陰謀
陰謀
早朝、まだ日も出ていない時間に腹の虫を刺激するいい匂いで目が覚めた。
シアはシアで、朝早くに起きて朝食の支度をはじめていたようだ。
朝食は雑穀と刻み野菜の入った粥だった。
比較的仕込みが楽で、栄養バランスも良く、調理も簡単。何より食べやすい。
大人数の朝食を短時間で作るとなると、このチョイスは当然だ。
移動時に重さが気にかかる穀物系と、傷みやすそうな野菜を大量に消費するため。というのも、理由だろう。
ちなみに、盗賊どもが溜め込んでいた生肉は昨夜のうちに使いきっておいたらしい。
元々数も少なかったのかもしれない。
保存の利く乾燥肉や干し魚、根菜類はありがたく頂戴した。
ザフィーリの部下たちが分散して運んでくれる。
武器や兵が少ないのは知恵と勇気でどうにでもなるが、糧食がないのはどうにもできない。
というのは、とある用兵家の言葉だが、まぎれもない真実だ。
食料の問題はあたら疎かにできない。
ここからタブロタルには馬車で一日半だが、ファルレらサンブルート旅団の者たちは徒歩なので二日半かかる。
その二日を、僕は思考と情報収集にあてた。
ザフィーリの部下たちを、再び小隊ごとに分けて送り出しもした。
一時期はザフィーリ直属の本隊20人だけになっていた。
収集すべき情報の最優先事項は、今回の一件に関する前後事情だ。
討伐計画を立てたラインベリオ帝国軍北東部方面隊アトヒラテン州駐留騎士団副団長とやらが、どうしてファルレに間違った情報を流したのか。
その謎を突き止めたかった。
考えるに、答えは大まかに分けて二つ。
一つが思い込み、あるいは錯誤によって事実認識を誤った。
つまりは、本人の無能が原因。
もう一つは少ない兵力で戦わせることで、サンブルート旅団に打撃を与えようとした。
つまりは、故意。
無能ならいい。
ファルレにぶん殴らせて、職務不適格を団長に指摘するだけだ。
問題となるのは故意。
意識して行った場合だ。
理由は何だろうか?
ファルレやサンブルート旅団の関係者、あるいはアマゾネスという種族そのものに恨みがある・・・ちょっと考えにくい。
あるいは、傭兵隊そのものを疎んじている?
国の防御は名誉ある騎士団のもの、傭兵ごときに自分たちの縄張りを侵されたくない、かな?
これなら、ちょっとは現実味を帯びてきた気がするが・・・どうも腑に落ちない。
「シャルディ、おまえも元は傭兵だ。なにか心当たりの一つでもないか?」
ダメもとの質問だった。
もう明日はタブロタルに着く、という夕食後のことだ。
情報収集に出したザフィーリの部下たちも全員戻ってきているが、『これ』といえる情報はなかった。
「金でしょう」
それなのに、シャルディはこともなげに断言した。
「金?」
「よくいるんですよ。雇っている兵を少し水増しして予算を申請して、予算が下りてくるころに解雇したり殺したりして余剰分を懐に入れるやつが。おそらく・・・っつうかほぼそれでしょう」
「・・・そんなのが通るのか?」
現場の兵たちが大人しく従うとは思えないが。
「長く務めたとか現地登用で地元に縁故のある兵には手を出しゃしねぇですよ。やられるのは身寄りのなさそうな新兵、または・・・新顔の傭兵隊でさぁ。死んだとしても『未熟だった』『運が悪かった』でかたづくんでね」
説明を要求される心配のない余所者から死なせられると。
「前線から平和な内地勤務について、それまで見たこともない金を見せられた。そんな叩き上げの兵隊によくいるタイプですなぁ」
「なるほど・・・」
腐ってやがる。
前線にいるわけじゃないから、味方の兵の損失が自分の身の危険に直結することもない。それで仲間同士の結束が緩んでいるわけだ。元々前線で敵を倒してきたし、味方の死にも慣れているから心も痛まないと。
壊れてやがんな。
「ただ。今回はちょいと、やりすぎやしたね」
「ん? どういうことだ?」
意味が分からず問うと、シャルディは目線だけでどこかの方角を指した。
そっと視線を追うと・・・。
管理官と30人の騎士がいた。
「身内にまで手をかけちまった。これが基地内で広まれば・・・いささか居心地が悪くなるでしょうなぁ」
事前の見積もりと実際の状況に甚だしい乖離があったことは疑うべくもない。その点、副団長の無能は揺るがない。故意かどうかは調べればすぐにわかるだろう。
そうなったら・・・。
「ひと騒動あると思うかい?」
「いや、そんなでかい火にはならんでしょうよ。関わる人間が多ければ、自分の懐に入る金が減りやすからね。仲間は多くねぇと思います」
人を使えば分け前が、秘密を知る者が多ければ口止め料が。それぞれ増える。
危ない橋を渡ってまで金を作るうまみが減る。
確かに。単独犯か多くて数人といったところか。
「ん? あれ? まてよ、もしかして・・・」
ふと心づいて、僕はアトヒラテンの管理官と騎士たちのいるところへと向かった。シャルディも天幕から出て、立哨していたザフィーリと入れ替わる。
僕の護衛にザフィーリがついて、かわりにシャルディが警戒に入った。
リザードマンは出会う相手に警戒心を呼び起こす。誰かと面会しようという場面では威圧的すぎるのだ。
面会ではなく、脅迫的な取引ならもってこいではある。だが、情理を尽くして忌憚のない話し合いをしたいときにはザフィーリがいい。
見た目美少女で警戒させないし、いざ斬った張ったになれば並の騎士五人分は強いのだ。
だてに何年も流浪してはいない。
しかも、元お姫様。
外交や折衝も得意ときている。
アトヒラテンの者たちはサンブルート旅団とは、僕たちのいる天幕をはさんで反対側の天幕にいる。やはりまだ、わだかまりが残っているようだ。
「お邪魔するよ」
天幕の前で、立哨をしている騎士に声をかける。
僕が近付いてくるのには、もっと前から気付いていただろう。もし、仲間内でしかできない話をしていたとしても、一時中断しているはずだ。
天幕の中では、くつろいでいた、と思わせるべく必死に取り繕っているのではないだろうか。
そっと幕を押し広げて中に入った。
ザフィーリは外で待機だ。
「お、皇子様。なにか?」
天幕では、騎士たちが思い思いに座ったり寝そべったりしていた。管理官も、木杯で木の根を煎じた茶をすすっている。
思った通りか。
くつろいでいた姿勢ではあるが、服の折り目が歪んでいない。
ついさっきまで、きちっと座っていたのだ。
「打ち合わせておこうかと思ってね」
「打ち合わせ、ですか?」
胡乱な目でオウム返し。
この人、外交任務には向かないな。
わかりやすい。
「副団長の粛清」
静謐な空気を放つ湖に、言葉の小石を投げ込んだ。
その途端。
空気が揺れた。
緊張感が膨れ上がる。
「・・・やっぱり、それを考えていたんだね」
予想した通りらしい。
さっきシャルディは管理官たちを巻き込もうとしたのを、「身内に手をかけた」ことをミスのように表現した。
でも、もしも、「手をかける」ことを前提に今回のことが仕組まれていたら?
先日、「君に責任はない」と声をかけたとき管理官が口にした「私の不徳で迷惑をかけた」という言葉が、真実であったら?
管理官に死んでもらうことが、副団長の目的だったら?
「君が命を狙われているのがなぜなのか、教えてもらえるかな?」
「・・・そこまで、お気づきでしたか」
軽く目を見張って、管理官は居住まいを正した。
僕を子供だと侮っていたことを改めてくれるようだ。
周囲で様子を窺っていた騎士たちも、同様に顔を真剣なものに変えた。侮られるように振舞っている身としては、ちょっと複雑な気持ちになるが今回はしょうがない。
「地位を奪われやしないかと気が気でないからでしょう。アトヒラテン騎士団では副団長は所属するすべての人員による投票で決められます。前回は私と彼の他もう一人いて、私は次点で落選しました」
次点・・・。
「票差は?」
「騎士兵士合わせて総数5976票。それぞれの得票は記憶にありませんが、私と彼の票差は147票です」
接戦だったわけだ。
ほんの少し風向きが違えば負けていたかもしれない。
なるほど、脛に傷もつ身としては枕を高くして眠れない状況だろう。
「それって最近のこと?」
副団長になったばかり、いつも比べられることにストレスを感じていてそれが限度を超えた・・・ということだろうか?
「いえ、二年半ほど前ですが?」
結構時間経っているのか。
となると・・・。
「もしかすると、最近なにかへまをしでかしているかもしれないね。君を殺す以外の手立てがなくなるような」
「そういうことですか・・・私もなぜ今になって、と考えていたのですが・・・」
「君にはなんてことないように思えても、相手にとっては見られたくないとこを見た、聞かれたくないことを聞いた、ということはないかな?」
「そう言われましても・・・」
難しげに眉を寄せる。
さすがに漠然とし過ぎるか。
「副団長とした会話を全部思い出せ。監督官としてこの戦いに同行するようにとの指示をもらう以前のことを最後から順に。二人で話す前、そいつがどこで誰となにについて話していたかも含めてだ」
「わ、わかりました」
時間がかかりそうだが仕方がない。
しらみつぶしに潰して行こう。
僕は管理官の言葉に耳を傾けた。
十分、二十分・・・一時間。
時間がどんどんと過ぎていく。
「!? 待て!」
二時間になろうかというところで、僕はそれらしき断片を見つけた。
「今の話をもう一度」
「は、はい・・・騎士団の予算を運ぶための荷駄隊の経路変更を指示・・・あ!?」
思い当たったようだ。
管理官も、周囲で話を聞いていた騎士たちも、一様に血の気の引いた顔を見合わせている。
水増しして申請、人員を減らして余剰金を着服・・・では足りなくなったのだ。
予算を丸ごと奪うつもり・・・。
「経路は? 覚えているか? 思い出せ!」
「地図は見ました・・・正規の経路から北側・・・・・・」
荷物をぶちまけるようにして地図を引っ張り出す。
地図上に指を走らせて・・・。
「これです!」
一本の線を指し示した。
「今からで間に合うか?!」
「待ってください。経路はわかっても、ポイントが・・・」
地図上を指と視線が何度も行きかう。
「レブルへスリ・・・レブルへスリ谷ですよ!」
騎士の一人が叫んだ。ライムジーアは知らないが、ファルレと会話をしていた騎士だ。
地図上の一点を指差している。
「レブルへスリ谷・・・そうだ! この経路上で襲うなら、ここしかない」
騎士たちが一斉にうなずく。
地元の彼等には自明のポイントということなのだろう。信憑性がありそうだ。
「間に合うか?」
もう一度聞く。
「・・・出発の時間が・・・あそこで必ず足止めを・・・馬が・・・」
管理官は額にびっしりと汗をかきながら、地図を見つめている。
細かな計算をしているようだ。
「・・・くっ、難しいですね。馬で駆けに駆けたとして間に合うかどうか・・・」
間に合うかどうか・・・。
可能性は、ある!
「ザフィーリ!」
叫んだ。
「はっ!」
間髪を置かず、ザフィーリが天幕の中に走り込んできた。長剣の柄を握りしめ、いつでも抜けるようにして。
「すぐに部下を集めろ! 出撃だ! 管理官! 戦わずともよい、道案内のできる者を。できれば二人、預けてくれ!」
「っ! いえ、これは我らが身内の不始末。全員参ります!」
管理官の言葉に、30人の騎士が全員大きく頷いて立ち上がった。
レブルへスリ谷。
それは草原に走る一本のしわだった。
傷や裂け目、というほど深くはなく、広くもない。
だが、一面の草原にある唯一の窪地というのは身を隠すには最適といえた。
一面草しかない。
その光景から突如、敵が躍りかかってくる恐怖。
尋常なものではない。
帝都を立った10数台に及ぶ荷馬車隊は、二百名ほどの帝都守備隊と、百五十ほどのアトヒラテン州騎士団に守られてゆっくりゆっくり移動していた。
電子マネーなど想像の外、紙幣の概念さえないこの世界で金、といえば貨幣である。
金貨に銀貨、それが約六千人分。
大金である。
そして重い。
速度は上がらない。
「のどかだな」
帝都の喧騒から進発した兵士の一人が、飛ぶ鳥さえたまにしか見かけない草原の移動に飽きたのか、のんきそうに呟く。
「・・・・・・」
同僚は沈黙で答えた。
「なんだよ。返事ぐらいしろよ」
不機嫌さでざらついた声を吐き出した兵士の胸に、羽が生えた。
一本、二本・・・。
「ぐほ! でぎじゅぶ!」
敵襲!、そう叫んだはずが口から噴いた血でくぐもる。
それでも、仲間に異常を知らせることはできた。
笛が吹き鳴らされ、兵たちが一団となって敵に備える。荷馬車に乗せていた盾が、槍が持ち上げられた。撃ち込まれて来る矢は、帝都守備隊の持つ大きな板の大盾が防いでくれる。
だが・・・。
「なんでこんなことに」
兵士は何度目かの呟きを繰り返した。
彼の周囲には、すでに錆びた鉄の臭いと死臭が立ち込めている。
ほんの数分前、この呟きに「知るかっ!」と怒声を返してくれた仲間もいまや足元を危うくする障害物でしかない。
それは突然すぎるものだった。
大盾の内側にかくまい、盗賊どもの矢から守ってやっていたアトヒラテン州騎士団が、より正確に言うならばその一部が、突然襲い掛かってきたのだ。
まさかの裏切り。
なすすべもなく切り刻まれていく味方。
それでも、まだ80人ほどが徹底抗戦を続けている。
最初に攻撃してきた野盗らしき者たちを前面、裏切りを働いたアトヒラテン州軍団を後背に置いての挟撃。
数は200を少し下回るぐらい。それでも味方の二倍以上だ。
明らかな不利。
もう、ここまでか?
絶望が頭をよぎる。
諦めれば楽になれる。
囁きに耳を貸しそうになってしまう。
それでも、軍人たるものの矜持が足を踏ん張らせる。
一人、また一人、仲間が倒れていく。
そのたびに、後退を余儀なくされた。
彼等は30人ほどにまで減り、二つの敵は一塊になって彼等を押し潰そうとしてきている。
全滅。
この言葉が現実になろうとしていた。
そこへ、救いの手は差し伸べられた。
どこから現れたのか、騎兵隊330騎あまりが鬼となって敵に襲い掛かる。
戦況が一変した。
急いで駆け付けてきたこの騎兵隊は疲労の極にあったが、理不尽な攻撃を行った敵に対する憤怒を吐き出さんとして、その攻撃は苛烈だった。
速度ののった馬の巨体は、それだけでもう人間の身一つでどうにかなるものではない。最初の攻撃・・・単に一団の右側を通過しただけ・・・で三割が土くれとなった。
たった今まで肩を並べていた仲間が泥なのか血なのか、石なのか骨なのかも判然としない汚泥となったのを見て呆然とする残りの敵に、馬首を返した騎兵隊の槍が、剣が、突き込まれ、斬り込まれる。
反射的に逃げようと背中を向ければ、騎兵隊の後方から放たれた矢が突き立った。
もちろん、追い詰められていた帝都守備隊も黙ってはいない。
失った仲間の無念よ晴れよと、残りの体力を根こそぎ捨てるような猛反撃に出た。
わずかな時間で、野盗は全滅した。
「待て! そいつらは殺すな、捕らえるんだ!」
誰かが叫んだ。
管理官だ。
「生け捕れ!」
即座に反応して、ザフィーリも指示を出す。
騎兵隊がぐるりと輪になって、数人となった敵を囲んだ。
帝都守備隊の者たちが、ガクリと膝をつき、状況を見守るなか敵は・・・裏切り者は捕らえられた。
「い、インスティ・トリーブ・・・様・・・・・・」
馬を降り、歩いて近付いてくる管理官を見て、生き残りの裏切り者はひび割れた呟きを漏らした。
「『生きていたのか!?』と聞いてくれないのか?」
裏切り者の男は、目を泳がせた。
死ぬように仕向けられていたことを知っていたのだ。
つまり一連の動きを全て知った上で加担していたと、白状したようなものだ。
「おまえたちには証人になってもらおう。アハトゥング副団長の罪科についてのな!」
「・・・くっ」
男は、顔を歪めて項垂れた。
死に損なった彼等には、死ぬ以上の苦痛が待っている。
証人になるということは、かつての仲間たち友人たちの前に出て、自分が薄汚い裏切り者だということを知らしめられることになるのだから。
「あ、あの・・・皇子様にそんなことをしていただくわけには・・・」
タブロタルの馬番頭はほとほと困り顔で、厩の中で働くライムジーアに何度目かの声をかけた。それほど汚していたつもりはないが、しょせんは厩だ。馬の排泄物や体を拭いてやった後の藁の塊なんかが落ちていたりはする。
それを、こともあろうに皇子が片付けているのだ。
気も遣おうというもの。
「いやいや、皇妃様直々の依頼を果たしているだけだ。気にするな」
三股の槍みたいな道具で床に落ちていた藁を集め、運びながらライムジーアは笑った。ランドリークとシャルディもせっせと仕事をこなしている。
そして・・・。
「んー。おっ、こいつ。なかなかいいものもってるぞ」
「すごっ・・・」
なぜか、フファルとリューリもいた。
馬の股間を覗き込んで、感心したように「うん、うん」と頷いている。
昨夜遅く、ライムジーアはタブロタルに到着した。
ファルレとは別に、ランドリークとシャルディ、それにシアだけを供にして。
すでにザフィーリの部下を介して到着することは伝わっていたので、すぐに宿舎に案内された。軍事施設とはいえ精いっぱい上等な部屋を用意してくれたので、ライムジーアはゆっくりと休むことができた。
狭さや傷み具合を軍団長がずいぶんと恐縮していたが、はっきり言って帝都の住居より数段上等だ。
ライムジーアに文句などない。
ただし、基地内の掃除のことについて、少々長々と説明しなければならなかった。
ザフィーリとインスティ・トーブからの現状を伝える使者が駆けこんできたのは朝食を終えたころだった。
荷駄隊の警護を引き継ぐための騎士と兵士が昼前に進発していったので、ザフィーリたちが合流してくるのは明日の夕方というところだろう。
少し遅れたとして、明日の午前中か。
部隊に被害は出ておらず、完璧な勝利だとザフィーリは伝えてきていた。
副団長の・・・いや、元副団長のアハトゥングは使者の到着直前、軍団長直属の騎士によって逮捕された。基地内で下手に騒がれても困るということで、寝ているところに踏み込んでの逮捕である。
インスティ・トーブが証人を連れて戻り次第、即決裁判が開かれて斬首刑になる予定だ。
仲間はもういないらしい。
全員が荷駄隊襲撃に回っていたようだ。まあ、無理もないだろう。大金を載せた荷馬車を人目に付かないように運んで隠そうとしたら、人手がかかるだろうから。
サンブルート旅団がタブロタルに入ったのはその直後だ。アハトゥングが計画の失敗を知る前に片をつけたかったので、夜は外で野営してもらっていた。
「このような不祥事をお目にかけ、慙愧に絶えません」
軍団長が頭を下げる。
わざわざ厩にまで来て、だ。
帝都に今回のことがばれては困るのだろう。
遠回しに口止めを頼みに来ているのだ。
「僕が見たのは馬の糞と湿った藁、それだけだ。掃除しに来ただけなのでね。帝都への報告でも、『きれいに掃除していただいた』以外のことは書かなくていい」
「・・・よろしいので?」
もちろんだ。
・・・というより。
「問題ない。なんなら報告自体しなくていい。僕ごときのことで皇帝陛下を煩わせることもない」
「それは・・・そうなのかもしれませんが・・・」
軍人としての義務感に苛まれてでもいるのか、歯切れ悪く呟きを漏らしている。
表面上、困ったような顔はして見せているが、多分報告はしないだろう。
「それよりも、この近くで『掃除』が必要な軍事基地に心当たりはないかな?」
「は?」
唐突な質問に軍団長は呆けた顔になった。
まぁ、掃除が必要な軍事基地、と言われてもピンとは来ないだろう。
でも、わざわざヒントを出してやることもない。
僕はしばし待つことにした。
「おや、まだ続けるんでございますか?」
ランドリークが面白そうに聞いてくる。
それに対して、僕は直接答えず。せっせと掃き掃除をしているシアに目を向けた。
「シア、皇妃様になんて言われたか、覚えてるかい?」
「皇妃様は『軍の厩舎はとても汚れているようです。掃除してくださるとよろしいのではなくて?』と仰せになられました」
そのとおり、だ。
「どこの軍とは言われていないな? 何ヵ所をとか、いつまでかとかも?」
「はい。指定はありませんでした」
「そういうことだ」
自信満々胸を張る。
「そういうことですな」
ランドリークが、にやりと笑みを浮かべた。
旅は続くのだ。
まあ、事実として追っ手がかけられているのだから帝都に帰ることなど考えられないのだが、『追われている』と気付いていないことにしておいた方が都合はいいかもしれない。
少なくとも、何かの間違いで皇妃との間で落としどころを探す必要が生じたときに、役立つかもしれない。
可能性は低いが。
「そ、そうですね・・・掃除が・・・というと・・・」
『掃除』という言葉の裏の意味を考えているのだろう。
軍団長はしばし考え込み、一つの軍事基地の名を挙げた。
それはザフィーリの部下たちの報告にもあった名前だった。
次の目的地が決まったのだ。




