国は民をもって基とす』。その民を得たとも言える。

この機会を、逃すわけにはいかなかった。


「皇子が陛下、というよりその重臣達から嫌われているのは知ってましたが・・・そこまでとは」

三十代後半、くたびれたおっさん、という風情の男。アストトが、『そこまで警戒していないと危ないような立場にいるのですか』と言わんばかりの顔と声で引き攣った笑みを浮かべた。

彼はつい昨日まで『先の』宰相アンセフォーア・ストロスターの下で違法な採掘場の管理をしていたが、顔見知りだったザフィーリのとりなしでライムジーアの部下に収まっている。


「知ってのとおり、あそこはいまや住む者も少ない。言ってしまえば打ち捨てられた土地だ。だからこそ、行く価値があるともいえる」

アストトの発言に小さく頷き、ライムジーアは仲間達を見渡しながら話を続けた。

「僕たちで一から開拓できるんだよ。自分たちで、始められる」

「ミャアたちのことを受け入れてくれる領主が少ないってのはハッキリしているニィよ。だからここを放棄するって言っても途方にくれていたのニィ。でも、そこにゃら俺たちも住めそうなのニィ」

獣人族の若長ヴィルトが賛同の声を上げた。

獣人族の代表たちが大きく頷く。


「わかってもらえてうれしいよ」


僕は本気でそう言って、会議の場を見回した。

他にも質問か意見があるかと待ったのだが、これといってなさそうなので解散を宣言して自分にあてがわれていた家に向かう。

多くはないが、荷物の整理をしなければならない。

「えっと、なにをしているの? サティオ?」

当たり前のようについてきた相手を振り返り、ライムジーアが質す。

腰まで伸びる銀色の髪、柔らかな碧色の瞳、広い額。それらが彼女に理知的な印象を与えている。優雅なつくりの長いスカートが風に翻り、引き締まった白い脹ら脛が見えた。

サティオ・ヴァィゼ。彼女はライムジーアの家庭教師である。いまだ12歳でしかない皇子のために父王、皇帝がつけた教師と監視者を兼ねる役人だ。

つまり、平和な街の文官であり、皇帝に仕える身でもある。

辺境の領地に、まだ旗は上げていないが行動としては反乱と言われても文句の言えないことをしようとしているライムジーアに、ついてくるような女ではない、ということだ。

「なにを、とは?」

「いや、だってもう僕に従う理由はないでしょ?」

最終目的地を決めた。

勝手にフエルォルトの領主になると宣言したようなものだ。彼女の役目から言えばそのことを皇帝に報告し、その政庁に戻るのが当然と、ライムジーアは思っていた。


「ああ、言っていませんでしたか」


サティオはかすかに口元を緩めた。

「わたくし、この度辞職致しまして、無位無官の暇人になったのです」

「は? いやいや、だったらなおのこと、おかしいでしょ? なんでここにいるの?」

ていうか、報告書も送れなくて困ったとか言っていたのに、いつ辞表を送ったっていうんだ?

「そうですね・・・」

サティオ・ヴァィゼは眉を寄せて考え込む仕草を見せ、おもむろに微笑んだ。

「なんとなく、です」

「嘘つけ!」

ライムジーアは思い切りツッコミを入れた。普段の態度が態度だからそうは見えないが、理路整然とした思考の持ち主である彼女が、なんとなくでなにかを決めるはずがないのだ。

「正直に言えば、あなたの家庭教師を辞めて陛下の下に戻ったとして、次の仕事は退屈そうな事務次官とかだろうから、です」

なるほど。

ライムジーアは、心中で頷いた。

退屈、をやりがいのない、といい変えれば不思議なことではない。


サティオ・ヴァィゼがライムジーアを理解しているくらいには、ライムジーアもサティオを知っている。彼女の知的好奇心は半端ではない。

そうでなければ、先祖伝来の土地からは滅多なことでは外に出ないエルフでありながら、こんなところにまで出てきたりなんてしないだろう。

もともと、そういう気性だからこそ。一族の長老と何らかの取引の上で、父帝のもとに贈り物として届けられるように仕向けたのだろうから。

刺激の少ない事務仕事に魅力を感じないというのは、十分に有り得ることだ。

そして、陛下の与えた仕事を断る以上、帝都に居づらいという事情も理解できる。けど、


「フエルォルトはおそろしいまでに辺境だよ? ていうか、これ、ほとんど反乱なんだけど?」

「だとしたら刺激的な体験ができますわね」

いつものふざけたような言い方ではない、ちょっと真剣な口調に本気度が窺えた。いまいち理由がわからないけど、本気で僕についてくる気でいるらしい。

「ともあれ、君がついて来てくれるのは心強い。とても心強いよ。これからもよろしく頼む」

「ありがとうございます。微力ではありますけど、皇子を多少なりとも支えていけたらと思います」

「こちらこそ、期待しているよ」

家に入ると、荷造りのかたわらお茶を淹れてきたメイドのエレヴァが、声をかけてきた。

「ライムジーア様。ひと休みなされてはいかがですか?」

「ああ、ありがとう。いただくよ」

ライムジーアは、手近の椅子に腰を下ろした。

「シア、そこのテーブルを持ってきて」

「はい母様」

エレヴァの背後にいたシアが、空いているテーブルを運んできた。やはり親子。こうしてみると、瓜二つというほどではないが、顔の造作はとてもよく似ている。

「シアは相変わらずお母さんにべったりだなぁ」

「す、すみません、あの・・・」

「かまわないよ。君がそれでいいのなら、僕は気にしないからね」

シアは顔を赤くして俯いてしまった。

艶やかな母に比べると、シアのほうは可憐に見える。

「ライムジーア様、シアを弄るのはそのくらいにしてくださいませ」

「いやいや、弄ってないし」

セクハラですっ・・・いや、この場合はパワハラになるのか? とにかく、僕はそんなことはしていないぞ。

「まぁ? そうでしょうか?」

エレヴァが惚けた顔で訊いてきたので、ライムジーアとしては苦笑するしかない。

「いや、いいんだけどね。それより」

ライムジーアは笑みを消して、エレヴァの顔を見つめる。


「君たちは、本当に僕についてくるつもり?」


この二人は、昨夜のうちにライムジーアのところへやってきて、どこへなりとついていくと申し出ていた。

エレヴァは真面目な顔になって頷いた。

「もちろんでございます。ライムジーア様がご迷惑でなければですが。ライムジーア様の好き嫌いや味の好みを知っているメイドがいないと、どちらに行かれるにしてもご不便でございましょう? 」

「そのとおりだね。でも、『完全に』敵対することになるかも?」

旅の仲間だと、他の者たちに紹介しておいて、と。いまさら感があるが、ここは一応確認しておかなくてはならない。


「わたくし共の命はライムジーア様にお預けしてあります。皇子様とともにであれば、行き先が天国でも地獄でも構いません。ね、シア」


一度は本当に死にかけたのだ。

反乱の一味になって命を狙われるぐらいのことはどうでもいい。

エレヴァはとうに覚悟を決めている。

母の背中に隠れるように立っているシアも、こくこくと頷いた。

「というわけですので、ライムジーア様はお気になさいませんよう。わたくしとシアを今までどおり使ってくださればよいのです」

「感謝するよ、エレヴァ」


「皇子、この忙しいときにメイドの尻に見とれていていいんですかい?」

背後から、声がかかった。

ライムジーアが振り返ると、ランドリークが立っていた。

サティオ同様、ライムジーアが反乱を企てるようなことになれば、皇帝との間で去就を問われる人物だ。

「来てくれると思っていたよ」

「そうですか、期待に応えられてよかったですよ」

ランドリークは落ちついた声音でそう言って、片膝をおとした。椅子に座っている皇子を見下ろしているのは不敬だと判断したからだ。横柄な言葉づかいとは裏腹に、気の利く男なのである。

いつものじじぃ口調も鳴りを潜めている。


「ただし、場合によっては皇帝に反逆者の烙印を押されるかも知れないよ? そうなったら俸給だって払えるかどうか」

「それはいいです。引退した身ですからね。元々。飯が食えて、酒が飲めりゃいい。どのみち、フエルォルトには金のかかる遊び場なんぞないでしょうし」

「うん。ないだろうね」

他にも無いものは多いだろう。

「それに金に関しちゃ、出世払いっていうのもありますからね」

口調は軽い、ただの軽口のように言っている。だが、目と顔は意外なほど真剣だった。

「そうだね。すべてがうまくいって城主に収まれたら、なにかしら報いるよ」

あはは、と笑いながら、ライムジーアは小さく頷いて見せた。

 「うんうん、それがあるよね」

 と、突然扉が開いて、腕組みをした少女、褐色の肌に黒髪、紅瞳の少女が入ってきた。

 アマゾネスの少女、フファルだ。

 「あれ? 姉さんのところに戻るんじゃないの?」

 獣人族の者たちを引き連れて移動すると聞いた途端。彼女は同じくアマゾネスの少女リューリとともに本来の居場所、姉のファルレ指揮するサンブルート旅団に戻ると言っていたはずだった。

 「リューリはもう帰したよ。レモンと一緒にね」

 

レモン?

 一緒に帰した・・・あー。

 エヌンスト・ラソンだ。

 レモンって・・・ラソン、だから?

 ンしか合ってないぞ。

 頭が同じラ行とはいえ。

 く、苦しすぎないか?

 

いや、それはどうでもいい。

 エヌンストは軍事基地タブロタルの騎士だ。

 反乱軍とみられて当然のライムジーアたちとはいられない。

 帰るのは当然だろう。

 帰った後、どんな報告をするつもりかは知らないけど。

目的地が一緒なのだからリューリともどもというのもわからなくはない。

 わからないのは、そこになぜフファルが加わっていないのか? ということだ。

 

「これってさぁ、見ようと思えば反乱に見えるよね?」

 「そうだな」

 「それって要するに反乱ってことじゃん?」

 

まったくもってそのとおり。

 うなずく。

 フファルがニヤッと笑った。

 「すっごく、面白そうじゃん?」

 「面白いかな?」

 「すっごく面白そうだよ!」

 目をキラキラさせて、フファルははしゃいだ声を出した。

 「だから、あたしらサンブルート旅団217名。ライムに協力するよ!」

 ワクワク、ドキドキ、そんな顔でフファルはそう宣言した。

 「えっと・・・マジ?」

 「超大マジ!」

 本気らしい。

 「すっごくありがたいけど、いいの? ファルレの了解もないのにそんなこと言って?」

 「むしろ、一番に手を挙げなかったら、そっちの方が怒られるよ」

 腰に手を当てて、ない胸を張る。

 「・・・あん?!」

 余計なことを考えたら、ものすごい勢いでにらまれた。

 本気の殺気が込められている。

 ちびりかけた。

 ・・・ちょっといいかも。

 胸がジンジンする。

 いや! まてまてまて!

 危ない危ない、もう少しで変な道を開発してしまうところだった。

 「ありがとう」

 フファルの手をそっと握ってお礼を言った。

 「・・・あのさ。アマゾネスにそれやると、食われるよ?」

 握った手をさすさすとさすっていたら、呆れた顔のフファルに顎を掴まれて頬を撫でられた。ただ撫でられただけなのに、快感の津波が背中を駆け上がる。

 両手で僕の顎を掴んだフファルが、妙にゆっくりと自分の唇を舐めた。

 おおっ!

・・・下系でアマゾネスにちょっかいをかけてはいけないらしい。

ちょっかいかけたつもりはなかったんだけど。

 「まぁいいや。そういうことだから、よろしくね」

 顎をバレーのトスのように押して、フファルは身を翻して去っていった。

 その後ろ姿を、ぼーっと見送ってしまった。

 「坊ちゃん・・・いじめられると感じるタイプですかな?」

 いつもの年寄り口調に戻って、ランドリークは少し身を引いた。

 ・・・僕自身、我ながら引き気味だけど。

 ・・・疲れてるせいだ、きっと。




 ランドリークも立ち去ると、今度はヴィルトが訪ねてきた。

 「人数が分ったニィ。2146人だニィ」

 結構な人数だ。

 「百人単位で集団を作らせて、リーダーを決めたのニィ。全体の統括は俺とガゼットでにゃるニィ」

 2000もの人間を移動させるのだ。

 無駄なトラブルを回避するためにも、隊の統括はキッチリしてほしい。

 ヴィルトなら、務めてくれそうだ。そこは助かる。本当にありがたい。

 「ともかくだニィ。戦えない年寄と子供、それと荷物は親父らが運ぶニィ。800人ちょいになるニィ。あとの1300は650ずつ二隊に分けて戦える準備をするニィ」

 「だからにゃ、あんたらにはあんたらで動いてもらいたいのにゃ」

 「どういうことかな?」

 「俺らはあんたらから少し離れて動くにゃ。そんで、あんたたちはこれまで通りに旅をするのにゃんよ」

 今まで通りにって、なんで?

 「フェルォルトに行っても俺たちだけじゃダメにゃ。2000は集団としては結構な数にゃろうけど、国民としてはちっぽけニャ」

 「にゃから、俺らみたいなのをもっと集めていくのニィ」

 「な、なるほど」

 それはそうか。

 「あんたんとこには、リンセルを預けるニィ。好きに使ってくれニィ」

 好きにって・・・いや、わかってる。

 そんな意味じゃないない。

 「手を付けてくれても構わないにゃんよ?」

 そういう意味も含んでいましたか。

 「いや・・・それは・・・」

 「リンセルは嫌いかニィ?」

 「胸もないし、しかたないかニャ」

 「そうニィ、魅力が足りんかニィ」

 とてつもなく残念そうに、そして呪うように妹の欠点を上げ始める。

 「そんな! そんなことは全然!!」

 慌てて否定すると、二人の兄はまさに猫、耳まで裂けるような笑みを浮かべた。

 「妹をよろしく、ニィ」

 「よろしく、にゃ」

 「は・・・はい」

 なにか、悪魔と取引をしたような気がするのは気のせいか?

 ま、まぁいいや。

 僕は、明日からの旅を思って、眠りについた。


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