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下命?

 

 カプリコット歴28年。

 僕は産まれた。

 この世の誰からも望まれず、祝福もなく、ただ無用な存在として。

 大陸の半分を支配する一大帝国の皇帝を父に、皇妃付女官を母に。

 帝位継承権十八位の皇子。

 ほぼほぼ無意味な肩書を背負わされた役立たずである。

 おかげで、僕が生まれたのと同時に母は城を追い出された。

 一応世間的には多額の金をもらって地方の貴族に下げ渡されたとか言われているが、実際は服すらはぎとられてどこかの森に埋められたそうな。

 皇妃に憎まれては、そんなものだろう。

 夫を寝取った女への復讐というわけだ。

 もっとも、母は皇帝を寝取ったのではなく。無理矢理に犯されて、意に反して孕まされたということなので、母を責めるならまず、夫を責めろと言いたくなるが。

 むろん、産まれたばかりだった僕にそんなことを言えたはずもない。

 これらの事情を知ったのだってつい最近だ。

 僕が8歳になった日。

 我が親愛にして素晴らしき母君。

 皇妃のアルティーシア様から賜った誕生日の贈り物が、そんな内容の絵本だった。わざわざ職人を雇って作らせたらしい刺繍入りの表紙が見事な、逸品だ。

 出産したばかりの母が裸で捨てられている状景を描いた刺繍絵が、実に美しい。

 母の腹から不気味にはみ出しているのが、正真正銘本物のへその緒というあたり、実に芸が細かい。

 皇妃にとっては他人も他人。川べりにでも捨てたかったであろう野良犬の子供のような存在の僕が、それでも生かされていたのは父帝にとっては血を継ぐ子の一人であることに違いがなかったからだろう。

 父帝は世界でただ一人、僕の味方だった。

 皇妃に言い訳ができる、または内緒でできる範囲においては。

 具体的には、信用のおける近衛だった老騎士ランドリークを僕の守役とし、年に百万ダルの養育費をくれた。

 百万ダルというのは皇太子のそれからすると半分以下の金額だが、庶民ならば十年分の生活費に相当する。

 結構な金額だ。

 有り余る養育費。

 誰にも関心を持たれない身の上。

 育児も教育もおざなりの生活。

 ロクな人間にならないだろう環境だ。

 遊び惚けるしか能のない役立たずに育つだろうことが確定しているようなもの。

 僕もそうなる運命だったのだろう。

 順当に生きるなら。

 だけど、僕はそうならない。

 なぜなら・・・。

 「俺は前世の記憶を持ったまま転生しちゃった人間だから・・・うっわ、自分で言うのなんか恥ずかしいよな、これ」

 と、いやいや。


 そんなことはどうでもいい。

 重要なのは、僕が『こことは違う世界』の記憶と知識を持って生まれてきた人間だ、ということだ。

 身体的な年齢は十二歳だが、頭の中身はそうではない。

 こちらの世界でなら・・・そう、六十代ぐらいの知識量を保持している。知識レベルはもう少し上だろう。

 そんなわけで、放蕩息子になるほど愚かではない。

 ・・・皇子様に生まれたと知って思わずハーレムを夢見たことは認めるけど。

 そんな幻想は八歳の誕生日に捨てた。

 僕が生かされているのは、父帝が自分の子に対してそれなりには愛情・・・もしくは義務感らしきもの、を示しているおかげだ。

 少しでも疎んじているという態度を見せようものなら、皇妃が喜び勇んで牙を向けてくるだろう。

 とりあえず、指でも切り落とすに違いない。

 事故に見せかけて。

 そして事故は切り飛ばすところが見当たらなくなるまで続く。

 手、腕、足、耳、鼻・・・もちろん、最後は首が飛ぶのだ。

 もしくは、心臓が抉られるのかもしれない。

 どちらにしても殺されるだろうというのは目に見える未来図だった。

 ハーレムどころじゃない。

 現代日本の知識がある僕に、この世界での子供向け教育は不要だ。まぁ、読み書きは初めからやり直さないといけなかったし。言葉も難しかったが。

 赤ん坊の時は時間が有り余っていたので、ひたすら言葉の勉強をしていたものだ。あと社会の仕組みとか。なので、6歳くらいには国語と現代社会は万全だった。

 計算とかは前世の記憶で十分足りる。だから、そういった勉強はせずに、この世界でしか学べない語学だけを貪欲に吸収した。

 そして、どんな世界であっても変わらないもの。

 資金を集めることに力を注いだ。

 自分の意志を示せるようになった瞬間から、ランドリークを介して節約と倹約に邁進して金をためさせた。

 服は兄たちのお古をもらい、食事は使用人とともに同じものを食べ、趣味と言えばようやくこの世界でも普及し始めた本を読むことぐらい。それも買うのではなく、従姉の家で読ませてもらうという徹底ぶりで資金を溜め込んだ。

 商人のところで働いていたのもそのためだ。

 そう遠くない日に備えて。

 こちらの世界では、十五歳で成人とされるようだ。

 となると、僕が『子供です』と無邪気を装っていられるのは、あと三年。

 あと三年で城から追い出されても何とか生きていけるだけの力をつけなくてはならない。

 力をつけるのに必要なのは・・・。

 

 「うまくいってございますですよ。坊ちゃま」

 

 ひょっひょっひょっ、と謎の笑いとともに現れたのが僕の守人。

 ランドリークだ。

 こんなだが、まだ五十にもなっていない大男だ。

 あとハゲ。

 本人は毎日剃っているのだ、と言っているが僕は彼の部屋で一度たりとも剃刀を見たことがない。まさか、両手剣のバスタードソードでは剃れんだろうし天然脱毛に違いない。

「では、出かける支度をはじめようか」

 腰かけていたベッドから立ち上がる。

 簡素なものだ。

 間違っても皇族が使うようなものではない。

 それもそのはず、ここは城内ではあるが使用人用の別棟だ。

 僕は、部屋を出ると「落ち込んでいます」と言わんばかりにうつむいて廊下を歩き始めた。


 「シア、いる?」


 廊下を歩き、階段を降りる。

 僕はまっすぐにメイドたちの待機部屋に顔を出して心細げな声で、人を呼んだ。

 「ライムジーア様、ここで・・・ぅあっ・・・」

 慌てた声がして金属製のトレイが派手な音を立てて床を叩く。

 他のメイドたちの呆れ顔と失笑に包まれる中、転がり出るようにして一人のメイドが僕の前に立った。

 プラチナ色の髪に白い肌、澄み切った湖のような深く蒼い瞳。花のように可憐な唇、誰もが認める美少女。美少女なのだが・・・ワサワサとあちこちに跳ねてる髪、なぜかいつも同じとこにシワのある服。落ち着きのない動きが、それを見事に相殺している。

 実質、僕専門のメイド、シアだ。

 本来、メイドは城に仕えるのであって決まった相手だけを世話するというのは妙な話なのだが。彼女は、僕が帝都の下町に住んでいた三年の間に知り合って、連れ戻されるときに連れて来た娘なので特別だ。

 もちろん、最初の内は通常のメイドとして扱われていたのだが・・・次兄カハルバードの足にスープぶちまけるは、城の廊下を水浸しにするわと大暴れ。

 そんな感じで不器用でそそっかしいシアはメイド長からも疎まれていて、結果としてメイド本来の仕事はほとんどさせてもらえず『ライムジーア様付きのメイド』として定着してしまっている。

 今朝も、掃除の段取りをものの見事に間違えていた。

 見かねた僕が思わず手伝ったほどだ。

 まぁ、それが僕に幸運をもたらしてくれたのだが。

 シアと一緒に掃除をしているところに、思いもかけず皇妃様が通りかかったのだ。

 そして・・・。


 「あらあら、ライムジーアは掃除が得意でしたの。素晴らしい才能ですわね。・・・そうですわ。軍の厩舎はとても汚れているようです。掃除してくださるとよろしいのではなくて?」


 と、ありがたくもお言葉を頂戴した。

 つまり、城から出る口実が見つかったのだ。

 皇妃にそんなつもりはなかっただろう。いつもの嫌味の一つでしかなかったはずだ。

 それを、僕は最大限に拡大解釈をして、「皇妃の命令で。軍の厩を掃除することになった」と言って城を抜け出そうというわけだ。

 僕を城外に出さないよう、父帝から門兵たちに命令が出されているはずだが皇妃の意向には逆らうまい。

 市場からランドリークに呼び戻されてから約一年、軟禁状態だった城から解放される。責任は皇妃が負ってくれるとなれば、なおのこと有り難い。

 「明日朝一番で出かけようと思う。朝食は外で食べるから、お弁当を作っておいてくれるかな?」

 「お弁当ですか、はい。お任せください」

 ぴょん、っと頭を下げるシアに後ろ手に手を振って、僕は少し急いで歩き始めた。

 皇妃様の気が変わらないうちに、準備をしなくてはならない。

 さっきランドリークが「うまくいっている」と言ったのは、僕が城に残れるように皇妃様の命令を撤回させられないかと、あらゆる方面に働きかけを行った結果・・・完璧に失敗したことを報告したものだ。

 だけど、念には念を入れておこう。

 僕が、喜び勇んで城を出ようとしているなどと皇妃様の耳に入ろうものなら、即座に撤回されてしまう。

 あくまでも、僕は嫌々、仕方なく、泣きながら、城を出るのでなくてはならない。

 城を出られる自由よりも、厩の掃除という理由に泣きべそをかいている。

 そういうことにしておかなくはならないのだ。

 メイドたちの待機部屋は城の一階にある。

 僕はまず通用口を使って外に出た。

 8歳のとき、ここを通ろうとしたときには『皇族の方の通るべき場所ではない』と年配の貴族にたしなめられたものだが、その貴族の息子から話を聞いた敬愛すべき兄、ロンベルホンが『ああ・・皇族には違いないか。皇帝の息子には違いないからな』と呟いていらい、僕のすることを『皇族だから』という理由で注意する者はいなくなった。

 おかげで、今では気に留める者すらない。

 通用口を出て、そのまままっすぐ歩き続けた。

 城の中庭で、庭師たちが働いている。


 「シャルディ!」

 

 その中で、巨木のてっぺんにいた男を呼ぶ。いや、オスというべきだったか。

 「これはこれは坊ちゃま」

 木から飛び降りた。・・・比喩ではなく事実としてだ。その男は、いや、オスは・・・めんどくさいな男で統一しよう・・・赤銅色の鱗を光らせて頭を下げた。

 彼は亜人。リザードマンなのだ。

 大陸の南の方に住む人語は解するが爬虫類という個性の強いやつだ。

 この世界では、他にもいろいろな種族がいる。

 あまり数は知らないが。市場でいくつかとは知り合ったし、見かけたりもしていた。

 建国記念祭のときの『盟友』とはそういった他種族の者たちのことだ。

 もともとは傭兵だったらしい彼だが、なにかの戦いで右目を負傷。戦えなくなり街の口入れ屋で燻っていた。

 戦士でなくなった自分に価値などない。そう信じ込んでいた彼は、所属していた軍の元同僚の紹介で口入れ屋には来たものの、何をする気にもなれず荒んでいた。たとえ、何かしようという気力があったとしても、怪我をして戦えなくなったリザードマンに興味を持つものがいないという現実もあったし。

 戦士として有名すぎる種族のため、他の仕事では使い辛いのだ。

 例えば接客業をさせたとしたら、客が寄り付かなくなるのは目に見えている。店番なんかさせられないし、配達とかさせたら強盗と勘違いされそう、ということだ。

 ガードマンとして雇えば、不埒な考えの輩は近づけなくなるだろう。そして客はやはりいなくなる。

 商売にはまったく向いていないのだ。

 たまたま、何か仕事があったとしても給料が合わない。

 リザードマンは非常に高い金額で仕事を請け負う高単価の傭兵だ。誇りもある。

 従軍当時の給金を思うと、就職の話があってもばかばかしくてのり気になれないのは仕方がないところだったろう。

 なので、僕は彼を雇わなかった。

 給料はなしだ。

 飯は食わせる。住む場所も提供する。

 仕事の世話もしよう。

 そのかわり・・・「剣術を教えてよ、師匠」。

 この言葉で、口説き落とした。

 同じセリフを何度も言って。

 数えたのは四回までだ。

 多分、十数回は繰り返したのではないだろうか。

 二十数回かもしれない。

 三十回かな?

 五十まではいかないと思う。

 二か月かけて師匠として僕の定宿に引きずり込み。

 半年かけて師匠から友人にした。

 ランドリークに城へ連れ戻されるときも、シアともども一緒に連れてきた。

 皇子と知った彼に大笑いされたのは少しトラウマになっている。

 『どうりで。まともな人間じゃねぇとは思った』だとさ。

 失礼な奴だ。

 今や対等に接してくれる。

 ありがたい奴でもある。

 僕個人のために動いてくれる数少ない友人であり、人材だ。

 「僕は軍の厩を掃除するよう皇妃様に命じられて、城を出なきゃなんなくなった。明日の朝いちばんに出る。お前も来てくれ」

 「ほうほう。そいつぁ災難だ。ようがす、お供しやすよ」

 かっかっかっ、と笑う。

 ・・・爬虫類が笑うとすごく怖いんだけど。

 まぁ、それだけ頼りになるともいえるか。

 「頼む」

 拳で露出している肩を押した。

 ひんやりとした鱗の感触が、伝わってくる。

 「まかせろ」

 同じように、僕の肩に拳を当てて、シャルディが束の間真顔になった。

 小さく頷いて、僕は忠実な庭師に背を向けた。僕が背中を見せることのできるわずかな仲間、その最後の一人に話をしに行くために。



 「ライムジーア様」

 中庭を抜け、城内の衛兵詰め所へと進む。すぐに、蜂蜜色の短髪にサファイアの瞳をした騎士が駆け寄ってきた。

「やぁ、ザフィーリ」

 きっちりと騎士鎧を身につけ、片手剣を佩刀した女騎士が僕の目の前で敬礼をした。

 身体の前で左右の腕を交差させる。今はなきアバハビレネ騎士団独特のもの。

 大陸東方を支配するオエスザード連合との戦役で滅ぼされた、アバハビルト公国の王族唯一の彼女は生き残りだ。

 当時9歳になったばかりだった姫を王は戦地には連れて行かず、国境付近の街に30人の護衛とともに隠していた。

 そして当人以下、家族親戚、すべてが戦地で壮絶な斬り死をした。

 寄る辺をなくした彼女は同じ立場の敗残兵を集めつつ各地を転々とし、ついに父帝の治めるここラインベリオに、わずかな手勢を引き連れて辿り着いた。

 辿り着きはしたものの、コネクションなどもたない流浪の姫。

 誰一人顧みなかったこの小国の姫様を助けるのに、僕は持ち金を投資している。父帝はもちろん、貴族たちも、全滅しかけた騎士団の生き残りを手勢に加えようとはしなかったのだ。

 行き場もなく、あと一歩で国外退去となるところだったのを、僕の養育費から資金を捻出することで引き留めることに成功した。

 現在は手勢ともども、僕の親衛隊を組織している。

 彼女はその隊長だ。

 僕が少数とはいえ兵士を持つことに懸念を持つ者がいなかったわけではないが、少数派に過ぎなかった。大半の貴族たちは、『野良犬の息子と負け犬の娘。似合いの組み合わせだ』。と面白おかしく噂話に花を咲かせたと聞く。

 「明日の朝、軍事基地タブロタルに出かける。用意しておいて」

 「はっ、準備いたします!」

 ビシッ、と音がしそうな敬礼にうなずいて、僕は空を仰いだ。

 雲がまだらに浮かぶ青空が広がっている。

 タブロタルは帝都から東に馬車で十日の距離になる。歩いてだと半月。

 馬車の作り、馬の種類、歩く人の性格でかなりの差が出そうな基準だが、だいたいの目安しかわからないのでそのくらい、としか言えない。

 この世界には未だ伊能忠敬さんに類する人が現れていないらしい。縮尺がしっかりしている地図がないのだ。頻繁に移動する人たちが情報を持ち寄り、平均を出した移動速度だけが頼りになる基準だった。

 雨にでも降られたら最悪だが。

 でも、この様子なら旅の間ぐらいはもってくれそうか。

 あとは、城を出る直前に皇妃が前言を翻す可能性を心配すればいい。

 まぁ、すでに忘れている、というのが一番ありえそうだとは思う。

 実際、忘れていたらしい。


 何事もなく、朝は来た。


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