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『強さ』とは~VS精霊使い~

作者: 青雲空

 ふと、見上げれば、晴れ渡った青空がどこまでも続いていた。

 降り注ぐ陽射しは柔らかい。熱すぎず、寒すぎず、適度な温度を保っていた。

 街道沿いに立ち並ぶ木々は、微風に梢を揺らし、心地よいリズムを刻んでいた。

 このまま、のんびりと散歩でもできたらさぞかし気持ちよいことだろう。

 だが、今の自分にはそんなことに目を向ける余裕は皆無だった。

 状況はかなり切迫しているのだ。

「おい! ボロス、どうしてくれんだよ!」

 シンは、もともと吊り上がり気味の眼をさらに吊り上げて、叫ぶ。

 だが、隣にいるボロスは、まるで他人事のように、ぽりぽりと頭を?いていた。

 真っ赤な髪の毛に、たくましい褐色の肉体を持った体格の良い男だった。

「そんなこと言われたって。俺は知らねえって」

「だぁぁぁぁっ! 知らねえじゃねーぞ! こうなったのはすべてあんたのせいだろーが!」

「まあまあ、落ち着けって、シンちゃん」

「これが落ち着けるかっての! ――って、ボロス! 俺の名前を『ちゃん付け』すんじゃねえ!」

「言いやすくていいじゃねえか」

「よかねえ!」

「……わかったわかった……。――ったくよ。怒りっぽい奴だな。カルシウム不足か?」

「カルシウム? なんだそりゃ」

「……いや、わからんならいい。――それよりも、だ。こういう状況では冷静になることが大事だと思うぞ。怒ってもなにもならねえよ。冷静になって考えれば、起死回生の打開策が見つかるやも知れねえしな」

「……………打開策だとぉ?」

 男――ボロスのあまりに白々しい言葉に、シンはあきれてものが言えなかった。

「あんたがそのデカイ図体で貴重な食料を馬鹿食いして、すべてなくしたっつーのに、よくもまあそんなことが言えるな、おい! まだ目的の街まで一週間以上掛かるんだぞ! しかもだ! ここの街道はスゲーさびれてて、通りがかりの人に助けてもらえる可能性なんて皆無に等しいんだ! こんな状況で打開策なんかあるわきゃねーだろ!」

「それは、あれだな。シンは、旅を甘く見てたな。こういう状況にならないためには、常に多めに食料を持っておくことは鉄則だったんだよなぁ」

「甘くなんか見てるか! 俺一人だったら、余裕だったんだよ! あんたが勝手について来てなきゃなんの問題もなかったんだよ!」

「そんなつれないこというなよぉ。俺とお前の仲じゃねえか」

「あんたとおトモダチになった覚えはないね。目障りだ。どっか行っちまえ。――それが嫌ならさっさとその『打開策』とやらをなんか示せよ」

「そんなすぐに思いついたら苦労しねえって」

「………………ああ、そうかよ」

 力が抜けてがっくりとうなだれるシン。ただでさえ空腹で力が出ないと言うのに、このボロスという男とつきあうとさらに疲労が蓄積されてしまう。

 ――もう無駄な体力つかいたくないからこいつと会話するのはやめよう。

 シンはそう心に決めた。

「なあ、シン」

 決意した矢先にボロスの声。答えちゃ行けない。

「おい、聞いてんのかよ」

 ――無視無視……

「なんかさぁ、声がしねえか」

「え?」

「しかもさあ、『助けて』とかそういうのが聞こえねえか?」

 シンも耳を澄ませてみた。

 ――確かに……

 街道からはずれた方向から小さくだが、人の声が聞こえてくる。だがなんと言ってるかまでは判然としないが、ボロスが聞こえると言うのだから、嘘ではないだろう。

 シンはボロスをと眼を合わせ、つぶやく。

「だとしたら、アレだな……」

「ああ、そうだな」

「うまいこと助けりゃ、飯にありつけるってことだ」

 お互い、うなずく。

「行くぜ! 最後の気力を振り絞れ!」

「おうよ」

 二人は声のした方へ全速で向かった。

「これで、聞こえたってのが嘘とか言ったら、キレるぞ」

「嘘」

「………………」

「……冗談だって、本気にすんなよ」

「シャレにならねえんだよ。もう体力限界なんだから」


       *


「た、助けて……」

 少女は、恐怖に身体を竦ませながら声を絞り出した。

 だが、そんな行為がどれほど意味があるのだろう。

 少女――キアルは絶望的な心持ちで天を仰いだ。

 ――私がお父さんの言うことを聞かなかったから……

 父の言いつけをやぶり、一人で村の外へ遊びに行ってしまったから。いつまでも自分のことを子供扱いする父に対してのささやかなレジスタンスのつもりで。

 ――私は子供なんかじゃない。もう、一三歳なんだから!

 同年代の男の子には負けたことなかったし、何とかなると思っていた。

 だが、その代償はあまりに大きすぎた。

「ガキがこんなところをうろついてちゃ、いけねえなぁ」

 ゴロツキ風の男たち五人に囲まれてしまった。

 下卑た笑みを浮かべて。

 ――怖い……

 抵抗なんてできるわけがなかった。自分の力が大人の男に――しかも、複数の人間に――通用するわけがなかった。

 ――私がもっと強かったらこんな奴ら……

 だが、現実にそんなことをができるわけもなく、ただ、身体を震わせることしかできない。

 これから自分はどうなってしまうのだろう。恐くてたまらなかった。

「さあて、どうしてくれよう……」

 言いながら、男が近づいてきた。

 その時だ。

「がぁぁぁぁぁっ! 飯ぃぃぃぃっ!」

 そんな叫びと共に、見知らぬ男がかなりの速度でこの場に飛び込んできた。

 細身ながら締まった体つきをしている青年だった。

 青年は血走った眼で男たちに向かっていき――

 勢いのままに一人を殴り飛ばした。そんなに強く殴った感じはしなかったが、殴られた男は数メートル吹き飛ばされて、倒されていた。

 青年はキアルの方に向き直って、

「下がってろ! 今から俺がこいつらを倒してやる。――だからよ」

 腰を落とし、左手を前に、右手を後ろに下げ、構えを取った。

「飯喰わせてくれよ! 頼むぜ!」

「え?」

 だんっ!

 強烈な踏み込み音と共に、青年は男たちに向かって走り出した。

「だぁぁぁぁぁぁっ!」

 一気に間合い詰めた青年は、一人の男に狙いを定め、渾身の拳で殴りかかる。男は青年のスピードについていけず、反応すらできずに殴り飛ばされた。

「次! ちゃっちゃと行くぜ」

 青年は次の標的に狙いを定め、地を蹴った。

 キアルはその強烈な闘いぶりに眼を丸くさせていた。

 と――

「危ねえから、さがってな、嬢ちゃん」

 ふっと真横から現れて、キアルを制したのは、赤毛が印象的な大男だった。

「すぐ終わるからよ」

 赤毛の大男はにやりと笑って見せた。

 大男の言う通り、戦いはすぐに終わった。

 キアルに絡んできた男たちは、青年に全員やられて、『覚えてやがれ!』と捨て台詞を残し、這々の体でどこかへ行ってしまった。

 しかし、青年は青年で、ふらふらで立つことさえおぼつかない状態だった。

「早く……飯を……もう限界だ……」

「え、えっと私が作ったオニギリならあるけど……」

 キアルは、革袋に入れていたオニギリを差し出した。結構、遠くまで行くつもりだったので、多めに作ってきていたのだ。

「ああ、もうなんでもいい! 喰わせてもらうぞ!」

 キアルの手からオニギリを奪い取り、がつがつと食べはじめた。

「お嬢ちゃん。俺も頂かせてもらうぜ」

 さらに、赤毛の大男も一緒になってオニギリを食べはじめた。

「ああ! テメエ、なにもしてねえ癖に、飯を食えると思ってんのかコラ」

「なに言ってんだよ。堅いことは言いっこなしだろ」

 キアルはそのあまりに激しい喰いっぷりを呆然と見ているだけだった。


       *


「五人もいて、たった一人の男にやられて、逃げ帰ってきただと?」

 ここは、シンにぼこぼこにされた男たちが所属している盗賊団『ヴェーレス』のアジト。

 『ヴェーレス』は、少人数の組織でありながら、大陸南部ではかなり名が知れていた。それもすべて、ボスであるハイレル・マルシュアスの力に寄るところが大きかった。

「は、はい。そ、それが滅法強い男で、まったく歯が立ちませんでした」

「ほう」

「とにかく、スピードもパワーも桁違いで、気づいたときには近づかれてぶん殴られてました」

「そいつはなかなか面白い男だ。ちょっと会ってみたくなった」

「え?」

「その男、この――ハイレル・マルシュアスが見極めてやる」


       *


「ふぅー。喰った喰った」

 腹一杯、飯を食べたシンは、満足げに声を出した。

「ああ、生き返るな」

 ボロスも同様のようだ。

「悪かったな。キアル――って言ったっけ? オニギリ全部喰っちまって」

 シンは、さっき助けた少女――キアルに、向き直って言った。

「ううん」

 キアルは首を振り、

「いいよ。助けてもらったんだから」

「そうか」

「それより、とっても強いんだね、シンって。どうしたらあんなに強くなれるの?」

「どうしたらって……言われてもな」

 シンはぽりぽりと頭を掻いた。

「お嬢ちゃん。そういう質問はするだけ無駄だぞ。こいつは、バカだからな」

「ボロス。テメエ、ケンカ売ってんのかよ」

「別に。――なら、ちゃんと理論立てて自分の強さを分析して見ろよ。そうすりゃ、バカなんて言わねえよ」

「ぐ……えーと、それはだなぁ、なんというかその……あの……」

「ほぉれ、バカだ」

「なんだとぉ!」

 そんなくだらないやり取りをしていた時、シンは近づいてくる人の気配に気づいた。

「誰だ?」

 現れたのは、中肉中背のこれと言った特徴を感じさせない男だった。

「私の名は、ハイレル・マルシュアス。盗賊団『ヴェーレス』の首領をしている。――さっきは部下が世話になったな」

「部下ぁ? ああ、さっき俺がぶっ倒した連中のことか。――なんだ、今度はボスが自らお出ましってか」

「まあ、そんなところだ。我が手下五人をいとも容易く倒してのけたのがどんな奴か興味があってな」

 男――ハイレルの口調は静かで落ち着いているが、威圧感を感じさせた。

 だが、その程度のことではシンは怯まない。

「御託はいいよ。要は、部下の敵討ちに来たんだろ。――やるんならさっさとやろうぜ」

 戦闘の構えを取りながら、言うと、ハイレルは首を振った。

「敵討ち、とは少し違うな。一対五であっさりとやられてしまうような無能な部下の敵をとろうなどと思うわけがない」

「じゃあ、なんだよ」

「だから言ったろう。お前に興味を持ったと。お前が部下の報告通りの強さを持つというのなら、私の部下として迎え入れたいと思っている」

「はぁ? ボケたことぬかしてるんじゃねえ。なんで俺がお前みたいな悪党の仲間に入らなきゃならねえんだよ!」

 言いながら、シンはハイレルに向かって駆けだした。

 ――先手必勝!

 小細工無しで思いきり殴り掛かる。

 ただ、目の前の気に入らない男をぶちのめす。それだけを考えながら。

「愚かな……」

 ハイレルはそうつぶやくと、掌を前に突き出すとその掌から突然直径三〇センチほどの火でできた球が出現した。

「な――、しま――」

「受けてみよ。《火球ファイアー・ボール》!」

 シンの拳が男に当たる直前に、火球は放たれ、シンの腹部に炸裂した。

「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!」

 火球の勢いは凄まじく、シンは数メートル飛ばされて、地面を転がされた。

「シン! 大丈夫!」

 キアルの心配そうな声が背後から聞こえてくる。

「だ、大丈夫だよこのくらい……なんでもねえ」

 火球が当たった腹を押さえながら、シンは立ち上がった。そしてハイレルを睨みつけた。

「……テメエ……精霊使い(エレメンタラー)か……」

「そういうことだ。――これで、いくら貴様が強かろうが、勝ち目がないことはわかったろう。降伏し、服従するのなら今の内だぞ」


 精霊使い――それは、この世界とは別次元の世界に棲む精霊の力を借り、行使できる者のことだ。

 無の状態から、火をおこし、風を起こし、水を産み出し、地を揺らす。

 その力は圧倒的で人の力の枠を遥かに超越しており、普通の人間に対抗できるものではなかった。

 いくらシンが強かろうが、勝ち目なんてあるはずがないのだ。どんなに強い力を持ってようが、近づく前に精霊の力を使われたら、どうにもならない。

「どうしよう。いくらシンだって……」

 不安げな表情で言うキアル。

「そうだな。精霊使いが相手とはな……でもな」

 ボロスは、手をキアルの頭にぽんと乗せて続けた。

「あいつは精霊使いが相手ってだけで、怖じ気づくようなタマじゃねえさ。相手がどんなに強かろうが、引かない奴――それがシンだからな」


「へへ、まさか精霊使いだったとはな……」

「どうだ。諦めて我が組織に入る気になったか?」

 ハイレルの問いを、シンは鼻で笑う。

「ンなわけねーだろ。精霊使い? 上等だよ。それくらいじゃねえと、やりごたえがねえ」

「あくまで強気を通すというのか。それも良かろう。ならば、もう少し痛い目に遭ってもらうとするか。さすれば、気持ちも変わろう」

「変わらねえよ! 俺はそうやって、人に見下されるのが、一番嫌いなんだ! そうやって、調子に乗っていられるのも、今の内だけだ!」

 シンは、再び拳を振りかぶり、ハイレルに向かって全速で駆けだした。

「確かに、そのスピードはたいしたものだがな、また、真正面からか。芸のない……。ならば、《火球ファイアー・ボール》!」

 ハイレルの掌から、火球が放たれる。シンもその火球を躱そうとするが真っ直ぐに全速力で走っていたところですぐに方向転換ができるわけもない。

 火球は、シンに直撃した。

「があぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 吹き飛ばされるシン。だが、必死にダメージに耐え、立ち上がった。

「まだまだぁ」

「ほう。素晴らしいタフネスだ。ますます気に入ったぞ」

「ほざけ!」

 シンは叫び、ハイレルをぶん殴るべく、向かっていった。何度でも、何度でも。

 しかし、いくら殴りかかろうとも、シンの拳は、最後まで振り抜くことは、かなわなかった。


       *


「大変だよ。このままじゃ、シンが死んじゃうよ」

「そうだな。なかなか厳しい戦いになってるな」

 この状況においても、まったく慌てないボロスを見て、キアルは声を荒らげた。

 ボロスの身体を見れば、鍛え抜かれているのは一目瞭然。弱いはずがない。それなのに、なぜ傍観者を決め込んでいるのだろう。

「なんで、ボロスはシンを助けにいかないのさ! このままシンがやられちゃってもいいの?」

「悪いが俺は、あまりこういうことに関わっちゃなんねえんだ。――それに、下手に手を出したら、逆に俺が殺されちまうってのもあるな」

「そんな……」

「手助けされて勝つぐらいなら、一人で戦って負けを選ぶ奴なんだよ。シンは」

「そんなことって……」

「俺は、あいつのそういうバカなところが気に入って、一緒に旅をしているんだ。あいつにはとことん嫌がられているがな」

「…………」

「大丈夫だ。あいつは、負けねえよ」


       *


 もう、何度火球を喰らっただろうか。

 それでも、シンは立ち上がり、ハイレルに向かっていく。

「その根性には敬意を表するが、いい加減に私には勝てないと言うことに気づいた方が身のためだぞ」

「うるせえ! テメエのちゃちな火の玉なんざ、まったく効いちゃいねえんだよ。今度こそ、この拳をテメエにぶち込んでやるから、覚悟しやがれ!」

 シンは力を振り絞り、地を蹴る。

「無駄だ」

 だが、ろくに近づくことすらできずに、火球を喰らってしまう。

「くぅぅっ!」

 崩れ落ちるように膝をつきそうになる。だが、なんとかこらえ、地を踏みしめ、立ち上がった。

「効かねえよ。まっ……たくな……」

 ハイレルはその異常なほどの粘りに、驚きの表情を浮かべた。

「何故、そこまで耐えられるんだ。なにがお前を支えている」

「決まっ……てるだろ。気にいらねえ、テメエをぶちのめしたいからだ」

「それだけか?」

「ああ、それだけだ。それを果たすまで、俺は何度でも立ち上がってやる」

「……理解不能だな。――惜しいが、これほどまでに頑なな男を部下にするのは無理と言うことか」

「当たりめぇだ」

「ならば、これ以上手加減する必要もないな」

 ハイレルは掌を突き出し、火球を産み出した。

 今まで以上に大きな、直径一メートル以上はありそうな火球だった。

「死ね」

 ハイレルの掌から火球が放たれる。

 ――直撃したらやべえ!

 力を振り絞り、横に跳び、間一髪で直撃は避けることができた。

 だが、火球は地面に着弾し、凄まじい爆風をもたらした。

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 直撃は避けたというのに、爆風でかなりの距離を吹き飛ばされてしまう。

「くっ……」

 それでもシンは立ち上がろうとするが――立てなかった。脚に力がほとんど入らない。

「どうやら、足がやられたみたいだな。これでは自慢のスピードも活かせまい。――それでも、まだやるのか?」

「あ、当たり前だろ。――これくらい、ちょうどいいハンデだ」

「相変わらず口だけは減らない奴だ。――だが、それもこれで終わりだ」

 ハイレルは、先ほどより、さらに一回り大きな火球を作りだした。

「その足ではさっきのように躱すこともできまい」


       *


「ほんとにこれでも手出ししないの! ほんとにやられちゃうよ!」

「ああ」

「どうして? もう、動くことすらできないじゃないか」

「そうだな。――だが、まだあいつの眼は死んじゃいない。つまりは、諦めていないってことだ」

「そんな」

「さあ、なにをやってくれるか、見せてもらうぜ、シン」


       *


「死ね。《火球ファイアー・ボール》」

 ハイレルの手から、これまでで最大級の火球が放たれた。

 シンはじっとその火球を見据えていた。

 状況は絶望的だった。

 だが、シンは絶望していなかった。

 ――タイミングを間違ったら終わりだな。

 拳をこれまで以上に強く握り、その時を待つ。

「ここだぁっ!」

 シンは、巨大火球をギリギリまで引きつけてから、渾身の拳を地面に打ち付ける。

 どがんっ!

 シンの強力なパンチは、反動でシンの身体を数メートルほど浮き上がらせた。

 凄まじき膂力だった。

 それにより、ぎりぎりではあるが、シンは火球を飛び越えていた。

 だが――

「くっ――」

 このような際どい躱し方では、爆風まで避けられるわけがない。

 火球が地面に直撃し、これまでで最大の爆風が発生した。

 シンはその爆風に、モロに巻き込まれていた。


 ――拳を打ち付けて、身体を浮かせて《火球ファイアー・ボール》を躱すまでは良かったが、爆風までは計算外だったようだな。

 ハイレルは、シンの化け物じみた力に驚きつつも、勝利を確信し笑みを浮かべていた。

 しかし、その笑みもすぐに強張ることとなった。

 爆風の勢いに乗って真っ直ぐこちらに向かって飛んでくる、シンの姿を見てしまったからだ。


「だぁぁぁぁぁぁっ!」

 火球の爆風は凄まじいものだった。身体の方ははさらにダメージを受けたが、おかげで『飛ばされる』ことができた。

 シンは空中で放物線を描きながら、ハイレル目掛けて飛んで行く。

「――くっ」

 ハイレルも応戦のためにまた、火球を作り出そうとしていた。だが、あれほどの巨大火球の後だ。そんなにすぐに出せるわけがない。ハイレルの驚愕の表情が見て取れた。

「おせえっ!」

 シンの絶叫と共に、拳が、ハイレルの身体に突き刺さった。

 ハイレルは、声さえ上げられずに吹き飛ばされ、意識を失った。

 シンの方も、受け身を取ることもできずに地面に叩きつけられるが、ハイレルを倒したという充足感が痛みを感じさせなかった。

「俺の…………勝ちだ!」

 仰向けに寝転がりながら、シンは右拳を突き上げた。


       *


 ハイレルとの戦いから、数時間後。簡単な治療と、休息をとっただけで、シンは普通に立って歩けるようになっていた。

 ――相変わらず、ボロスの持っている薬は、よく効くよな。

 ボロスの持っている薬は、いろんな所を旅して回っているシンでさえ見たこともないようなものだった。最初は胡散臭く感じたが、その効果は絶大で、大抵のケガや病気を治してしまう。常に真っ正面から敵に挑んで行くので、生傷の絶えないシンにはとても助かっていた。

 ちなみにハイレルは縛り上げてある。このままザラスト・シティに連れて行って騎士団あたりに引き渡す予定だった。

「ねえ、なんで村に来てくれないのさ。話もいっぱいしたいし、お礼とかもしたいのに

 キアルの質問に答える。

「悪いが、ちょっと急いでるんでな。あんまり道草くってらんねーんだ」

「そうなの?」

「早くしねえと、ザラスト・シティで開催される武闘大会に間に合わなくなっちまうからよ。今回は、なかなかの強者揃いらしいんで、どうしても出て見てーんだ」

「そうなんだ……それじゃしょうがないね……」

「大丈夫。キアルの村の場所はもう聞いて覚えたからよ。用が済んだら行ってやるよ」

「ほんと?」

「ああ」

「約束だよ」

「わかった。約束だ」

 シンは、笑顔で、親指を立てて見せた。


 キアルと別れたシンとボロスは、再び街道に戻るべく、歩き出した。

「さあて、早くザラスト・シティに行かねーと。噂によると、あの『剣聖』も出るとか言うしな。絶対行くっきゃないぜ」

「そうだな。シンがどこまでやってくれるのか、見させてもらうからよ」

「なんだよ。ボロスは大会に出ない気かよ」

「前にも言ったろ。俺は平和主義者なんだ。荒事には一切関わらんぞ」

「そんないいガタイしてるくせに、よく言うぜ。――まあ、やるやらないはあんたが決めることだ。俺は強制したりしないがね。ただ――」

 シンは、ボロスの方を見やって、笑みを浮かべて、続けた。

「できるなら、俺はあんたとも闘ってみたいと思っている。あんたとなら、いい闘いができそうな気がするんだ」

「…………………まあ、考えておくよ」

「ああ、考えとけや。――さあ、急ごうぜ。早く遅れを取り戻さねーとな」

 シンは力強く歩き出した。

「しょうがねえなぁ」

 ボロスも苦笑いをしながら、後に続いた。

 いつの間にか、日が暮れようとしていた。


       *


 二人と別れたキアルは、興奮さめやらぬと言った表情で、村への帰途へついていた。

 精霊使いという圧倒的な強さを持つ相手に対し、シンは一歩も引くことなく、戦った。シンも強いが、精霊使いのような特殊な能力を持っているわけではない。普通に戦っては勝てる相手ではない。

 だが、シンは倒した。ぼろぼろになりながら、力を振り絞り続けて。

 ――僕もあんなに『強く』なれるだろうか。

 自分より高い能力を持つ者に対して、最後まで諦めずに闘い続けることができるだろうか。

 いくら身体を鍛え技を磨き、自分の能力を高めたとしても、その力を自分より弱い者にしか行使できなければ、それは『強く』もなんともない。ただの弱い者いじめに過ぎない。

 シンの『強さ』とは、どんな相手だろうと怯まない精神こころ。自分もそんな『強さ』を持てるだろうか。

 ――いや、違う。持つんだ。シンみたいな『強さ』を。

 キアルは走り出した。

 早く村に帰って、父に話したいからだ。

 今日あったことと、自分もそんなシンみたいな戦士になりたい、と言うことを。


       *


 そんなキアルは、五年後、『拳聖』と呼ばれるまでになったシンと、武闘大会の決勝で相まみえることになるのだが……それはまた、別の話。


       *


 ピー、ピー、ピー。

 深夜。聞き覚えのある電子音に、ボロスは眼を覚ました。

「ん? ああ、そういや定時連絡を忘れてたな」

 向かいの木に寄りかかって寝ているシンを起こさないように、ボロスは少しはなれ場所まで歩き、そこで携帯端末を取り出した。

 スイッチを入れるとディスプレイには、若い男の顔が表示された。

 同僚のファンロンだった。

「あ、わりぃ、わりぃ」

「……まったく。忘れっぽいにもほどがあるよ。――ちゃんと、特務官の仕事をしてよ、アーネスト」

「わかってるって。だから謝ってるだろ、ファンロン。後、この惑星での俺の名前はボロスだからな。忘れないでくれよ」

「まったく……いくら未開惑星の調査だからって、そこまでやらなくってもいいのに……」

 ファンロンはあきれ顔だった。

「いいだろ、それくらい。――それよりもさ、ちょっとお願いがあるんだ」

「なに?」

「この惑星でもうすぐ開催される武闘大会に参加したいんだけど……いいだろ?」

「却下」

「なんでだよ。いいじゃねえかよ」

「ダメだって。そこまで干渉したら未開惑星保護法に引っかかっちゃうじゃないか。だいたい、特定の人間と旅してるだけでも大問題なのに!」

「そこをなんとか。この俺の凄腕っぷりを見せつけたいのよ」

「ダメったらダメ」

「ちぇっ、わかったよ。諦めればいいんだろ」

「当たり前。じゃあ、調査、しっかり頼むよ」

 ファンロンが言い終わると、ディスプレイが消える。

 再び、辺りに静寂が取り戻された。

 ――ファンロンには、わかったって言ったけど……内緒で武闘大会に出ちまうかな。どうせ言わなきゃバレないし……

 と、一人ほくそ笑んだその時、再び端末のディスプレイがついた。

「わかってると思うけど、内緒で出場しようとしてもダメだよ。後で調べればちゃんとわかるんだから」

 そして、すぐにディスプレイは消えた。

「あーあ、釘を刺されちまったか。残念」

 ボロスはぽりぽりと頭を掻きながら、苦笑した。

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