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駆け引き

 


 大人しく連隊に連れられ、ウルザブルンの街で手に入れた馬車に乗り移動すること二日。

 「シア、ちょっといいかい?」

 街道から離れ、仲間たちに囲まれて空き地で昼食をとっていたライムジーアが、仲間たちのあいだを縫うように給仕をしているシアを呼んだ。

 シャルディにスープのおかわりを持って行こうとしていたシアは、器をのせたトレイをシャルディに手渡すとすぐにやってきた。

 ライムジーアの前に立ち次の言葉を待つ。

 「君とランドリークに、やってもらいたいことがある」

 ライムジーアはランドリークにも聞こえるように、そう言った。

 「ランドリーク様と、ですか?」

 意外な組み合わせだと感じたのだろう、シアは小首を傾げて物問いげな顔をした。

 「なにをさせようってんですか?」

 スープの残りをかっこんだランドリークが、敷物の上を這うように近寄ってくる。ライムジーアは自分たちから距離を置いて食事をしている兵士たちをちらりと見て言った。

 「警護の兵を探ってほしい。僕の予想通りの者たちなのかどうかを確認したい。」

 ライムジーアはこの二日、兵士たちを観察していた。

 はじめは皇妃が手配した暗殺部隊かと疑ったが、それにしては隙がありすぎた。その手のことをやらせる手駒にしては、練度が低すぎるのだ。

 だとしたら・・・。

 期待していたことが現実になるかもしれない。

 「彼らが、この任務につくことになった経緯を知りたい」

 この段階でライムジーアには思い当たることがあったが、それが正しいなら確証が欲しかった。

 「シアには夕食のとき出向いていって、給仕をしてやりながら。ランドリークには移動中も含めてそれとなく、彼らのことを聞き出してもらいたいんだ」

 「そういうことでしたら、お任せください」

 にっこりと微笑んで、シアは一礼した。意識してか無意識か、胸元に手を置いて品をつくってみせている。

 思わず見とれたライムジーアにザフィーリの視線が突き刺さった。


 ・・・なんで?

 見とれたりしたんだろ?

 ザフィーリは機嫌を悪くしたのはなぜだろう?

 不可解な現象が起きたようだ。


 「経費が多少かかりますが、よろしいんで?」

 なにを考えているのか、誰が見てもわかるにやけ顔でランドリークが訊いてきた。

 もちろん、ライムジーアは大きく頷いた。

 「でも、あまりあからさまなことはしないでね?」

 「加減は心得てますって」


 さて、その夜のこと。

 「さあさあ、皆様、ご遠慮なさらずに空けちゃってくださいね?」

 地元の有力者の邸宅脇に張られた天幕の中で、シアによる警護兵の接待が始まった。

 ライムジーアはザフィーリと有力者主催の晩餐に招待されていて、シャルディはいつものように付近の見回りに出かけていた。

 「おいおい、こんな上等な酒持ち込んでいいのかよ?」

 太ももが大胆に露出しているシアから目を離すことなく、警護兵の副隊長が一応気にするそぶりをみせた。

 ライムジーアもいないので、口調が結構ぞんざいだ。

 堅物の隊長は接待に応じず、一人幕舎で休んでいる。

 「もちろんですよ。お世話になっているんですから」

 陽気な声で場を和ませ、ランドリークは率先して自分の杯を傾ける。

 「別に世話なんかしてねぇんだが」

 なおもなにか言い募ろうとした副隊長の杯に、これでもかと酒が注がれた。

 「うおい、こぼれるだろうが! もったいねぇ!」

 まだそれほど減っていなかったため、溢れた酒を慌てて啜る。

 「お堅いことは言わずに飲んでくださいね。食べて飲むのに理由はいりませんから」

 再び半分くらいになった杯に、シアは無遠慮に酒を継いでいく。

 「だから、こぼれるって!」

 副隊長も再び酒を啜る。酒がどんどん回っていく。


 二時間後。

 「だからよ、俺たちゃ皇妃様の部下ってわけじゃねぇんだ」

 呂律の回らなくなった舌で、副隊長は自分たちの不幸を語るのに熱弁をふるっていた。

 「俺たちゃ元はエスファール王国の兵士なんだ。敗戦のあと皇帝の傘下に入って、ずっと帝国各地の普請で人足として使われていたのさ」

 顔は悔しさで歪み、声は涙でかすれ震えている。

 「で、帝都の港湾工事をやってたとこにお呼びがかかって、皇子の監視をやらされ、追跡を命じられ、今はあんたらの警護をしているってわけだ」

 バガン!

 不意に、固く握られた拳が卓に叩きつけられた。

 「わかってる。誇りも意義もねぇ、下らねぇ生き様なのはな。でもよ、俺や隊長には責任があんだよ。部下たちの命を守ってやる責任がな」

 やがて、副隊長は眠りに落ち、シアは背中に上着をかけてやり、ちらかった空瓶や食器を片付け。ランドリークはまだ封を切っていない酒瓶を置き土産に残し、天幕を立ち去った。


 翌朝。

 ライムジーア一行は世話になった有力者の急な要請で出立を遅らせることになり、馬を繋いでいる空き地に集まっていた。ライムジーアと直臣たちが車座に座り、ランドリークから昨夜の報告を聞き終えたところだ。

 「と、まぁ、そういうことらしいんですけどね」

 ランドリークが報告をそう締めくくると、

 「やはりそうか」

 じっと考え込んでいたライムジーアが、あきらめ顔でため息を吐いた。

 「なにか問題があるのですか?」

 思い悩んでいるらしいライムジーアを、ザフィーリは心配そうに見つめた。

 「うん。僕の不安が的中したってことになる。あまり嬉しくはない事態だな」

 「と、言いますと?」

 ランドリークが重ねて訊くと、ライムジーアは直接答えずシャルディに目を向けた。

 「シャルディ。昨夜、この屋敷に誰か駆け込んでこなかったかい?」

 「ああ。来てやしたぜ。ここの主になにか見せてましたね」

 「皇妃に足止めを命じられたんだろうな」

 「足止め、ですかい?・・・あ、まさか!?」

 なにかに気付いたランドリークが声をひそめて、言葉を継いだ。

 「ライムジーア様を襲撃しようとしている、と?」

 「おそらく、ね」

 襲撃と聞き、ザフィーリが反射的に槍を握りしめて立ち上がろうとした。

 彼女はいつものように頭には小さめの兜、上半身に白銀の鎧、足下は頑丈な長靴、手甲を着けた腕は長柄の槍を携え、まるで戦場にいるような出で立ちだった。

 ザフィーリ曰く、『帝都を出た瞬間、そこは戦場になったのです』ということになる。まあ、実際そうなので正しいことを言っているだけではあるが。

 シャルディも腰を浮かせて辺りに警戒の目を向けている。

 この爬虫類は細い長剣を腰の後ろ、左右に一本ずつ下げていた。


 「はじめは、あの連隊がそのまま暗殺部隊かもと疑っていたんだ。だけどそれにしては殺意とか感じないし、連隊長のモスティアはそういう人間に見えない。なので調べてもらったわけだけど、どうやらあの連隊も込みで皆殺しにするつもりのようだ」


 ザフィーリとシャルディが血相を変えた。

 「大丈夫、襲われるのはウルザブルンに近い森の中だ」

 その様子に気付いて、ライムジーアは安心させるように微笑んでみせた。

 「根拠があるんですかい?」

 安心なんかできませんよ、といいたげにランドリーク。

 ある、とライムジーア。

「僕が皇妃ならそうする。ウルザブルンのあるあたりは継承権八位の公爵が領地としている。僕がウルザブルンで死ねば、領内の治安維持を怠ったことを理由に罪を追求できる。僕を消すついでに公爵も処分できるってわけさ」

 ライムジーアの答えにザフィーリが跳び上がった。

 「な、なぜですか? なぜ皇妃様が皇子を!?」

 ライムジーアは、穏やかな目をザフィーリに向ける。

 「もちろん僕が邪魔だからだよ、ザフィーリ」

 ライムジーアの声音はいつもと変わらない。とくに憤りも恐怖も感じていないようだ。

 「継承権18位でも、ですか?」

 シャルディがまじめ腐った顔で聞いてきた。

 「僕に関しては、順位に関係なく殺したいらしいよ。・・・知っていたかい? 僕の母が僕を身籠るに至った・・・つまり皇帝の手がついたとき皇妃が二男を流産したばかりだったんだそうだよ。父帝としてはその悲しさのはけ口に母を選び、皇妃は自分が苦しんでいたときに事情はともかく側にいた母が憎いんだろ」

 理屈でも打算でもない。

 感情的に許せない。

 そう思い込んだ相手に、理由を期待するのは無意味だ。

 「しかし、です。皇子様」

 ザフィーリが割り込んできた。

 「皇子様を邪魔だと思うのが何者であるにしても、我々には百からの警護の兵がついています。そうなると少なくとも二百や三百の部隊を動かす必要が出てくる。それは目立ちすぎませんか? というより誰が兵を動かしたか丸わかりではありませんか」

 ライムジーアは嬉しそうに笑った。

 「そうそう、そこなんだ、ザフィーリ。だから相手の打つ手はある程度まで読めるのさ」

 「は・・・はい?」

 「表立って軍の部隊は動かせない。だけど、僕は殺したい。そんな場合、相手はどうするかな?」

 「え・・・えっと・・・自分の手勢を盗賊に見せかけ、皇子の行く手に伏せておく。行き先も経路も把握できているのであれば、それが最も有効な手です」

 「おそらく、それが正解だね」

 ライムジーアは重々しく頷いた。


 「皇妃の策謀はこうだ」


 皇帝陛下の意を受けて、ともかく僕の居場所を把握しようと探索隊を送った。

 でも捕まえることに成功したとして、皇子は帝都から逃げ出したのだ。連れ戻そうとしたら嫌がるだろう。

 だから帝都に直接連れ戻すのはやめよう。

 見つけたら、手近な保養地で休ませるのがいい。

 連隊が警護につくから安心だ。そう思っていたというのに、帝国に恨みのあるどこかの国の残党が襲い掛かって皇子の一行はあえなく皆殺しにされてしまった。

 皇妃は皇帝のために頑張ったし、ちゃんと安全を確保するために連隊の護衛も付けた。皇子の死を避けることができなかったのは不明と恥じるべきとは思うが、やむを得ないことであったのだ。


 「・・・と、どうだい? なかなか苦労をしのばせる脚本じゃないか?」


 あはははは、とライムジーアは乾いた笑い声を上げた。

 「そいつぁ・・・」

 ランドリークが額に浮かんだ汗を手のひらで拭う。

 あり得る・・・そう思えてしまう。

 「では、皇子様、この先の街で兵を借りましょう。五百ほども借りれば相手が手練れ揃いであっても対抗できます。問題はありません」

 ライムジーアの顔に今度は苦笑が浮かんだ。

 「問題は大ありだよ、ザフィーリ」

 「え? そうなのですか? もしかしてその部隊というのは、一千を越える人員を抱えている大組織なのですか!?」

 「それはないだろうね。せいぜい二、三百じゃないかな。もっとも、その辺のならず者を使い捨ての駒として雇って使えば、もう少し増えるかもしれないけど」

 「でしたら、兵を借りれば・・・」

 言いかけたザフィーリを遮って、ライムジーアが言葉を継いだ。

 「おおっぴらに兵を動かせないのは僕も同じなんだ。理由がなんであれ、僕が兵を集めているとなれば皇妃は僕に謀反の兆しありと見る。見ようとする。糾弾の材料を与えることになる。兵を借りるのは悪手だよ」

 「では、我々はどうすれば?」

 「兵を動かすことができる人に、助けてもらう」

 ザフィーリの顔が情けなさそうに歪む。

 「助けてもらう、のですか?」

 「そ、助けてくださーいってね」

 ライムジーアがおどけるように肩をすくめると、気を取り直したランドリークが口を挟んできた。

 「いったい、どなたにですか?」

 当然の疑問だが、ライムジーアは意味深な笑みを浮かべただけで答えなかった。

 「それを話す前に、ランドリーク、連隊長さんを呼んできてくれ」

 「わかりやした」

 数分と待たず、連隊長はやってきた。

 自分を殺して逃げる気なのでは?

 そんな考えが頭をよぎりでもしたのか、どこか警戒しているような様子がある。

 ・・・無理もない。


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