九百六十八話 野次馬なんて、そんなもん
(ふぅーーー……逃げた逃げた…………本当に、結構逃げたな)
ハイキックを防いだ腕が本当に問題無いか否か。
それを確認する為に、アラッドは約十秒ほど逃げて逃げて……割と本気で逃げた。
(今の蹴り……Bランクモンスターでも、受け損なえば骨はいかれる、か…………我ながら、よく反応出来たな)
自身の反応、対応を褒めながら、アラッドはやはりガルーレがディーナと戦わなくて良かったと、改めて思った。
(ガルーレが、ディーナと戦ったら……やっぱり、試合じゃなくて死合いに、発展してただろうな)
先程ディーナがアラッドにぶちかました一撃。
あの一撃を……ガルーレであればギリギリ紙一重で回避していたという可能性もあるが、もし防ぐという対応を取っていれば、ヒビどころではなく、骨折という結果も十分あり得た。
そうなれば、ペイル・サーベルスが発動してしまい、そのまま死合いに発展していた。
「考え事、か」
「いや。ただ、状況を、冷静に……考えてた、だけだ」
「そう、か」
対戦相手が、自身との戦闘以外の事を考えている。
その事に対し……ディーナは、特に驚かなかった。
復讐を成し遂げる為の時間に集中していたとはいえ、ディーナの耳にもアラッドの活躍は入ってきていた。
そんなアラッドに悪くない一撃を決め、十秒程度とはいえ回避に徹しさせることが出来た。
その事実は、ディーナにとって良い収穫と言えた。
(とはいえ、もう少し焦ってくれると、助かったんだが、な)
アラッドは左腕が動くか否かを確認するため、十秒ほど逃げて逃げて逃げた。
勿論、ディーナとしては絶好のチャンスであったのだが……恐ろしいほど冷静に動きを見極められていると感じ、ここが勝負どころではないと、即座に判断。
「っ、ふっ!!!!」
「ッ!!!!!!」
右ストレートを放った瞬間、アラッドは一歩前に出て左手で捌き、膝が飛び出る前に縦拳でディーナを押し飛ばした。
「疾ッ!!!」
「くっ!!!!」
ただ殴るだけではなく、ほんの一瞬だけ腹部に添え、押し出された一撃はディーナの腹筋だけで衝撃を抑えることが出来ず、中に貫通。
頑丈な体を持つディーナといえど、内臓までは鍛えられない。
先程とは打って変わり、今度はディーナが攻め続けられる展開。
順当といえば順当な流れではあるが、そんな事は関係無いのか、観戦している野次馬たちは更に盛り上がる。
「ッシャ!!!! 流石ドラゴンスレイヤー!! そのままやっちまえ!!!!」
「お前に金貨五枚賭けてんだ! 頼むぜアラッド!!!!」
「おいおい、負けんじゃねぇぞディーナ!!! お前が負けたら、今日の娼館代パーになっちまうだろ!!!!」
二人がどういう気持ちで今回の試合に臨んでいるのか……そんな事は、野次馬である彼等には関係のない話。
試合の展開に一喜一憂し、各々の欲望を抑えずに叫び散らかす。
身勝手なことだが、それが野次馬というもの。
それは、中央で戦っているアラッドたちも解っている。
「ディーナはディーナでヤバいんだけど、やっぱアラッドはアラッドで……うん、やっぱりおかしいよね~~」
「おかしいって言うのは、さっきの…………発勁?」
徒手格闘が専門ではないスティームは、明確にアラッドの何がおかしかったのか解らない。
ただ、なんとなく感じた内容は見事当たっていた。
「そうよ。普通なら体技の発勁を使う場面なのに、スキルを使わずに放っちゃうんだから」
「それなら、ガルーレも出来るよね」
攻撃を体の中に通す。
打撃を専門とする者であれば、上にいくには絶対に会得したい技。
当然、ガルーレも出来ないことはない。
ただ、おかしい部分はそこではなかった。
「素の状態で同じことをするならね。ただ、あの速さのやり取りの中で、添えて放つのは……割と難しいのよ」
「そうなんだ……それじゃあ、スキルの発勁を使ったら…………いや、そっか。多分、読まれちゃうのか」
「そうよ。それを実行出来るか否かは人によるところだけど、ディーナなら……さっきアラッドがハイキックをガードしたみたいに、最低限のガードは出来る筈」
体内に衝撃を通す技も、肉という壁を越えるには限度がある。
スキルで発動する発勁の方が威力が上ではあるが、大してディーナが発勁に対応出来るスキルがないとは限らない。
「でも、ディーナは……アラッドみたいに全部躱すスピードと反応速度はないけど、上手く防いでる」
「いなせてはいないけど、これまで通り大きなダメージには繋がってないだろうね……そろそろ、中に入ったダメージが抜けるかな」
まだ体力、魔力共に限界には来ていない。
だが、決められるならここで決める。
そう判断したアラッドの猛攻は確実にディーナの精神をすり減らしていた。
ダメージは抜けても、このままアラッドの猛攻が続けば、試合は終る。
スティームやガルーレだけではなく、目利きが出来る冒険者たちも試合の結末が見え始めていた。
しかし、勝負というのは……終わってみるまで解らない。
それが一対一の勝負なら、尚更の話。
終盤に差し掛かる頃……野次馬たちの熱狂にヒビを入れる音が鳴った。




