山賊2
山賊 2
見るからに山賊の頭って感じの巨漢が、怒りに燃えた目でこちらを睨み付けている。
だが、僕は平然と受け流し周囲を見回した。
森の中だ。
シャルディが見つけてくれた山賊どもの住処である。
場所は集落だと言い張るには少々ぼろすぎる建物群の中央部。
広場のような場所だ。
といっても、ようするにただの空き地だった。
僕たちは自分たちの存在を誇示すべく開けた場所を探して移動し、事態を聞き付けた山賊の統率者が駆けつけて来るのを待ったのだ。
おかげさまで、今や山賊に取り囲まれている。
その数はざっと百人ほどで、全員がすでに得物を抜いて身構えている。
頭目が一声かければ、一斉に斬りかかってくるだろう。
けれど、僕は恐れることも怯えることもなく、頭目らしき巨漢と相対していた。
「てめぇ、すぐさま仲間を返せ。そしたら楽に殺してやる。仲間に手ぇ出しやがったら、死ぬより辛い殺し方をしてやるぞ」
頭目の全身から闘気が噴き出しているのがわかる。
・・・手下じゃなく仲間・・・ねぇ。
そして、その仲間を大事にするわけか。
これは、ただの山賊じゃないな。
シアが言ったように、どこかの国の敗残兵で間違いなさそうだ。
話題の仲間をどうしたのかと言えば、シャルディとシアが隠してくれた。
どこへどうやってかは知らない。
説明されても理解する自信がなかった。
とりあえず、人質として使えることが分かれば十分である。
そんなわけで、ここにいるのは僕とシャルディ、そしてザフィーリだけだ。
シアとランドリークは捕えた連中の手当てと監視をしている。
「おかしなことを言うんだね?」
クスクスと笑って見せた。
実際、この頭目の言っていることには筋が通っていない。
「襲われたのはこちらだ。そのとき、少なくとも女は捨てて行けと言われている。仲間を捨てろと脅しておいて、自分たちの仲間は大切だとか。笑わせないで欲しいね」
「テメェらは獲物だ。狩られる獲物と狩人を同等とは言わねぇ」
我が意を得たり。
僕は大きく頷く。
「まったくもってその通り。君たちはオオカミだ。僕たちをそこいらの草食動物と勘違いして襲ってきた。だけど、僕たちは狩人。人に仇成す獣専門のね。で、狩ったわけだ。獲物をどうしようが僕らの勝手だよね?」
狩られた獲物は毛皮を剥がれて、肉を食われるのが定め。
返せとか言われても知らん。
「言ってることの意味が分かっているのか?」
ドスを利かせて睨みつけてくる。
かなりの圧迫感だ。
普通の子供なら泣いているだろうな。
でも。
・・・ぬるい。
陰謀渦巻く宮殿で生きてきた僕に、この程度の脅しは意味をなさない。
常に毒殺や事故に見せかけた暗殺におびえて生きてきたのだ。
常在戦場が皇族というもの。
脅すための脅しでビビるようなメンタルなら、とっくに病死しているか壊れている。
「わかっていないのは君たちだよ」
「なんだとっ」
「僕たちにその気があれば、街道で襲ってきた『お仲間?』はとっくに肉塊になっている。街道は血の海さ。生かしたままさらっただけなんて、僕の慈愛に感謝してほしいくらいなんだけどね」
そう。
誰も殺していない。
そもそも剣で斬りつけてはいない。
刃を潰した剣で叩き伏せたのと、馬車で撥ね飛ばしたのだけだ。
骨は何本か折れているだろうが、一人も死んでいない。
その点だけでも感謝されてしかるべきだ。
殺せたし、殺すことに躊躇う理由もなかったのだから。
「命知らずなガキだぜ」
苛立ち紛れに言葉を吐く。
・・・結構揺れているな。
心に響かなければ無言でいい場面だ。
そもそも、即座に斬りかかっていてもおかしくない。
なのに、聞く姿勢は崩れていない。
会話する意思はあるということだ。
「この俺相手にそこまで言うのは並みの度胸じゃできねぇもんな」
「はぁ?」
思いっきり嘲弄する声音を使って呆れてみせる。
頭目が目を血走らせてオレを睨みつけてきた。
お怒りらしい。
「お前程度になにを怯える必要があるのか聞きたいね」
たぶんに挑発を含む言葉。
いや、はっきりとした挑発だ。
これで理性が飛ぶような奴なら、いらない。
どうだ?
「・・・ほぉ」
激発はしないか。
頭に血が上るりすぎると冷静になるタイプかな?
「俺程度・・・か」
「ああ。なにしろ仲間の半分を一夜で死なせる程度の『お頭』だからな」
半分というのはもちろん、街道で眠らせた連中のことだ。
しつこいようだが、オレにその気があれば全員死んでる。
こいつは獲物の力量を読み切れず、『大切なお仲間』とやらを無駄死にさせかけたのだ。
『無能、非才』と言って何の不都合があるだろうか?
「ぐっ」
お?
刺さったらしい。
顔を歪めている。
「それに引き換え、こっちはたった5人で迎え撃って勝利。誰一人傷を負ってもいない。指導者の格の違いは明らかじゃないかな?」
『オレの方がはるかに偉ぇ。』ってわけだ。
こういう論調は好きじゃないが、今回は目を瞑ろう。
「言いてぇことは、それだけか?」
食いしばった歯の間から、そんな声が漏れる。
おおっと。ついに沸点を越えたようだ。
これは、来るかな?
シャルディとザフィーリにそっと目配せをした。
僕にしかわからない微かさで頷き返してくれる二人。
そして・・・。
「畳んじまえっ!」
大音声の号令。
人質のことは考えるのをやめてしまったようだ。
「シャルディさん、ザフィーリさん。少し懲らしめて御上げなさい」
古い某有名ドラマのセリフをパクらせてもらった。
まぁ。この展開には一番しっくりくるだろう。
斬り殺したりはせず、痛めつけるだけなのだから。
・・・。
・・・・・・。
・・・。
あれ?
眺めていて首を傾げた。
例のドラマのような活劇になっていないのだ。
なんでかなーって思ったら、何のことはない。
シャルディもザフィーリも、一撃で意識を刈り取っていた。
殴り飛ばされた奴が踏みとどまって反撃とかがない。
ワンパンで床に転がっている。
これでは活劇にならない。
「全滅がお望みかな?」
残り30人ってとこで問いかけた。
もう、勝敗は決している。
これ以上は時間と労力の無駄だ。
ここで、戦闘継続を選ぶなら、いらない。
状況判断能力がなく、変化に対応する意思もなく、死地に向かうだけの男ってことだから。
ガシャン!
でかい音が答えだった。
頭目が、背負っていた戦斧を投げ捨てたのだ。
「頭?!」
仲間たちが驚いたように叫ぶ中、頭目はどっかと地面に座り込んだ。
「俺の負けだ。こうも完膚なきまでにやられちゃぁな。いっそ清々しいぜ」
自嘲の笑みを浮かべている。
バカではない。
それに・・・。
残っていた部下たちも、同じ行動をとった。
部下に慕われている。
悪人ではない。
「名前を聞いていいかな?」
手を差し伸べて立たせながら聞いた。
「ペレグリナ・・・元はアスファル公国の将軍だった」
「アスファル公国か・・・随分東の国から来たんだね」
州を3つは越えた先だったはずだ。
「西進する連合軍に参加していたのさ。結果は知ってるかもしれねぇが、全軍壊滅。幸か不幸か俺は当時輸送部隊の警護の任についていた。連合軍内部の持ち回りでやっていてな。で、敵の包囲をかわし続けるのがやっとで故国に逃げることもできず。その間に故国は帝国に併呑され。行き場を失って・・・この様さ」
「なるほどな。なら、その行き場を僕が用意しよう」
「は?」
わけが分からんって顔をされた!
いや、当然か。
名乗ってすらいない。
「僕の名はライムジーア。ライムジーア・エル・カイアドル。継承権18位の皇子だ」
「っ!? そうかい。産まれてきちゃった皇子様かい」
納得した顔で頷かれた。
「さしずめ、独立目指して兵力募集中ってわけだな?」
「そのとおり」
重々しく頷いて見せる。
「不満はある?」
「不満というか・・・。結局のところ、お前たちはこれからどうする気なんだ?」
ペレグリナは探るような目で僕を見つめた。
「そうだな・・・」
僕はは少し考えてみる。
「とりあえず、逃げ回りながら信頼できる仲間を増やす。そして、機を見てどこかの辺境で国を建てるつもりだ。できれば帝国内で自治権を持つ国をね。そうじゃないと帝国に滅ぼされてしまうから」
「いいだろう」
ペレグリナは大きく長く、息を吐き出すと、決意を込めた瞳を部下たちに向けた。
「俺は、たった今からライムジーア様の部下になる。それが嫌な奴はまっとうな仕事を探せ。山賊でいれば俺は敵になるかもしれんからな」
それから、僕にニヤリと笑いかけて膝を曲げた。
「ここで山賊なんかしてるよりは、いい人生を送れそうだ。力しか能がねぇ俺でよけりゃ、使ってくれ」
「ありがとう。助かるよ。仲間は一人でも多い方が心強い」
安心して、僕ははペレグリナに手を貸して立たせた。
仲間と呼ばれたペレグリナが微妙な顔で頭を下げた。
照れたらしい。
「ただ、今はまだ連れてはいけない。あまり目立ちたくないからね。時が来たら報せを送る、それまでは静かにしててもらえるかな? 潜伏先や、資金に困るようなら人を紹介できるよ?」
「いや。その心配はいらねぇ。二、三年暮らせるぐらいの金はある。大それたことをしようとするには役に立たねぇ端金でも、俺たちを養うには十分な額だ」
「そうか。なら、なるべく早く報せを送れるようにするよ」
もしかすると、その日は意外に近いのかもしれない。
そんな予感とともに、僕は約束した。
「おお。待ってるぜ」
ペレグリナのごつい手は、意外に温かかった。
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