六百六十三話 守るために、失えない
(嘗めるなよ!!! 俺の、命以外なら、寿命でも記憶でも、なんでもくれてやる!!! だから……だから!!!! 今、あいつに勝てる力をッッッッ!!!!!!!!)
真剣勝負……命懸けの戦いで、命を失うことに対して恐ろしさを感じている。
人によっては、その姿勢に対して臆病だと評する者もいるだろう。
命を失ってでも勝つ覚悟。それがあるからこそ本当の真剣勝負に勝てる。
その考えに対して、青年自身……一理ある。
ただ、それでも青年はこの戦いで寿命を削ったとしても、命まで失う訳にはいかなかった。
「ぜぇえええやあああアアアッ!!!!!」
「ギッ!!! ッェエエエエエエ!!!!」
青年は……街で一番の強者だった。
それほど大きくない街であれば、領主に使える騎士ではなく、その街で活動する冒険者が一番強いという例は大して珍しくない。
青年が飛び抜けて強いという訳ではないが、同世代の中では確実に頭二つ三つ抜けており、彼と同等と言える戦闘力を持つベテラン達であっても……肉体的には全盛期を保つのに精一杯。
もしくは、もうこれから下がる一方。
そんな中……青年の実力があれば、世界を旅することが出来た。
冒険者であれば一度は興味を持つダンジョンに挑戦することも出来た……ただ、彼は生まれ育った街から基本的に離れなかった。
何かあったと時、強大な敵が街を……自分の同僚たちを脅かそうとした時、自分がその脅威を断ち切れる剣に、同じく生まれ育った領民たちを守る盾になると誓った。
だからこそ、今日…………青年はせっかくの助っ人に対して、助力は必要ないと断った。
「ぐッ!!!!!!!」
「ギィィィイイイイェアアアアアアア゛ア゛ア゛!!!!!!!」
強烈な風圧、自分を押し潰そうとする強靭な脚。
助っ人から貸してもらった得物が壊れる気配はない。
難敵を倒す刃は健在……だが、体力と魔力がガス欠寸残だった。
(ッ!!!!! 守る、守るん、だろ……今日だけじゃ、ない。明日も……明後日も、一年後も……十年後も、守るんだろうがあああああああああああああああッ!!!!!!!!!!!!)
冒険者として上を目指すのであれば、必然的に越えなければならない壁、危機……見えない何かを突破しなければならない。
簡単に言ってしまえば、限界を越えなければならない。
しかし、青年の気持ちは……本来、冒険者が危機的状況に追い込まれた時に発揮する気合……とは、やや部類が異なっていた。
青年は……守る為に。
これからもずっと、ずっと…………守るために、何度でも限界を越えなければならない。
だからこそ、限界の一つや二つ、何が何でも越えなければならない。
「ッ!!!!!! おおおおおおぁあああああああああああ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!!!!!」
「っ!!!!???? ギエエエエ、アア、ァ……」
青年はこの瞬間、確かに限界を越えた。
いや……大き過ぎる無茶をしたというべきだろう。
体力と魔力の前借り。
これから回復し、明日得られる筈だった体力と魔力を無理矢理引き出し、その全てを迅雷に……一振りに込めた。
「っと。お疲れ様、英雄」
「……これは、返す」
倒れそうになった英雄をキャッチ。
英雄は律儀に気を失う前に迅罰をアラッドに返した。
「スティーム!!!」
「はいよ!」
事前に取り出していたポーションを傷口などにぶっかけた。
腕前が確かな錬金術師から購入したポーションということもあり、グリフォンとの戦いで受けた傷は直ぐに治っていくが……それでも英雄は目を覚まさなかった。
「……あっ、あれは!!!!!」
ここ一年間、冒険者の間で一番ホッとな人物。
偶々通りかかり、自分たちが頭を下げ、涙を零しながら彼らを助けてくれと頼み込んだアラッドたちが、従魔たちと共に……背に、街一番の冒険者である青年を背負いながら帰って来た。
「あ、アラッドさん!!! スティームさん!!! ガルーレさん!!!! ぐ、グリフォンは……グリフォンは、倒せたんですか!!??」
アラッドたちのこれまでの実績を考えれば、Bランクモンスターとはいえ、グリフォンを倒すのはそう難しくない。
しかし、その陰に怯えてきた者たちにとっては、グリフォンが倒されたという証……死体を見なければ、落ち着くことが出来ない。
「落ち着いてくれ、門兵さん。グリフォンの死体は後で見せる。まずは、この英雄をゆっくり休める場所に連れていってやってくれ」
「は、はい!!!!!」
英雄とは幼馴染とも言える関係の門兵は急いで受け取り、ダッシュで街の中へと入っていった。
「あいつは……無事、なんですよね」
もう一人の先輩門兵が落ち着きながらも、不安の色を隠せない様子で英雄の容態について尋ねた。
「えぇ、大丈夫ですよ。相当無茶をしたようですが、呼吸は安定してます」
「そ、そうですか……良かった」
アラッドが英雄と称した青年の思いは、多くの領民たちが知っていた。
当然、この門兵も彼の冒険者として活動する理由を知っており、相当無茶をしたと知って不安な気持ちが跳ね上がったものの、命の別状はないと知り、ほっと一安心した。