山賊
山賊
一行は再び五人、一台の馬車と三騎の騎兵となって移動していた。
元の、旅人風の服装にも戻っている。
現在は町を出て街道を南進。
森の中を進んでいる。
「囲まれてるぞ」
馬車に馬を寄せて、シャルディがライムジーアに告げた。
「数は? というより相手は何者だろうね?」
馬車の窓を開け、ライムジーアはシャルディに問いかけた。
「三十人くらいだな。何者かはわからねぇ」
答えを聞いてライムジーアは顎に手を当てた。
「連隊と別れるのが早すぎたかな」
ちょっとだけ後悔する。
他の隊とのつなぎを依頼して、モスティアたちと別れたばかりだ。
いずれどこかで、再び合流しようと約して。
ザフィーリの部下たちも、周辺の情報収集へ出かけている。
結果、護衛を一人も連れていないわけだが、それほど深刻には考えていない。ザフィーリとシャルディがいれば三十人ぐらいの襲撃者なら脅威ではないからだ。
「シア、馬車を止めて」
考えても答えは出ない。
ライムジーアは、考えるのをやめた。
このまま警戒し続けて消耗するよりも、さっさと相手との対面に臨むほうが簡単だし楽だ。
さて、どう動くかな?
馬車は止めた。
これによって、相手の出方を見る。
待ち伏せしているのなら、相手の準備は無駄になった。
少なくとも、落とし穴とかの罠なら無効だ。
弓で狙うつもりだった場合も、展開し直さなくてはならない。
一番ありがたいのは「今日はツイてねぇ」って帰ってくれることだが、さすがにこれは望み薄だろう。
「ちっ。勘のいい奴らだぜ」
わずかな時間を置いて、左右から男たちが姿を現した。
手に手に直刀を持ち、それなりに防具も付けた一団だ。
軍隊というにはみすぼらしく、山賊と言うにはちょっと豪華すぎる。
そんな感じ。
だが・・・。
雰囲気は山賊っぽいな。
金に群がる害虫ならではの臭気があるのだ。
どんなかと聞かれても具体的には言えないが、感覚的にそういう気配を感じる。
「食うに困って山賊になった軍隊・・・ですね」
サラッと断定したのはシアだ。
いつもの洞察力がいかんなく発揮されている。
「よくわかるね?」
何を見てそう思ったのだろうか?
「動きは鍛えられた兵士のものです。ただし、かなり崩れています。まともな訓練をやめて丸二年といったところだと思いますよ」
動き方、か。
そんなにはっきりとわかるものなのかね。
まぁ、わかるから断定するんだろうけど。
「命までは取らねぇ。金と女を置いて行け」
シアと話している間に、間合いを詰めてきた山賊モドキが定型句を吐いた。
どこの世界の山賊も、とりあえずこれを言っておけば間違いない。そんなふうにマニュアル化されているかのようによくつかわれるセリフである。よく飽きないものだ。
男たちの数は32。
そのうち6人が前にいる。
残りは逃げ道を塞ごうとでもいうのか後方に陣取っていた。
わかりやすっ!
思わず失笑しかけた。
ここまであからさまだと笑うしかない。
彼等は、僕たちを前へと行かせたいのだ。
馬車にしても騎兵にしても、後ろに向き直って逃げるのには向かない。
逃げるなら前しかありえないのだ。
にもかかわらず、前が少なく後ろが多い。
何も考えていないおバカさんか。
あえて壁を薄くして、強行突破を促す作戦かのどちらかだ。
どう考えてもここは後者だろう。
「だ、そうだ。ザフィーリひとりで、お相手してあげられるかな?」
小声で訊いてみる。
仲間たちにしか聞こえない声、口をほとんど動かさないでだ。
何となくいやらしい空気が漂うが、ここはまじめに聞いた。
「もちろんです。三年前であれば苦戦したかもしれませんが、現状を見るに片手間で済みます」
「わかった。優しく寝かしつけてから、追いかけてきて」
「子守歌は苦手ですが、眠らせる方法は任せていただけますよね?」
「ああ。任せる」
結果さえ伴っていれば、経緯はどうでもいい。
「シャルディ、前にいるやつらをすれ違いざまに無力化してほしいんだけど?」
「できなくはねぇが、ちとめんどくせぇな。右端二人だけでもランドリークのおっさんに押し付けてぇぞ」
面倒って移動するのがかよ。
「勘弁してくだせぇよ。あっしは戦力外の年寄ですぜ」
「・・・ふうん」
あえて追跡せず、気のない感じに流す。
「・・・・・・」
無言のシアが、酒瓶を手に取った。
「怖いですね。手が震えます」
ボソッとした呟き。
「わ、わかりやしたよっ。なにも罪のねぇ酒瓶を人質にするこたぁねぇでしょうに」
ブツブツ言いながらも、右に体を開くおっさん。
準備は整った。
ライムジーアたちは動いた。
返事を待っているらしい山賊モドキを一顧だにせず。
「は? なんでっ・・・」
意外だったらしく、声をかけてきた男が慌てている。
もう少し交渉しようとすると考えていたようだ。
命乞いをし、金は置いて行くが女は連れて行かせてほしいと懇願する。
そんな展開を予想していたのだと思う。
普通はそうなるからな。
残念。
そんな無意味なことはしないのだよ。
「あぶねぇぜ?」
馬車の進路に立っていた彼を、シャルディがそっと撫でてあげた。
派手に転がっていったようだが、転んだのかなぁ?
僕は最後まで見ずに前方へ意識を集中した。
馬車は速度を上げて前進している。
予想通りなら、すぐにでも・・・ほらきた。
山賊の御一行様が道を塞いでいる。
ご丁寧にも道に木を倒してあって馬車が進めなくしてもいた。
「シア、右だ」
状況を確認して、馭者をしているシアに指示を出す。
右へ曲がれ、ということではない。
が、馬車はわずかに右へと進路を変えた。
「へ?」
凹形陣を敷く山賊の一団、その手前向かって右端にいた男がぽかんと口を開けた。
マヌケめ。
「ぐはっ!」
撥ね飛ばされて森の中へ飛んでいく。
死にはすまい。
視線を切った。
彼の運命だけに気を遣ってる場合ではない。
撥ね飛ぶのは一人ではないからだ。
馬車は凹形陣の僕らから見て右へと突撃を敢行している。
一度右に振ってから左に進路を変えることで、そういう軌道になっているのだ。
・・・馭者の腕が良すぎる。
こんな芸当を涼しい顔でやってのけるメイドさんに、戦慄が走るよ。
まったく。
とはいえ馬車だ。
車ではないから、馭者の意思とは関係なく速度は落ちていく。
動力が馬なのだ。
目の前に障害物があるのに、無理やり進まされている。
怖かったり邪魔に思ったりで速度を落としもするだろう。
中央部に到達する直前で、馬は完全に走らなくなり馬車も止まった。
「クッ、こいつらっ!」
呆然としていた山賊どもが向かってくる。
すぐにでも取り囲まれるだろう。
しかしだ。
「あん?」
集団をまとめているらしい男が、首を傾げた。
それはそうだろう。
人が足りない。
馬車を取り囲んだ山賊の数が少ないのだ。
なぜなら・・・。
「ぐはっ!」
「ふぎゃっ!」
後ろを見せた山賊たちを、待ってましたと狙い打ちするシャルディとランドリークがいる。
ありきたりな手品の手法だ。
派手な動きで視線を集め、その間に別のところで仕掛けをする。
単純だが、それだけに引っ掛けやすい。
「なっ、なっ、なっ」
周囲を見ていながら、とっさに対応策を思い付けなかったらしいリーダー格がオロオロしている。
そこへ、駆けてくる足音。
「ボラスさん、どうし・・・」
どうしたらいいのかと聞きたかったのだろうに。
彼は寝てしまった。
息を切らせもせず追いついてきた優しい女の子に、寝かしつけられたのだ。
きっと、ゆっくり眠れるに違いない。
・・・心配するな。
永遠の眠りってわけじゃないんだから。
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