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猫との遭遇

 

 猫との遭遇


 「お城にはしばらく戻らないとして、今はどこに向かっているのかしらぁ?」

 「ボルブルカーン州クラテラタンの街。・・・火山で有名だね」

 もともとは林業が盛んな地域だったのだが、十年ほど前に突如火山が出現したことで一度は滅んだ街だ。

 十年前のある日、突然山火事が起きたかと思うと山の一部が盛り上がり始めたのだとか。

 その後数日で家一件分ほども盛り上がり、数か月後には城並の高さ、一年半で山が産み出された。

 生み出されたばかりの、この新しい火山は成長を止めたかと思うと溶岩を噴き出し始め、辺りの小さな山々を呑み込んでいったのだ。

 それによって、森はすべて焼けてしまい。いまや、木の一本もない荒れ地が広がる死の土地となっているという。

 それに合わせて、製材業や炭焼き、山の資源で生計を立てていた十の村と、二つの街が消えた。

 三年ほどがたち、火山活動が収まりを見せ始めると人々は戻ってきて街を再建し始めたが、生計を立てようにも森がなく。街は難民キャンプの様相を呈していると聞いた。

 ただ、ここ最近はその溶岩の層が大量の鉄を含んでいるとかで、鉄鋼業が起こり始めているらしい。

 すべて、こっち方面に向かって進み始めたあとで、ザフィーリの部下たちが集めてきた情報だ。

 帝都にいるときには、街が消えて荒廃しているとしか聞いていなかった。


 「確か、獣人の山猫族のテリトリーでしたわね」

 「ああ、そうらしいね」


 ・・・ていうか、そうでなきゃ温泉場もないような火山地帯になんて行くものか。

 なんとかして、ネコミミ美少女を仲間にできないかと思って、目的地に選定したんだっつーの!

 ・・・絶対言わないけど。


 「そうらしいね・・・ですか?」


 ほほう、という顔でサティオが顔を覗き込んでくる。

 「し、シア、お茶をもらおうか」

 顔を背ける口実に、シアに顔を向けた。

 キノコを煎じた塩味のお茶を持っていたはずだ。

 保温機能のあるわけでもない、天然ものにわずかな加工を施した竹筒に入ったものだ。

 時代劇なんかで旅人が持っているあれだ。


 「は、はい。・・・どうぞ」


 さらっと、胸元から出してくる。

 線の細いシアの胸元は確かに平らで、服との間に隙間があるが、しかし・・・。

 なにも肌に直接つけなくても。

 「な、なんでそんなとこに入れているの?!」

 胸元に太いものが・・・。

 いや、胸元から太いものが!?

 「えっと、・・・温めておこうかと思いまして・・・」

 あんたは藤吉郎ですか? 秀吉ですか!?

 懐で物を温めるなんて!

「あ、あの・・・や、やっぱり私がやるのは駄目・・・ですか? 胸のある人がするんじゃないと温まりませんよね」

 しょんぼりと顔を伏せ上目遣い。

 う・・・罪悪感が。

 「い、いいいや、別に駄目じゃない。駄目じゃないんだ。えー・・・あ、ありがとうな」

 人肌に温まった竹筒を受け取り、口をつける。

 温まった竹と、お茶の香りに紛れ込んだ花の匂いに、ちょっとくらくらした。

 いけない感情を抱いてしまいそうだ。


 ・・・なぜにうまい?


 日本酒は人肌がうまい、とか聞いたことがあるが人肌のお茶ってどうなの? と思っていたが、なぜか意外にうまい。

 き、きっとあれだ。

 サティオのせいで変な汗をかかせられて、身体が塩分を欲していたからだ。

 うん、それに違いあるまい。

 竹筒をシアに返して。僕は静かに息をついた。

 「・・・?」

 リューリが不審そうな顔で僕とシアを見比べていたが、気にしない。


 気に・・・しない!


 敢然と立ち向かうべく、僕は。

 僕は、窓の外に顔を向けた。

 ・・・早く着いて欲しい。




 「ライム、ライム」

 「な、なんだ?」

 フォークダンスの曲名みたいな呼び方すんな、とかツッコみたくなるが我慢した。

 窓から首を出して・・・じゃなくて、入れてくるフファルに注意を移す。

 いったいどんな体勢になってるんだろ?


 「なんか、変なのがあるよ」

 「変なの?」

 馬車を止めさせて、フファルの指さす方を見る。


 「なるほど」


 確かに変なものがあった。

 変なものというか。


 「ザフィーリ! すぐ助けろ!」


 窓から身を乗り出して叫ぶ。

 見えているのは木を組んで作られた十字架だ。

 しかも、人が磔にされていた。

 こともあろうか美少女、それも猫耳の。

 どう見ても訳ありだ。

 ここは助けて、訳アリの事情を片付けてやるのがお約束!

 んで、そのあとは仲間にして側に侍らす!

 なんて展開だと嬉しいな、だ。

 とか思っていたら、もう誰かが助けているところだった。

 先を越されてしまったらしい。

 おのれ! 僕のネコミミを!

 目を血走らせて怨念を送ろうとして気付いた。

 蜂蜜色の短髪にサファイアの瞳をした女騎士がこちらに振り返っている。うん。誰あろう、ザフィーリさんだ。

 「いや、だから。判断は正しいんだけど、僕に報告もなく動くってどうなの?」

 「部下の自主性を尊重しすぎなんじゃない?」

 サティオさんが楽しそうだ。




 彼女の名前はリンセル・クース。

 10歳と言っているが見た目には16歳くらいに見える。

 胸は小さいけど。

 獣人は成人するのが早いらしい。

 その代わり、老化は遅いのだとか。

 つまり、早く子供を産める身体になって、なるべく長く子供を作り続けられるように、種族の特性としてそうなっているというわけだ。

 この先にあるクラテラタンの街の住人である。

 街を実効支配している、とある金持ちのところから逃げ出そうとして捕まり、見せしめにされていたのだという。


 「金持ち、ね」


 頭が痒くなってきた。


 「ふふふ」


 僕の様子を見たサティオが笑みを浮かべた。

 脊髄反射でリンセルがびくっと震える。

 尋問されていた時のことがトラウマになってしまったのかもしれない。最初のうち何を聞いてもだんまりだった彼女が、事情を洗いざらい話してくれたのはサティオの尋問に耐えられなかったからなので。

「なにか、おかしいかい?」

 言いたいことはわかるのだが、それを認めたくはないので問い掛けてみた。


 「宰相閣下よね? この辺りの金持ちといえば」


 「う・・・」

 そう、頭が痒くなった理由はまさにそれ。

 この辺りはかつてヴァスケ・ルボトという小国があった。

 だが、ライン王国とベリオ王国の王子と王女が結婚すると聞いた時点で、力をつけるであろうことが予測できたのだろう。

 ラインベリオ王国となった王国軍が周辺諸国の併呑へと動き出すと、この小国のまだ幼く、即位したばかりだった王は、自分を宰相にすることを条件にラインベリオ王国への臣従を表明したのだった。

 ラインベリオ王国が版図を広げられた要因の一つと言っていいかもしれない。

 建国時、血の一滴も流れないうちに三国分の力を得たのだから。


 「宰相って言っても『先の』だよ」


 小さいが事実誤認を正しておく。

 老齢に差し掛かったその元王は、宰相の座を息子に譲ってお膝元の故郷に帰って暮らしている。宰相は宰相でも元が付く。これは大きい。

 「権力者には違いないわ。その気になれば、18位の皇子なんて反逆者にできるわよ?」

 微かな笑みを浮かべて、サティオが言った。

 真っ直ぐに僕を見つめている。

 一見優しそうにも見えるが、僕はこの瞳を知っている。

 見守っているような様子を見せながら、実は試している瞳だ。

 僕が前世で死ぬ直前に遇った人も、こんな目をしていた。

 その時は、試されていることにも気が付かなかった僕だが、一度死んだおかげなのか今なら分かる。

 「そうなったら、反逆者として生きるだけだよ」

 女の子を磔にするようなゲスに気を使って生き延びて、なにになろうか。

 もとより、僕はいずれ殺される。

 最高にうまくいったとしても、どこかの施設に死ぬまで幽閉されるだろう。

 それなら、反逆者の人生も悪くない。


 「さて、で? その金持ちは何をしているのかな?」


 まぁ、そんなことはなったときに考えればいい。

 今は目の前のことに集中しておこう。

 「えーっとね・・・・」

 リンセルが首を傾げて、一生懸命に質問に答えてくれる。

 だけど、見た目は16歳でも、やはり頭は10歳なのか要領の得ない話が続いた。

 10歳どころか、頭は8歳くらいかもしれない。

 それでも、クラテラタンの街で何が起きているかはだいたい把握できた。

 要するに「先の」宰相様は街を支配しようとしているということだ。一度滅んで、帝国の行政から離れているのをいいことに、自分の王国を作ろうとしているらしい。

 本人の価値観では取り戻そうとしている。なのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。

 国を作りたいとか考えるのは自由だ。

 好きに夢を見ればいい。

 でも、夢を見る権利は誰にでもある。

 自分の夢のために他人を傷つけることは許されない。

 人の夢を踏みにじる奴に、夢を見る資格などない。

 道は進むにつれ、どんどん悪くなっていった。

 噴石が至る所に転がり、溶岩が冷えて残った岩場が道を塞いでいるので何度も迂回しなくてはならなかった。

 そして、とうとう馬車では進めなくなった。



 「ここからは歩くしかないね」

 馬車を降り、もはや迂回できる道のないことを確認した。

 「そうですね、部下を二人残して馬車と馬はここに置いていきましょう」

 自分も馬を降りながら、ザフィーリが同意した。

 警護の責任者なのに、「危険ですから皇子様はここで報告をお待ちください」とか言わないでくれるのがありがたい。

 諦めているのか、僕がそういうところを気に入っているのを知っているのか、彼女自身に元からそういう発想がないのか。

 多分、その全部だろう。


 「歩ける?」

 「だいじょぶにゃん」


 ・・・これ!

 ネコミミで、しかも語尾がにゃん。

 癒される。

 癒されまくる。

 毛色がちょっと暗めのオレンジ、瞳は紅瞳。

 ピンッと伸びた耳、少し吊り上がり気味の目。

 ちっちゃい猫口。

 16歳の身体の10歳とか!

 萌えすぎる。

 いや、別に性的対象として言っているのではないぞ。

 あくまで萌え記号としての話だ。

 僕はロリからちょっと歳がお高めのお姉様まで、ストライクゾーンの広い男だが、10歳に手を出すほど鬼畜ではない。

 抱きしめて頬擦りぐらいまでなら、ノーカンだ・・・ろ?


 「リンセル!」


 街が見えた、と思った瞬間。

 僕たちは囲まれていた。

 ザフィーリが気が付いて剣の柄に手を置くのと、リンセルが誰かの手に捕らえられたのがほぼ同時だった。

 僕だけならともかく、ザフィーリにまで気配を悟らせずに囲んでいたようだ。

 さすがは、獣人。身体を動かすことにかけては、一市民であっても鍛えられた人族と同等に動けるわけか。

 「だ、だめ! その人たちは違うのにゃん!!」

 銀色の毛並みの猫人族の男が、ザフィーリに剣を振り下ろそうというところで、リンセルが止めに入った。

 ・・・早すぎて、僕程度では動きを目で追えなかった。


 「ヴィルト兄さんやめるのにゃん!」

 「リンセル?」


 兄らしい男を抱き付いて止めたリンセルが、早口で事情を説明している。

 その間に、僕たちを取り囲んでいた人たちは武器を持った手を下ろして様子見に入った。

 とりあえず、いきなりの活劇は回避されたようだ。

 「波乱万丈、ね?」

 サティオさんが、くすくすと笑っている。

 体験型アミューズメントか!

 困ったものだ。

 脱力していると、説明を聞き終えたらしくさっきの銀毛が近付いてきた。

 近付いてきて、そして・・・。


 「すまんかったニィ!」

 

 ガバァッ、と土下座した。

 「妹を助けてくれた恩人に刃を向けるニャど、言語道断。かくなる上は死んで詫びる所存ニィ!」

 あー、こういう人か。

 暑苦しい上にめんどくせー、人だ。

 それにしても「ニィ」って、「にゃあ」と言いたくなくて我慢してるけど耐えられなくて誤魔化しているのではなかろうか?

 美形なので、確かに「にゃん」とか言うのは似合わないが「ニィ」もどうかと思うぞ。


 「あー、いいから。顔上げて、とりあえず状況を教えて。リンセルだといまいち核心部分がよくわかんなかったから」

 「承知したニィ。街の集会所に来てくれニィ、こっちニィ」


 リンセルの兄、ヴィルトはこの街の若長だった。

 町長というか、族長の息子なのだ。

 まだ表向きは父親が族長の座に就いてはいるが、それはあくまで保険。

 いざとなったら全責任を背負って処刑してもらうつもりで、族長の地位にとどまっているのだという。

 多少の失敗なら、一度は代わりに処刑されてやるから、自分のやりたいようにやれ。と言ってくれたのだとか。

 単に死に場所が欲しいだけなんじゃなかろうか。

 猫だし。

 集会所は街の真ん中にあった。

 といっても、街とは名ばかりで、木の柱を組んで建てただけのバロックの集まりだ。全体的にみすぼらしい。

 戦後すぐの日本の都市部と言ったところか。

 映画でしか見たことなんてないから正しいかは知らないが。

 集会所はそこそこしっかりと作られてはいた。もしかすると、場合によっては街の防衛最後の要という位置づけなのかもしれない。

「採掘場があるのニィ」

 集会場に入って席に着く。

 奥の真ん中に大きめの椅子があって、その前に列席者が自分で椅子運んで座るシステムだ。全員が、それに倣う。

 意地か何かで、シアが僕の分を運んでくれたのを除けばだ。

 僕は自分で運んでもよかったのだが、シアが眼光鋭く見つめてきて自分の運んだ椅子に僕を引っ張ってきて座らせてくれたのだ。

 「ニャーたちはそこで働かせる人足なのニィ。毎日毎日鉱石運びをさせられてるニィ」

 「給金とかなしで、か?」

 相応の給金を払っていたら、文句は言いづらいのだが。

 「給金どころじゃないニィ。一族の半分は採掘場に軟禁されて働かされているのニィ。ニャーの弟とだってもう二十日以上逢えてニャーのニィ」

 おおっと。

 強制労働確定です。

 それにしても、鉄鋼業が起こり始めている、という情報はずいぶんと好意的な見方に偏っていたようだ。

 「リンセルが捕まったのは、弟を探しに採掘場に忍び込んだせいなのニィ。見つける前に捕まったと言ってるニィ」

 横にチョコン、と座っているリンセルがコクコクと頷いた。

 予想していた以上に深刻のようだ。

 「そんなことになっているのに従わざるを得ない。強力な軍隊でも連れて来ているの?」

 『先の』宰相とはいえ、そんな大勢の兵を引き連れては来ていないと思うのだけれど。

 いや、『先の』宰相であればこそ、軍事力は持てないはずなのだ。他の国ならばいざ知らず、この帝国に於いて宰相とは『皇帝の代理機関の一つ』、に過ぎない。

 軍部、司法部、財務部、外交部などと並ぶ1行政組織だ。

 単独の強力な権力は有していない。

 各部は他の行政機関を監査し、監査される存在。

 権力の行使に自由裁量権がないし、なにかおかしな行動を起こせばたちどころに他の部から指摘されて地位の維持が困難になりかねない。

 慎重の上にも慎重を期する必要があるはずだ。

 強力な軍勢を率いることなど、できるわけがない。

 「百人程度ニィ。ただ、最初に屋敷のミャイドにとか言われて若い女が何十人も屋敷に雇われたのニィ。現金収入になるって、みんな喜んでいたにゃのに。嘘っぱちだったニィ。屋敷に監禁されて人質になったニィよ」

 なるほど。

 誰かが下手なことをすれば人質の身が危ない。

 そういう状況にして反抗を封じられたのか。

 「そうしているうちニィ、採掘場に行った奴らも返してもらえなくなったニィ」

 一方で人質を取り、もう一方では労働力であり戦力ともなる男たちをも捕らえ抵抗力を削ぎ落とす、と。

 さすがは『先の』宰相閣下だ。

 戦略にそつがない。

 だが、相手を舐めすぎてはいないか?

 わかりやすすぎるぞ。

 

 「なら、やるべきことはハッキリしているな」

 

 ヴィルトが目を丸くするのを、ちょっと面白いなと思いながら、僕は『やるべきこと』を説明し始めた。

 自然に受け入れる部下たちと、驚愕の表情を浮かべるヴィルトたちの対比が・・・やはりちょっと面白い。


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