六十三話 誰かさんと似てる
あと一日馬車を走らせれば王都へ着く。
そんな日の夜、アラッドたちが夕食の準備をしてると一体のお客様がやって来た。
「あれは……ハードボアだね」
Cランクモンスター、ハードボア。
大きな二つの牙という凶悪な武器を持つが、兵士や冒険者を困らせるのはそこがメインではない。
厄介なのはその堅い毛皮。
刃に魔力を纏ったとしても斬れない場合があり、斬れたとしてもズバッと中まで斬れない。
そんな結果は珍しくない。
ちょっと珍しい客がやって来たとしても、パーシブル家に仕える騎士たちが戦えばそこまで大きな脅威ではない。
ただ……そこに待ったの声をかける人物がいた。
「父さん、あれ俺が倒しても良いですか?」
「えっと……もしかして動き足りないのかい?」
「昼休憩の時も動きましたけど、やっぱり実戦をしたいなと思って」
「……分かった。この一戦は許可するよ」
「ありがとうございます」
早く決断しなければ、ハードボアがこちらに来る。
騎士たちはアラッドの言葉を聞いてどう対応すれば良いのか迷っていたので、フールが早い判断を下したお陰でうっかりハードボアを殺さずに済んだ。
ただ、騎士たちの中で数人ほどは不安そうな表情をする者がいた。
騎士たちはアラッドの護衛として一緒に森の中に入ることはないので、アラッドがどれだけモンスター相手に圧勝しているのかを知らない。
しかも相手はCランクのモンスター。
本来七歳の子供が戦う様な相手ではない。
だが、アリサやグラストとの模擬戦を観てアラッドの実力を正確に把握している騎士たちは万が一には備えるが、負けるとは思っていなかった。
「お待たせ、それじゃあやろっか」
余裕綽々な表情で前に出てきた子供に対し、ハードボアは容赦なく地面を駆け……突進して自慢に牙でその柔らかそうな体を貫こうとする。
しかしアラッドの体に触れる二メートル手前で完全に動きが止まった。
スピードをマックスまで上げる距離が足りなかったとはいえ、自分の動きを完全に止められた。
その正体が何なのか分からず前に進もうとするが、一向に進まない。
だが、ハードボアの突進を糸で止めたアラッドの表情から先程の余裕が消えていた。
(Cランクの……しかも体当たりをメインで攻撃してくるモンスターの突進ともなれば、このまま糸をブチぎられてもおかしくないな)
ハードボアが体に魔力を纏っていなかったお陰で、アラッドも糸に魔力を纏わずに済んでいる。
だが、スキル突進を使用して突っ込んできたハードボアの体当たりはアラッドの糸を後数歩のところまで追い込んでいた。
「おらっ!!!!」
「ブゴッ!!??」
未だに何故自分が前に進めないのか分からず、無理矢理突き進もうとしていたハードボアに前蹴りを叩き込み、後方へ跳ばす。
身体強化に加えて脚力強化、そして魔力を足だけに纏っているので、Cランクのハードボアとはいえ動きを止められた状態では良いダメージを食らってしまう。
突進を止められてしまったハードボアは一旦大きく距離を取り、マックススピードが出せる位置まで離れた。
「アラッド様、ハードボアの最高速から繰り出される突進はかなりの威力があります。援護はよろしいでしょうか」
「あぁ、大丈夫だ。問題無い。違うところからモンスターが来ないか警戒していてくれ」
手出しは無用。そう伝えて鼻息を荒くしながら地面を駆けるハードボアに意識を向ける。
(イノシシだからか、攻撃方法は誰かさんに似て猪突猛進だな)
うっかりドラングの方に視線を向けそうになり、慌てて目の前の相手に集中する。
今度は全身に魔力を纏い、アラッドを殺す気満々で走り出した。
だが、感知力が低い部分を狙ってマックススピードに到達する前に大量の糸に魔力を纏って通り過ぎる位置に設置。
脚を切るのではなく引っかけるのが目的なので、スレッドチェンジによって頑丈な糸質に変えている。
「ブバァッ!!!」
アラッドが糸を出すタイミングも良く、ハードボアは緊急回避することができず、盛大に顔面から地面に激突した。
「隙あり」
スレッドチェンジで糸質を変化し、地面に顔を思いっきりぶつけた衝撃で纏っていた魔力が消えた瞬間を狙い、首をスパッと切断。
「確かに堅いかもしれないけど、攻撃がくるって分かってない状態の時は意外と切れやすいのかもな」
その考えは決して間違っていないが、何度も実戦を経験することで糸のレベルは確実にアップしていた。