六百六十八話 前言撤回は……ダサい
「見えてきたな」
クラートと別れてから数日後、アラッドたちはようやく王都が見える場所までやってきた。
「……やっぱり王都って思えるぐらい大きいね」
他国とはいえ、伯爵家の令息であるスティームにとっては大きいとは思うものの、自国の王都を見たことがあるため驚いてはいなかった。
「やっば~~~~…………超デカいじゃん」
対してアラッドより冒険者歴が長いガルーレだが、王都程大きな都市はまだ訪れたことがなかった。
「んじゃ、行くぞ」
祭りの日……という訳ではないにもかかわらず、長蛇の列が生まれており、アラッドは大人しく最後尾へと並んだ。
「アラッドってこの国の貴族なんでしょ」
「あぁ、そうだな。正確には貴族の令息だが」
「ならそ、あっちのお偉いさん専用の列? に並んで、ささっと入れたりしないの?」
「……さぁ、どうだろうな。出来るかもしれないけど、出来たとしてもしないぞ」
アラッドはこれでも侯爵家の令息。
学生の大会で派手に活躍したこともあり、王都で暮らし続ける人たちの多くが未だにアラッドの事を覚えている。
門兵に声を掛ければ不可能ではなく……侯爵家の令息という立場的に、決してズルとは言えない。
貴族や豪商からすれば、当然の権利と断言する者もいるだろう。
それでも、アラッドはそうしようとは一切思わなかった。
「俺は今、冒険者だ。どうしても今すぐ王都の中に入らなければならない用事があるなら話は別だが、そうでないなら冒険者らしく並ぶ」
「ふふ、アラッドらしいね」
「ふ~~~ん?」
ガルーレにとっては少々解らない感覚だったが、悪い気はしないため、大人しく長い長い列に並ぶことにした。
だが数分後……何故か門の方から兵士が小走りでやって来た。
「失礼します!! アラッド様でよろしかったでしょうか!!!」
「あ、はい……確かに、アラッドですが」
自分に用でもあるのかと思い、身分証であるギルドカードを提示した。
門兵はささっとギルドカードが本物であることを確認し、返還。
「確認させていただきました! ささ、こちらへどうぞ!!」
門兵がこちら……と指さす方向は、貴族たちが並ぶ、非常に短い列。
(…………そういう事か)
何故わざわざ門兵がここまで来たのか。
その理由は……情報の伝播。
アラッドたちにそのつもりがなくとも、巨狼を従えている冒険者。
そして彼らの会話内容から、巨狼を従魔として従える青年が、あのアラッドではないかという話がどんどん前の方へ伝わっていき、門兵たちの耳にも入った。
「いや、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「えっ…………あの、勿論お連れの同業者たちも一緒で大丈夫ですので」
「俺は今、冒険者として活動してます。特に急いでいる訳でもないので」
「そ、そうでしたか……か、かしこまりました!!!」
連れも一緒で大丈夫だと伝えたのに、それでも大丈夫だと返されてしまった。
これ以上「いやいや、本当にあっちの列にならんじゃって大丈夫っすよ!!」と再度口にすれば苛立ちを買ってしまうかもしれないと判断し、門兵は潔く門へ戻って上司にアラッドの言葉をそのまま伝えた。
(いや、あなたは確かに今は冒険者かもしれないが、同時に騎士であるのだが…………)
部下からの報告を聞いた上司は心の中でツッコむが……アラッドのところまで向かい、あなたは騎士なのだから問題ありません、と告げる気にはならなかった。
「……あの人、上司の人に怒られたりしないかな?」
「えっ、なんで?」
「わざわざここまで走って来て、向こうの列に並んでくださいって伝えに来たってことは、それだけアラッドの存在を重要視してるってことだからね」
(スティームの言う事には一理あるな……お言葉に甘えて向こうの列に並ぶべきだったか?)
冒険者として活動してる身なのだから、大した私情で侯爵家の令息という権力を使わない。
それはアラッドのポリシーでもあった。
だが、そのポリシーが原因で門兵が上司に怒られるのは望まない結果。
(……そんなしょうもない事で王都の兵士が部下に拳骨を落とさないと信じよう)
有難いが、このままで大丈夫ですとアラッドが口にしたのを、同じく列に並ぶ者たちはしっかりと聞き取っていた。
今更前言撤回して「やっぱりそっちの列に並んでも良いですか」と門兵に尋ねるのは……あまりにもダサ過ぎる。
「ふぅ~~~。ようやく入れた~~~~!! にしても、いつも賑やかな街はこれまでいくつも見てきたけど、過去一の賑やかさね!!!!」
「気に入ってもらえたようでなによりだ。それじゃ、まずは今日泊まる宿を探すぞ」
適当な宿を見つけ、金を払って部屋を確保した三人はひとまず休憩……することはなく、王都の観光に繰り出す。
まだ時間が昼過ぎということもあり、観光する時間はたっぷりあった。
「そういえば……そろそろ授業が終わる時間か。なぁ、二人とも。ちょっと行きたい場所があるんだけど良いか?」
二人が断る訳がなく、一行はアラッドの生きたい場所へと向かう。
そこは……ほんの数か月だけ通っていたパロスト学園だった。




