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会談

 

 会談


 なにから始めるか。

 「謁見の場にて、栄えある首長様のご尊顔を拝する栄誉をいただきましたること、光栄至極にございます」

 ハーピィ族の謁見の間、最奥の中央に坐した首長シスネ・シュヴァーンに、ライムジーアは頭を垂れて拝謁した。

 片膝をついて、首を垂れる。

 まずは挨拶からだろう。

 謁見の間の中央だ。

 ザフィーリとシアは入り口のある壁、その向かって左側に警護だろうハーピィ族のオスに挟まれて並ばされている。

 いつのまにかレルヒエは姿を消していた。

 この穴に来るまでは後ろを飛んでいたはずだから、途中の部屋にでもいるのだろう。


 「仰々しいことね。『友』なのですもの。「やあ」でいいのですよ」


 やあ、と片手を上げて見せるシスネに、しかし笑顔はない。

 その上、なにか重苦しい溜息を吐いた。

 「なにか、悩みごとかい?」

 『友』というのなら、跪く必要はないだろう。

 立ち上がって、聞いてみた。

 「レルヒエのことよ。あのこがどうやって抜け出して、あなたに保護されたのかは知らないけれど、お礼を言わせてもらうわ。ありがとう」

 「いや・・・それはいいが」

 抜けだした方法は知っているし、保護したのは自分ではないが、ナーガ族の関与を知らせるのは賢明ではない。曖昧な言葉で濁しておく。


 たぶん、他の『盟友』たちもこの件に関しては正確な情報を伝えるべきではないとの判断をして制限していたと思える。

 そしてそのことにシスネも気が付いていて、あえて知らない風を装っているというところではないだろうか。

 一族をまとめる首長ともなれば、そのぐらいの腹芸は使うらしい。

 「ただ、関わってしまった身としては、レルヒエが抜け出した理由ぐらいは聞いてみたいんだけど。教えてもらえるかな?」

 結局、レルヒエから聞いた話しからは断片しか引き出せなかった。

 彼女の紡ぐ『お話』のなかから共通項を取り出して繋ぎ合わせてはみたのだが、漠然としたあらすじしか見えなかった。

 「・・・予想は立てていたって顔ね。まずはそれを聞かせてもらえるかしら」

 楽しそうな口調で聞いてくる。

 手のひらを合わせて、顔を下に向けて上目遣い。

 目が冷徹に、こちらを見透かそうとしていなければ、お話をせがむ幼い少女のように見えたかもしれない。

 現実としては、その目は僕を試している目だった。

 どの程度まで情報を引き出したのか、そこから何を見出し、どう結論付けたのか。それを見定めようとしている。

 僕の洞察力と観察力、それに判断力が試されていた。

 小さく息を吸い込んで、腹を括る。



 レルヒエが語ったストーリー全体に共通していたこと。

 『外の世界を知りたかった』

 『年上相手に見合いを進められていて』

 『それは政治的な陰謀と関係している』

 大きく分けるとこの三つ。

 言葉はもう少し幼稚だったし、かなり誇張されていたが、ニュアンスとしてはこんな感じだった。

 そこから導かれるのは・・・。

 「レルヒエが外に出ることと、大人になることを望まれていて、それには一族の未来に関わる計画がある・・・かな?」

 漠然とした、それが答えだった。



 シスネの瞳がわずかに丸く、大きくなった。

 サファイアが5カラットから8カラットになったというところだろうか。

 見た目たいして違わないように見えるが、値段は倍以上に跳ね上がる違いだ。

 「さすがは皇子様、なかなかの外交手腕だわ。あの子からそこまでの情報を引き出すなんてね」

 「核心部分はまったく見えずじまいだけどね」

 軽く肩をすくめて見せる。

 「それはそうでしョう、彼女自身理解していないんですもの」

 たぶんそうなのだろうと考えていたので、「やっぱりか」と聞き流した。 

 聞き流せなかったのは、次の言葉だ。

 「私も理解しているとは言えないしネ」

 「はい?」

 仮にも、一族を束ねる首長ともあろう者が、理解できていないとは何事か。

 「ハーピィ族、と一口に言っても実態は五つの種族による合同群れだというのは知っているかしらネ?」

 「羽の色が五種類あるのは知っているけど・・・」

 子供の時はどの子も灰色だが、大人になるにつれて黒、白、赤、緑、青に染まっていくことになるのは『盟友の友』ならずとも、この大陸内では広く知られていることになる。

 「そう、それが種族の違いを示している一番簡単な特徴ネ」

 物憂げな溜息を、シスネが落とす。

 「では、なぜ羽の色の異なる種族が合同群れを形成しているのか? その理由については? 知っている? わかる?」

 リズムをとるかのように首を左右に振りながら、シスネが問い掛けてくる。

 そんなこと、いきなり聞かれても・・・とは思うが、一応考えてみる。

 鳥が、というか生き物が群れを作る場合、その理由は何か。



『食べ物――狩りのため』

 複数で獲物を襲うことで自分より強力な相手を倒せる。それによって大きな得物を効率よく餌とすることができる。

「わたしたちは狼じゃないわヨ」

 確かに、鳥にはあまり見ないかもしれない。



『種族保存――子作りと子育てのため』

 普段バラバラでも、繁殖のために一カ所に集まって交尾する相手を見つけたり協力して子育てをするというのは動物でも鳥でも、一部の虫にもよくある行動だ。

「それなら、同種族だけでまとまればいいわョ。なにも別の種族とまで一緒になることはないわよネ」

 当然か、同種族同士で集まればいいことだ。同じハーピィ族だからといって集まる理由にはならない。

 同じ鳥だからと、カラスとスズメが同じ場所に卵を産むなんてありえない。



『外敵を遠ざける――身を守るため』

 狩りをするのとは逆に、個体では弱い者が集まって強い敵から助け合う。

「・・・だいぶ近付いたわネ。でも、ちょっと違うわネ」

 近づいた・・・か。

 でも、これ以外に何がある?

 普通に考えれば、この三つが群れを作る理由のはずだ。

 ・・・いや、もう一つ、ある。



『結果的に作られる群れ――明確な目的はないが結果として群れを形成する場合』

 その種の個体間に誘引などの要素がなくても、特定の環境条件を求めた結果として集まってしまう例がある、という。

 「かなり近くなったわョ、でも正解とはいいがたいわネ」

 暗い顔に無理に笑顔を浮かべて、シスネは言った。

 「答えにはすぐに辿り着くと思うわョ。『盟友の友』ならネ」

 ヒントは出しつつも、答えはあくまで僕に出させようということのようだ。

 かなり近くなった・・・『盟友の友』なら・・・。

 あの暗い顔・・・。

 身を守るためというのがだいぶ、で特定の環境条件を求めた結果がかなりなら。



 「外敵に数を減らされた各群れが、安全な場所を求めて移動を続けた結果、ここに集まった。営巣地をめぐって争うだけの力がなかったから互いに譲渡し合った結果が、今の状態。つまり合同群れ?」

 ハーピィ族に限らず、『盟友』はいつの時代も迫害の対象だった。

 戦いと逃亡の歴史を繰り返してきたのだ。

 外敵、というのはナーガ族、そして・・・人間だろう。

 ナーガ族のデセス・ベランサが『飲み物』を近隣の王国にばらまいたのも、自分たちを敵視する人間たちの目をナーガ族から逸らすためだったのだと、僕は考えている。

 もはや、事実を知るすべはないが。


 パチパチパチ・・・。


 熱意のない拍手を送られた。

 「正解ヨ」

 穏やかに、告げてくる。

 「わたしたちがこのモンタヘルクを見つけて移り住んだのが二百年前。ようやく安住の地を見つけた五種族は、互いに不干渉と協力とを誓い合って合同群れとなったわ。でも、それは現在瓦解し始めているのヨ」

 わかるでしょ?

 シスネは目で問うてきた。


 ・・・わかる。


 ここまでヒントを出されては、わからないわけにはいかない。

 安住の地と呼べる住処を得て二百年、平和に暮らした。

 それはつまり・・・。


「営巣地が手狭になりつつあるんだね」


 外敵がいないのなら、普通に人口は増える。

 限られた土地で人口が増えれば、新しい住処をめぐって争いになるのは道理。

 騒音や臭い、小さなことで諍いが起きやすくなる。

 「七十年前くらいから問題になり始めて、帝国との和平が成ったことで限界を超えてしまったのョ。もちろん、わたしたちも和平条約が締結されたときは喜んだのヨ? これで安心して暮らせるってネ。だけど・・・いいことばかりじゃなかったのヨ」

 深いため息。


 「まず、人間から攻撃されなくなった代わりに、私たちも襲えなくなったョ。近隣の村から、報復という名目で食料を略奪することができなくなったのネ」

 人口の増加は土地だけでなく食糧難にも直結する。

 外には森が広がっているとはいえ、木の実がなる樹ばかりでもないだろう。

 ハーピィ族の主食は主に果物と木の実だ。

 手首から先がないので、調理というものはせず、生で齧るか丸呑みする。

 例外は、水鳥の羽をもつ青い羽の一族が魚を。赤い羽根の猛禽類が、森の小動物を。緑の羽の一族が花やミツバチの巣から蜜を。採って食べることがあるということ。

 どれにしても、そんなに豊富なわけではなく、人間との間ではもちろん仲間内でも取り合うことになる。


 「住処を移そうにも、モンタヘルク以外の――少なくとも帝国国内には――移住を禁止されているから動きようがないし、動くとしても誰がってことになるでしョ」

 全員で移動するなら、ここにいるのと変わらない。

 合同群れをつくる五種族からいくつかの種族が出て行くことになる。

 だが・・・。

 五種族のうち、どの種族が残って、どの種族が出て行くかとなれば。

 話しのまとまりそうにない問題に直面する。

 なにより、移住先がない。

 帝国――つまりは皇帝――に、別の土地を用意してもらう必要が出てくるが、現状として受け入れられるとは思えない。

 ハーピィ族に許せば、他の『盟友』たちにも似た動きが出るのは必定で、帝国の貴族や軍が『盟友』に新たに領土を割譲することを是とするはずがないからだ。

 これは、前世世界で言えばインディアンの居留地に近いかもしれない。

 白人政府にインディアンを閉じ込めようとの意思はなくても、結果的には押し込め、または他の移民のために追い出すこともあったというあれだ。

 僕があの世界から離れるころには、インディアン居留地は自治権を持ちネイション(国家)または自治区と呼ばれるところまでいっていたはずだが、同時に多数の部族が絶滅認定されて居留地そのものを没収された状態だったように思う。

 『盟友』たちの行く末も、おそらくはそんなところだろう。

 帝国は今のところ『盟友』よりも先に片付けたい敵がいるので、不干渉で折り合いを付けてはいるが、その敵が片付けばいずれ牙を剥いてくることになるだろう。

 そのことは『盟友』たちも承知しているはずだった。

 いや、それより前に、そもそも帝国を真に信用はしていないという方が正しいだろう。

 いずれ裏切られる。

 その前提に立っての和平条約。

 だから、常設の外交窓口など不要、そう言っていたのだ。

 「なにぶん、前例がないからネ。わたしにも何をどうすればいいか、ほとほと困惑中なわけヨ」

 「・・・それは、どうしようもないな」

 それら諸々を知っている身では、そうとしか言いようがなかった。

 「そう。どうしようもないのヨ。どうしようもないんだけど、どうにかしないといけない状況なわけネ」

 住む場所がないのも現実。

 なにも手を打たずには置けない。

 だとしたら、どうするか。



 「・・・どれか一つ、種族を追い出す、とかか?」

 恐る恐る聞いてみる。

 そんなことはないと思いたいが。

 「あなた、わたしを馬鹿だと思っているのネ」

 思い切り傷ついた口調で、シスネは唇を尖らせた。

 くちばし、とまではいかないが、かなり盛り上がる。


 帝都の市場に蔓延っていた都市伝説で、ハーピィ族のキスは口の中を口で吸われるとか聞いたことがあるが、あれなら確かにそんな芸当もやれそうだ。

 「そんなことしたら、今度こそハーピィ族は絶滅ヨ。追い出されることになった種族と四対一での戦いになる。数の上では楽勝だけど、そんなものじゃすまないわョ。きっと泥沼の戦いになる。それこそ、死闘ヨ。ハーピィ族の半数が死ぬでしょうネ」

 「だろうね。でも、だとしたらどうするの?」

 追い出す以外の方法・・・。

 姥捨て山よろしく歳の順に殺すか?

 帝国と戦争でも始めるのか?

 どちらにしろ・・・。

 待っているのは絶滅だ。


 「志願者を募って、帝国外に生存圏を広げるしかない。それが結論ヨ」

 「・・・それも・・・」

 かなり難しい。

 帝国外といってもどこまでにするかという問題がある。

 皇帝は帝国の領土をまだまだ広げるつもりだ。

 近いところでは、遠くない未来に帝国領になる可能性がある。

 先に取ったからハーピィ族の領地、という主張を受け入れてくれるかどうかがわからない。逆に条約違反を言い立てて攻撃の理由にする可能性すらある。

 いずれは破棄されるものと覚悟している条約とはいえ、自ら破ったと言われるのは得策ではない。

 遠くに、となるとそれも大変だ。

 地形、気象、行った先での生態系の違いに適応できないということもあり得る。

 わかってる、とシスネもうなずいたが、口にしたのは別のことだった。

 大変な事業なことは承知しているが、やるしかないからだろう。


 「新地に渡る者たちは志願を募るとして。問題は群れの頭を誰にするか、だったのョ」

 群れを率いるニュー・リーダー。

 誰でもいいというわけにはいかないだろう。

 志願者から選ぶというのは危険だ。

 新しいものに飛びついただけのお調子者が、勢いだけでリーダーとなったとしてうまくいくはずはない。

 客観的な目で、そういう者たちを見て、冷静に判断できる者が必要だ。

 それには、それなりに権威なり実績なりのあるものが望ましい。

 「それが・・・レルヒエ、なのか?」

 これにも、シスネは頷きを返してきた。

 首を前に出して、ヒョコヒョコと頭を振って戻す。

 鳥の仕草が妙に可愛らしい。

 「五種族それぞれに族長がいてネ、合議によってハーピィ族は全体を取り仕切っているのョ。族長がかつては群れの頭だった一族出身というのはわかるでしょう、ネ?」

 「ああ。その族長たちの中から選挙で選ばれて首長が決まるのも知ってる」

 「そョ。で、その族長の一族から、新しい群れの頭を選ぼうってことで方針が決まったわけョ。ところが・・・探してみたら条件に当てはまるのはレルヒエしかいなかったのネ」

 「んー? なんで? っていうか、条件って何?」

 レルヒエしかいなくなるような条件っていったい何なんだ?


 「まず、現族長とその後継者候補二人は除外ネ」

 あー、それはそうだろう。

 今ある群れが混乱するようなことはできないし、万一にも後継者不在なんてことになっては困る。


 「雛には任せられないわヨネ」

 当然だろう。

 そんな重責を子供に任せるなんてありえない。


 「子育て中というのもムリだわネ」

 たしかに、子供連れでどんなところかもわからないところに行かせるわけにはいかないだろうし、そもそも子育てと群れの管理の両立なんて不可能だ。


 「現在の族長ではなく、後継者候補でもない。まだ若いけど雛ではなく、未だ独り身、そして幸か不幸か白と青の混血なのヨ。あの子」

 ・・・なるほど。

 「一つの種族に囚われない、てとこに期待されているわけか」

 「そうョ。それに、結構増えてるのネ。混血が。群れ全体としては、その混血を排除しようという動きも強いんだわネ」

 一つとこにいて、交配可能となれば、そういうこともそりゃ起こるだろう。

 というか、いずれは混ざり合ってハーピィ族として統一されるのが一番いいような気もする。

 「そうネ」

 さすがに抵抗があるだろうか、そう思いながらも提言を投げかけてみると、意外にもシスネは同調してきた。


 「だけど、早すぎる。今はまだ、ネ」

 シスネの目が、スッと遠くを見つめる目になった。

 「二世代先には、そんな時代が来るかもしれないし、そうなってくれれば楽になるわ。群れの分割と移動がうまくいけば、その動きに拍車がかかるとも思うのネ」

 「保守派はここに残る。移動していくのは革新派。しかも、群れのリーダーがそもそも混血なら、種族間の軋轢は産まれない・・・かもしれないな」

 あくまでも漠然とした希望に過ぎない。

 そうなるとは限らない。

 だけど、可能性は高い。

 うまくいくかもしれない。

 「そういうことネ。それで、レルヒエに話をそれとなく持ち掛けてみたのヨ。群れの外の世界に興味がないか、とネ。そのときは無関心に見えたのだけど、建国記念祭のあと戻ってみたらいないじゃない。慌てたわヨ」

 ナーガ族のだけでなく、ハーピィ族の荷物にも紛れて密行していたのか。

 よく帝都で発見されなかったものだ。

 背中に思わず冷たい汗が流れた。

 「でも、とりあえずその話は先送りになったわ」

 肩を上下させるほどの大きなため息を、シスネが吐いた。

 「どうして?」

 なにか大きな問題でも発生したのだろうか?

 そう思って顔を向けると、逆にジトっとした目で睨まれた。

 「あんた、自分がドリュアドのとこでなにを言ったか忘れたの?」

 ものすごく流暢な帝国語が氷点下の温度で、撃ち出された。

 背中を流れていた冷たい汗が凍りつきそうな気がする。

 「え・・・?」

 何か変なこと言ったかな?

 「『最終的には帝国のはずれに自治権を持った国を作るのが目標』なのでしょう?」

 あー、それか。

 確かに言った。

 言ったけど、それがどうし・・・あ!?

 まさか?


 「えっと。もしかして、僕が国を作るのを待とう、とか言うつもりじゃないよね?」

 「まったくゥ、もってェー、そのとォ―リー!」

 わざとらしいほどハーピィ訛りを強調して叫びやがった。

 「帝国の外、に新天地を求めても、その土地が帝国領になれば元の木阿弥だわ。だけど、あなたのつくる国の中なら帝国の管轄外。苦労を半分くらいには減らせるでしょう?」

 また、言葉が完璧な帝国語になった。

 本当は訛りなしで話せるんじゃないのか?

 まったく。

 どいつもこいつもバカにしてやがる。

 そして、無駄に重い期待をかけてくる。


 『もらい物の靴は大きいか小さいものだ』。


 かつて右から左に聞き流した警句が脳裏に甦る。

「いつになるか、わかったものじゃないんだけど。っていうか、明日にでも殺されてないという保証すらない」

 「枝も持たずに海を渡るような渡りをさせたくはないの。わたしたちは鳥。空高く舞い上がるのに、上昇気流を待つのはいつものことよ」

 僕は気流か!

 言いたいことはわかるけど。

 いやいやいや!

 わかってたまるか!

 ただでさえ自治権を持った独立国なんて、絹糸で綱渡りするようなことをしようというのに、分離したハーピィ族の群れを抱え込んだりしたらどうなるか。

 ただでさえ難しい事業が、暗礁に乗り上げる確率が増えるだけのことだ。

 「待たれる側の迷惑には考えが及んでいないのかな?」

 声と顔から、感情が抜け落ちた。

 自分の声だとはわかるが、自分でも寒気がするような声が出た。

 顔もきっと土人形のようになっていることだろう。

 「群れのために最善を尽くしているだけよ。他のことなんて知らないわ」

 同じく、感情の抜け落ちた声が呟くように言う。


 「でも・・・すべてがうまくいったあとになって、悪いことをした、そう感じるときがあるかもしれないわね」


 思い切り目を逸らしたまま。

 まるっきり独り言のように言う。

 「・・・覚えておこう。どうせ、僕の動きは筒抜けなんだし」

 そのときが来れば勝手にやってくればいい、なにを言うこともない。

 「・・・ありがとう」

 呟きがこぼれたとき、シスネは見事に磨き込まれた壁を見ていた。

 つられて、僕も壁に顔を向ける。

 なにか渦を巻くような模様の青緑色の大理石の壁だった。

 壁面が光を反射するほど、綺麗に磨かれている。


 「ずいぶんと豪勢な壁だね。どうやって作ったんだ?」

 ハーピィ族の手では削ったり運んだりは無理だろうに。

 液体を拭き取るのとかはできそうだけど。

 水鳥でなければ。

 「ああ。それは山の反対側にドワーフ族の集落があってネ、ときどき磨きに来るのヨ」

 手首のない羽の生えた腕を軽く振りながら、シスネは妙に明るい声で答えた。

 「そういうことか」

 ドワーフ。

 言わずと知れた産まれついての職人。

 木工製品から石、金属加工に金細工。

 なんでもござれの手先が器用な者たち。

 人間に比べて背が低く、男は髭面で酒好き。

 陽気で実直というイメージが強い。


 リザードン、ドリュアド、アマゾネス、ナーガ、ハーピィときたのだ。


 いまさらという気もしないでもないが。

 前世世界のファンタジーでおなじみの種族が、ここでは普通に存在している。

 それなら他の種族だって普通に存在していると言えるのだが、ドワーフに限って言えば少しばかり他とは異なっている。

 普通、というのにはもう一つ意味があるのだ。

 彼等は他の『盟友』と異なり、居住地の制限が設けられていない。

 本拠として大陸中央部にある山脈の内部をくりぬいて造られたとの噂もある地中都市スブムンヴェルドが知られているほか、大陸のいたるところに彼等の集落はある。

 山で石を切り、森で木を削り、川で砂金を集め、砂漠で宝石を探す。

 北で琥珀を拾い、南で鉄を打ち、東で銀を溶かし、西でサンゴを加工する。

 世に輝く美術品を、人々の暮らしを助ける日用品を作り上げるのだ。

 その技術ゆえに『盟友』でありながら、世界中のどこにでも居場所を持つ種族。

 人間の街のどこででも見かける可能性がある。

 それこそ、普通に。

 この世界でのドワーフとは、そういうものだった。


 「ザフィーリ。この辺りで一番近い目的地候補に行くには、どのルートを通ることになる?」

 ずっと、部屋の入り口横で控えていた親衛隊長に声をかけた。

 「西南の方角、山の反対側です」

 すでに確認済みだったのだろう、淀みのない答えが返ってきた。

 「山の反対側へ向かう道の近くに、僕の仲間たちが野営できそうな場所はあるか?」

 シスネに顔を向けて聞いてみる。

 「ドワーフたちが作業用に使っていた穴がちょうどいいと思うわョ。当たり前だけど、ドワーフの村まで一直線の道が目の前にあるしネ」

 「じゃあ、使いの者を送って、そこに移動させてくれないか。明日の朝、そこからドワーフの村を目指すことにする。・・・時間的にどのくらいかかるんだ? その村まで」

 その問いに、シスネはしばし考え込んだ。

 「ドワーフたちは半日がかりで移動していたわネ」

 歩いたことがないから、時間を測る基準を探したらしい。

 「なら、少なくとも暗くなる前には着けるな」

 ドワーフの脚で半日なら、馬ならもっと短いはずだ。

 彼等が道に慣れ、山歩きが得意ということを勘案しても、馬と同等以上ということはないだろう。

 「さぁ、ともかく予定は立ったわネ。皇宮と違ってゲストのための部屋なんてないけど、おもてなしさせていただくわヨ」

 「果物と木の実でね」

 ハーピィ族の主食のことを思い出して、少し鬱になった。

 ドリュアドのところにだって野菜やキノコくらいならあったのに、ここではそれすら望めない。

 「魚だってあるわヨ、肉もネ」

 「生じゃないか」

 指摘すると、シスネは平然と言い返した。

 「そのためにメイドを連れて来たのではなくて?」

 まったくもって、そのとおり。

 目を向けると、シアは芝居がかった仕草で一礼した。



 ランドリークへの伝言を託した使者が飛んでいくと、ライムジーアたちも謁見室のある穴を飛び出した。

 ハーピィ族の穴は奥で繋がっていたりはせず、一穴一穴独立しているので、移動するにはいちいち空を飛ばなくてはならない。

 他種族の者の潜入と、脱出を阻むには最適な方法だろう。

 雨が降れば外出不可になるという問題はあっても。

 一番上の穴は首長のための執務室や会議室で、食事などはシスネ・シュヴァーンの私室を使えということだった。

 『盟友』たるハーピィ族の営巣地に『客』など来ないから、おもてなし用の設備とか宿泊施設が存在する余地はない。

 群れを分離させようという話が出るほどに、居住空間がひっ迫しているのだ。

 当然だろう。


 「んむんむ・・・んー。焼いたお肉も美味しいわネ!」


 シアが焼いてくれた中型の哺乳類の肉をほおばって、シスネは頬にうっとりと翼の先端を付けた。

 付けたと言っても、汚れないよう口元は避けている。

 手で物を掴めないので、ハーピィ族の食事は食べ物に顔を近づけてついばむものになる。

 口元がとても汚れやすいのだ。

 それは調理にも言える。

 手首から先がなくて、燃えやすい羽を持つハーピィ族。

 火を使う作業、とりわけ料理は鬼門だ。

 煮たり焼いたり、それ以前に肉や魚の前処理は不可能。

 だから、ハーピィ族には元来、料理という概念がない。




 シスネの私室たる穴は、営巣地全体を八分割した右から2、上から3のあたりにあった。

 正確な場所を覚えようとしたが、外から見ると他の穴との違いが全く分からないし、目印とすべきものが見当たらないので、大まかに「この辺」としか覚えられなかった。

 ハーピィ族はどうやって見分けているやら、不思議だ。

 巣の中は間仕切りもなにもなく、せいぜい四畳半だろう。

 前世世界の安アパートの一部屋という感じだ。

 ただしキッチンもトイレもなく、家具なんてものもほぼないのでそれほど狭くは感じない。置いてある家具と言えば、木の枝を編んで作られた棚ぐらいのものだ。

 太めの枝を支柱にして、柔らかなツタを編んで作った籠が縦に三段のっている。

 かなり野趣あふれるカラーボックスとでも言おうか。

 ある意味かなりオシャレな逸品になっている。

 それが部屋の中にいくつかあり、数の少ない服と、乾燥させた木の実と、なにかしらの小物がしまわれている。

 入り口の脇には、雨水か湧き水を貯められるようになっているらしい窪みがあり、澄んだ水が貯められていた。

 これを飲み水としているようだ。

 テーブルなどはなく、石の床に前世で言うならバナナの葉のような大きい葉を布いて、食べ物を乗せただけの宴席がつくられた。

 ライムジーアはその中央に座らせられていて、右横にシスネ。

 左横にシア。

 正面の少し離れたところにザフィーリ。

 入り口付近に護衛の男ハーピィが二人座っている。

 出されている食べ物は、予想通りの木の実と果物だ。

 あとは、わずかな魚の干物を焼いたものと、乾燥肉のスープが出されている。

 材料はシスネの巣にあったものだが、料理はもちろんシアが担当した。



 「ところで・・・」


 ある程度食が進んだ頃、ライムジーアは慎重に口を開いた。

 「レルヒエはどうしたんだ?」

 同席するものとばかり思っていたというのに、全く来る様子がない。

 ちょっと気になっていた。

 「さっきまで居た巣にある懲罰房で謹慎中ヨ。事情を考えれば、大目に見てあげたいところではあるけれど。規律は規律ですものネ」

 あー、それはそうか。

 首長の許しもなく、勝手に動き回ったのだ。

 群れ全体への影響を考えれば、処罰しないと示しがつくまい。

 「側に置いておきたいって思うくらい、気にいったのかしら?」

 愉しげな顔に不満げな口ぶり。

 ライムジーアの脳裏に警戒警報が鳴り響いた。

 なにより、ザフィーリとシアの目が険しくなっている。

 「そ、そういうことじゃなくて」

 慌てて否定しようとするのを、シスネの胸が引き留めた。

 「そうでしょうとも。羽に色もない小鳥より、わたしの方が食べ応えあるわヨ」

 しなだれかかったシスネが、ライムジーアの腕に無防備な胸をこすりつけてくる。

 ゆすられ、擦られ、真っ白な乳房が仄かに色づき始め、先端の薄桃色が濃くなっていく。


 「ゴホン!」


 はっきりそうとわかる咳払いが一つ。

 シアだ。

 同時に立ち上がったザフィーリがジトっとした目をした顔に、満面の笑みですと言わんばかりの口を張り付けて、歩み寄ってくる。

 「皇子様はお疲れのご様子。明日も早いことですし、もうお休みになるのがよろしいかと」

 丁寧な言葉でありながら、ものすごく怖い。

 「そ、そ、そうだな」

 パッと、シスネの胸を振りほどき、ライムジーアも立ち上がった。

 音もなく移動したシアが、巣の奥に寝床をしつらえる。


 「ムー!」


 あとに残されたシスネが、レルヒエそっくりの顔と声でうなり、頬を膨らませていた。



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