序章
昔書いていたものの改訂版となります。
せっかく書いたものなので、投稿したいと思い加筆修正しながら書き直していきます。
なるべく短時間での完結を目指しますのでよろしく。
かつて、その大陸には無数の小国があった。
ライン王国とベリオ公国も、そんな国家群の一つであった。
しかし、三十年前。双方の王子と公女の結婚を機に、歴史が動く。
二ヵ国の力を一つにまとめ上げた時の王子、初代ラインベリオ王国国王は、周辺諸国の統一を目指して戦いに明け暮れることになるのだ。
その勢いは激しく。
数年で国土を四倍に広げた。
ただし、それにより敵も作った。
十五年目にして、初代国王は戦死した。
ラインベリオ王国の隆盛を警戒した周辺諸国からの包囲網を打ち破ろうとして、果たせずに。
これで、ラインベリオ王国からの併呑は免れた。
生き延びたと、周辺諸国は安堵の息をついたものだった。
だが、そうではなかった。
父の死を受けて王位を継いだ当時十五歳の二代国王は、初代を凌駕する苛烈な意思と力で反撃に出る。
戦勝に沸いていた戦場に歓声ではなく悲鳴が上がり、勝利の歌を奏でていた楽器に武器による葬送曲がとって代わり、祝杯は飲み干されるより前に持ち主の血が注ぎ足された。
かくて、王国は帝国となり、大陸の半分を征するまでに成長した。
数ある小国を数年、時には数か月で切り崩し、叩き潰して。
そのあまりにも急激な侵攻は通り過ぎたあとに無数の問題を抱えさせたが、皇帝は頓着していなかった。
内政は宰相に任せきりにして、ただただ戦いに邁進していたから。
それでも、かつての小国を大国ならしめた力量は間違いなく本物だった。
いまや、ラインベリオの帝都は大陸中の物資と人が行きかう大都市へと変貌を遂げた。
交易の中心として活気に沸いている。
その活気を楽しげに眺めながら、一人の少年がうろうろと歩きまわっていた。
少しボーッとした感じの子供であったが、見る人が見ればいいとこのお坊ちゃんだと知れただろう。
服の仕立てからして、一般とは違っていたからだ。
既製品ではない。
オーダーメイドだ。そんなのは貴族か金持ちの商家でもなければありえない。
もっと、見る目のある人なら、彼が帝国の貴族、それも高位貴族の次男から下だと見当をつけるかもしれない。服が少しばかりよれている。
つまりお下がりだからだ。
正嫡優位が基本の社会では、長男にお古を着せるなどあり得ない。
もっとも、この少年に関していえば、まったくの誤解であったが。
「誰か! 手伝ってくれっ!」
突然聞こえた言葉に、少年は驚いて振り向いた。
荷馬車の横で中年の男が、叫んでいた。荷馬車には北方の産物である羊毛が積まれ、北方の勢力であるローシャンの商人が数人いた。ローシャンだと分かったのは騎馬民族である彼らは、頭に飾り帯を巻いて長くのばすと知っていたからだ。
それに、髪や目の色が薄いという特徴があるので一目でそうと知れる。
荷馬車は、車輪が外れて止まっていた。
馬は立派だが、荷馬車は粗末そのもの。
手入れも十分にはされていなかったらしい。
中年の男は、この馬車を動かすために荷物を人力で運び出そうとしているのだ。
軽くしたところで馬車を持ち上げて、車輪を直そうというのだろう。
「おお、チャンス!」
少年は元気に走り寄った。
遠巻きにして立っていながら、手伝う様子のない帝国の大人たちをかき分けていくと、ローシャン人のすぐ横に行って荷物を下ろす手伝いを嬉々として始めた。
ローシャン人が、驚いたような顔で少年と、その少年を呼んだ男を見た。
帝国人にとって、ローシャンは恐怖の対象だった。今でこそ、こうしてときどき交易もする関係になってはいるが、十年前の『北域討伐行』では国を挙げての全面戦争を繰り広げてもいるからだ。
『ローシャンの馬は天を走り、その矢は天を裂く』
昔がたりでそう語られ、子供たちはいい子にしてないとローシャンの矢に目玉を射潰されるよ、と大人たちに言われて育つのだ。
それなのに、なんの気負いもなく手伝ってくれようとしている。
驚かないわけがなかった。
「ヒィアラァ、トットクラ」
荷物を降ろしはじめた少年に、ローシャン人の若者はそう声をかけた。言葉が通じないことは承知していながら、だ。
「はうと、からりな」
だが、少年は作業を続けながら、当たり前のようにそう答えた。
少年には、ローシャンの若者が言った言葉が理解できたのだ。
「すまない、ありがとう」
そう言われたから、
「別に、暇つぶしさ」
と、答えたのだ。
『お前、俺たちの言葉わかるのか?』
『うん、少しだけだけどね。それにほんとうにはなしたのははじめてだけど』
彼は勉強が嫌いだった。望めば、ちゃんとした教育がされる身分ではあったのだが、それを捨てていた。
それでも、一つだけ真剣に学んだものがある。
語学だ。
少年は8歳にして、四か国語が話せた。
にかっと少年が笑う、にやっとローシャン人も笑った。
作業は、瞬く間に終わった。
「坊主、うちで働くか?」
ローシャンの若者が荷馬車を引いて去っていくのをつまらなそうに見ていた少年の肩が叩かれ、そう声をかけられた。
ともに手伝っていた帝国の中年男だった。身なりからして、商人なのは間違いない。
少年は、勢い良く頷いた。
「よし、名前は?」
「らい・・・ライヒトゥーム・レグルゾ」
自分の名前を言うのに、少年が一瞬戸惑ったことに商人は聞き流した。
少年はその後、その商人のもとに通っては通訳をして過ごすことになる。
そして、三年後のある日。
どこにでもいそうな中年の男が、商店の立ち並ぶ大路を歩いていた。
容貌に比して鋭い輝きを放つ青い瞳が、何かを探すように左右に揺れ動く。
東西南北、方々から集まった珍しい品や日常品が所狭しと並ぶ帝国随一の交易所である。ここで何かを探すとなれば、さぞかし歩き回るはめになるだろう。
だが、男は焦るでもなく目を左右に向け、何かを探し続けた。
そして・・・。
男は一軒の商家の前で立ち止まり、大声で呼ばわった。
「らい・・・ライヒトゥーム! ・・・家に帰れ!!」
「げ?!」
大男の視線の先で、ぱっとしない風貌の少年が素っ頓狂な声を上げて飛びあがった。
質が落ち始めた古い香辛料を叩き売っていたのだ。
それが、店の中へ転がるように逃げ込んでいく。
「ほう、とうとう呼び戻しに来たか」
店主が脂ぎった顔に興味の色を浮かべて、首を伸ばしているのをライヒトゥームは忌々しげに見て毒づいた。
「のんきなこと言わないでよ! ・・・僕なんか呼び戻してどうしようっていうんだか!」
「死期が近いか、いよいよ邪魔なので消そうと思ったか、・・・・だろうな。ま、何にしろ年貢の納め時ってやつだ。ご愁傷さま」
店主は、おもむろに少年に金の入った袋を放り投げた。
「今月分の給料だ。棺桶代になるか知らんが、持って行きな」
「・・・それはそれは御親切に」
ジト目で睨みつけてから、少年は給金を懐にしまって店を出た。
それ以外に、選択肢はなかったから。
「・・・はぁ、せっかくの自由気ままな日々ともおさらばか」
頭の後ろで手を組んで、ライヒトゥームは・・・いや、そう名乗っていた少年は、恨めし気に横を歩く大男のハゲを見上げた。
「ライムジーア様、そこは三年も好きにできたと喜んでくだせいまし。御父上に散々怒られたんですからね、わたくしめは。・・・今でも首が繋がっているのが不思議なくらいなもんで」
「・・・それ、冗談に聞こえないな」
「もちろん、冗談ではありませんよ。お母上が、ことのほか『気遣って』おりましたんでね。坊ちゃんのことを」
「・・・・・・笑えないな」
「笑えません」
これが、一年半前の出来事。
そして、今につながる。