知らない天井だ...空だけど
風が頬を優しく撫でる。
こそばゆい感覚が、永遠と湧き出てくるとさえ思えそうな頭痛を抑えてくれることに感謝しながら、目を開けた。
_______知らない天井だ。
「...青空だけどね?」
馬鹿みたいなことを思い、自然と自分で訂正をいれてしまう。
しかし、これは、ふむ。
「どこぉ...ここぉ...」
どうやら草を背に倒れてたらしい体を起こして、辺りを見る。
そこは、完全に森の中だ。落ち葉が自分の、黒く長い髪にくっついてしまっている。
「え、えー...これ転生?死んだの?...マジで?」
葉っぱを取りながらも――もう切ってやろうかと若干うんざりして――僕は冷静だった。
死んで転生するのは、これで初めてじゃない。
いくつか記憶に抜けが見られるが、それでも似たような経験をしているというのは確かな強みだった。
ひとまず、真っ先にしないといけないのは分かっている。
探索しなくちゃいけない。無知は罪とはよく言ったもので、僕はここでは完全に不純物...つまり、淘汰される立場にある。
命の危険はあるのか、魔術のような超常の力はあるのか、文明レベルはどうなのか、言語は?
気にしないといけないことを挙げると、キリがない。
まずは自分の体を見る。
すらっと伸びた手足に筋肉は見られないし、力を込めても普通の人よりも弱めであることは明らかだった。
適当に石を持っては、潰してみる。
「いたっ...うぅ...なんか、めっちゃ弱くなってない...?」
潰すどころか手に刺さる、めっちゃ痛い。
これ...は...スー...
「もっかい地道に頑張ろう...ってこと?...うへぇ...」
流石に凹む。言い換えれば、人生単位の鍛錬が全て無駄になったのだ。いや、むり、つら。
肉体については直ぐに分かったから、一縷の望みに賭けて魔術を使ってみる。
「えっと...《幽かな揺らぎ、その刃は宙を舞いて敵を刈り取る》。」
これは自分の魔力を物質化し、見えない刃として飛ばす魔術。
僕の記憶通りであれば、目の前にある木々を薙ぎ倒してしまう強力な刃なのだが...
サクッ
.........あ、使えはするんだ。有り得ないぐらい弱体化してるけど。
具体的には数センチしか切れ込みできてないけど。
これは...うん...
(実質全ロスだね!!!)
泣きたい。泣いていい?泣いた。
見知らぬ世界だし、せめて最低限の自衛能力は欲しかった...!!!
こうなってしまった以上は仕方ない。
次だ次、ご飯とかどうにかしないと餓死しちゃう。
耳を傾けて、川の流れを聞こう...
目を通して、周囲の音に集中する。
鳥の鳴き声が聞こえ、ガサガサと動物かな?それが動いてるのも分かる。
なんならそれは徐々に近づいて来てて、こう、なんて形容しよう。
そうだね、名付けるなら...
「オイオイ、こんなところに可愛い女がいるじゃねぇか」
野生の盗賊かな。
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「だ!か!ら!何も持ってないですって!!!というか男です僕ぅ!!!」
情けなく喚きながら、とにかく全力疾走で逃げまくる。
相手の戦闘力が未知なのに、立ち向かえるわけ。
「逃げんなよォ、へへっ...極上な女だぜ。必死に噓までついて可愛いでちゅね~」
ダメだこいつ、聞く耳持たねぇ。
どうにかしないと転生初っ端からロクでもない未来が待ってやがるぜ、この野郎。
逃げてる最中に、スライムやら熊やらデカい蟷螂やらのモンスターをかいくぐる。
ここはモンスターがいるんだなぁって、吞気に考える。だって現実逃避したいもん。
必死に走り続けて、開けた場所に出る。
これ以上はもう走れないほどに、息は切れていた。
「やっとかよテメェ、無駄に逃げ回るんじゃねぇ」
イラついた様子だが、息があがってないところを見るに持久力が格段に格上であることを理解してしまう。
まじ、どーすんだこれ。え、初手ゲームオーバーとかクソゲーにも程があるっての。
「あ、あのぅ...やめません?こんなこと。ほら、僕って確かに可愛いけど違うじゃん。そういうのは違うじゃん?ね?」
「なにごちゃごちゃ言ってやがるんだ?うるせぇ女は嫌いだぜ。痛い目が嫌なら黙ってな」
わーお、ナイフ舐めてるよコイツ。
ここまでテンプレな盗賊は逆にレアだぞ。
そんな時、ヒュンッ!と音がした。
それは矢が飛んでくるような、馴染みのある音で。僕の髪を掠めて盗賊の頭を貫いていく。
「ガッ!?」
「依頼完了っと...えっと、大丈夫ですか?」