六百六十二話 惚れる背中
「ふぅーーー…………はぁああああああああアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」
「ッ!!! グルルルゥゥウウウウウアアアアアッ!!!!!!!」
一人の冒険者が雄叫びを上げて駆け出し、空を駆けるグリフォンはまだ自身に刃を向ける人間を仕留めるため、余計な思考を捨てて吼えた。
「……アラッド、君はあの冒険者が、本当に一人でグリフォンに勝てると思っているのかい」
三人が到着した時、戦況は……決して互角と言えるものではなかった。
グリフォンの体にも多少の傷はあれど、体力が半分を切っていることはない。
対して、一人残って戦っていた青年の体力は完全に半分を切っており……残り二割から三割といった程度。
アラッドたちが到着しなければ、確実に殺されていただろう。
「さぁ、どうだろうな」
「っ……びっくりするぐらい考えてなかったんだね」
「そうだな。あまり……深く考えていなかった。ただ、強い何かを感じ取った。スティームも、あの人から発せられている覚悟は感じただろ」
「それはそうだけど……」
覚悟。
眼に見える何かではなく、感じることでしか解らない、その人の意志の強さ。
(……迅罰を使っているからか、多分僕たちが着くまでと比べれば、戦況は良い方向に向いている。でも……どうなるかは、まだ解らない)
青年が元々雷魔法を覚えており、雷を武器に纏わせて戦うスタイルが得意だったという事もあって、迅罰に振り回され過ぎているという印象はない。
それでも、スティームの見立てではようやく五分に持っていけたといったところ。
「確かに凄い覚悟というか執念? だったね。もしかして、あのグリフォンに家族か親友、信頼していた先輩でも殺されたのかな」
「どうだろうな。その可能性もあり得そうだが…………俺は、あの人が何かを背負っている様に見える」
「グリフォンを討伐してほしいっていう住民たちからの希望?」
「それもあるだろうけど、他に……別の何かも、背負ってるような気がする」
それを感じ取ってしまったからこそ、覚悟を無下にする対応を取れなかった。
というのは建前ではなく、本音である。
だが……アラッドが青年に己の得物を貸す、それだけしか助力しなかったのには、それよりも大きな理由があった。
(背中を見て惚れたってのは……初めての感覚だな)
漢が漢に惚れた。
アラッドはその感覚を始めて体験した。
「……ここで彼の我儘を無視して手を貸せば、その背負ってる者が崩れ落ちてしまうかもしれない。だから、武器だけを貸すだけに留めたと」
「そんなところだ」
「…………解ったよ。いや、正直まだ納得出来ない部分は少しあるけど、もうそこに関してはあれこれ言わない。でも、一つ確かめたいことがある」
「なんだ?」
「本当に、あのグリフォンが彼に勝ったら、見逃すのかい」
再度、確認しておきたかった。
街を、住民を怯えやかす脅威を……見逃すのかと。
「約束だからな。ただ、もう一度この街にくれば、必ず殺す。そう脅すぐらいはしておこうか」
「……それなら、うん……良いかもね」
適当に言っているのではない。
眼を見れば本気で言っているのだと解る。
(本気のアラッドに脅される、か……モンスターにどこまで記憶力があるのかは解らないけど、その脅迫が本能に刻まられるのだとすれば……トラウマになるかもしれないね)
これまで、本気で戦うアラッドは見たことがある。
最近で言えば、クロと共に挑んだAランクモンスター、轟炎竜との一戦。
スティーム自身は闘技場の戦いで、ほんの一瞬とはいえ、狂化を纏った本気のアラッドと対面出来た。
先日、人に対して強烈な怒りをぶつけた光景は記憶に新しい。
しかし……誰かを本気で脅す光景は見たことがない。
(……ここで彼に殺されたとしても、勝利を得て別の場所に移れたとしても……地獄なのは変わらないかもしれないね)
ほんの少し、グリフォンのこれからに同情するスティーム。
戦況の傾き次第では、この場で殺されてもおかしくない。
だが、なんとか青年を倒せたとしても……強烈という言葉では生温い脅迫を受け、死ぬまでトラウマとして残り続けるかもしれない。
「どうやら……そろそろ、決着が着きそうだな」
第二ラウンドが始まってから数分後、確実に終点に近づいていた覚悟を決めた青年とグリフォンの激闘。
「ぬぅっ!! あぁあああああッ!!!!!」
「ッ!!!???」
迅罰は、正確にはロングソードではなく、木刀に近い。
故に強力な力を持っていれど、最初はロングソードとの違いに戸惑いを感じていたものの、青年は直ぐに扱いを心得た。
決して、剛柔の様に誰かが導いてくれるような感覚があったわけではない。
ただ……青年の負けられないという思いが、圧倒的な速さで迅罰の扱いを把握した。
斬る、切断するのではなく、叩き斬る。
場合によっては弾き飛ばす。
打撃と斬撃が混ざり合った攻撃にグリフォンは大いに苦戦させられた。
爪を使った蹴撃はグリフォンにとって敵を引き裂く大きな武器の一つだが、今の青年にはそれを弾き返す力がある。
遠距離は多数あれど、不用意に放つことだけには集中できない。
では…………逃げる?
それこそ絶対に取ってはならない行動であり、背を向けた瞬間に斬撃刃が迫りくることは明白。
なにより、せっかくのチャンスを自ら不意にすることとなる。
「ッ!!! キィィィイイイイェヤアアアアアアアアアアアッ!!!!」
覚悟を決めた獣は恐ろしい。
だが、それは人間も同じである。