六百二十九話 形や感情は違うけど
リバディス鉱山の最寄り街に着く前の街で、アラッドはシルフィーに手紙を送った。
ただ一方的な手紙ではなく、返事を求める内容。
(アッシュは強い……センス、才能は間違いなくずば抜けてる。ただ……自分の行動でモンスターを生み出してしまうのか……そういうった事に関しては、多分鈍いんだよな)
鈍感系主人公……とはまた違う存在。
恋愛そのものに興味がない。
今のところ、どれだけ異性と関わろうとも友人止まり。
それはアッシュが意識的にそうしてるのではなく、何か……アッシュの心境に変化をもたらす程の人物でなければ、まず自分が関わってる人物はそういう存在なのだと認識すらしない。
「弟君に手紙を送ったの?」
「いや、妹の方に送った」
「もしかして、アッシュ君は手紙とかだと面倒になってあんまり細かく書かない感じ?」
「そんな事はないと思うが……鈍いところがあるからな。正確に聞くなら、妹のシルフィーの方が良い…………そのシルフィーの方が、少し心配ってのもあるけどな」
ずば抜けたメンタルと向上心を持っていると聞いていたため、二人はアラッドの言葉を聞いて思わず首を傾げる。
「何故、シルフィーさんの方が心配なんだい?」
「どうにかしてアッシュと関りを持とうと考えれば、まずシルフィーと関わるのが攻略方法としてはセオリーだろ」
「それはそうだけど…………もしかして、振られた怒りや悲しみの矛先がシルフィーさんに向くと?」
「双子の妹だから、バカみたいな疑いは持たれることはおそらくない。シルフィーにとってはアッシュもいずれ完全に越えたい存在だからな……ただ、失恋に関しての怒り? とかは振った相手か協力してくれた相手とかに向きやすいんじゃないかと思ってな」
そもそもシルフィーはアッシュに興味を持った相手に対し、誰彼構わず協力することはない。
シルフィーもアッシュは錬金術に熱中してこそアッシュだと思っている部分があり、アラッドの様に下手に異性に対して興味を持ってもらおうとは思わない。
ただ……自分の眼でしっかりと見て、この人物になら……とりあえずアッシュに関する情報を教えても構わないと思うことはある。
「……そういえば、そんな逆恨み? かなんかが原因で酒場が崩壊したって事件を聞いたことがあるかも」
「酒場が崩壊って……そこの店主にとっては、完全にとばっちりだな」
ガルーレの聞き間違いではなく、それは本当に起こった事件。
学園が崩壊するなんて事はあり得ないが……狂う、もしくは気持ちが突き抜けたバカは、場所を選ばずやらかす。
「とりあえず、俺としてはアッシュの方も心配だが、相談されてるかもしれないシルフィーの方も心配なんだよ」
「良いお兄ちゃんだね~。けどさ、アラッドの弟と妹なんだから、当然侯爵家の人間じゃん」
「そうだな。因みに二人の母親の方も立派な血統だ」
「だったら尚更、そんな人物にバカな真似をしようなんてなるの? アッシュ君とシルフィーちゃんが悪意を持って何かしたわけじゃないんでしょ。こう……掲げる正義? 正当性みたいなのが皆無じゃん」
ガルーレが何を言いたいのか解かる。
異世界人であるアラッド……英二にとっても、本当に良く解る。
ただ……冒険者という職に就いている以上、よくよく自分の人生を振り返れば、その疑問は直ぐに解ける。
「あれだよ、ガルーレ。これまでの冒険者人生の中で……命を懸けて強敵に挑んだことがあるだろ」
「何度もあるね。もしかしたら死ぬかもって思った戦いもあった」
「それと同じだ」
「……どういう事???」
「戦闘職についていない一般人からすれば、負ける可能性があるなら逃げれば良いじゃん……そう思うはずだ」
「ま、まぁ……それは確かにそうかも」
戦闘や夜の戦闘もそれなりに好きなアマゾネス。
一般常識とはやや離れた位置に存在する種族だが、他種族の常識というのも……ある程度は理解出来る。
「形というか、感情は違う。善悪とかそこら辺も違うだろう。でも、リスクを無視して己の意志を貫き通す。そういった部分は同じだ……俺も、過去に学園内で同級生から襲われたことがある」
「ま、マジ?」
「大マジだ」
「喧嘩を売られたとかじゃなくて」
「文字通り襲われた。そいつはいけないお薬を服用してた。俺との埋まらない差をそれで埋めて、俺という気に入らない異物を殺したかったんだろうな」
その生徒の親の爵位はフールより下であるため、明らかに無謀過ぎる行動。
そんな事はその生徒も解っていた筈だが……それでも止まらなかった。
「っと、そうなると学園長の方にも一応手紙を送っておいた方が良さそうだな」
貴族であってもそう簡単にパロスト学園の学園長に直接手紙を送ることは出来ないが、差出人があのアラッドであれば話は別。
実際に手紙を受け取り、全てを読んだ学園長はアラッドの気にし過ぎ……と一蹴することはなく、似た様な前例があるため真剣にそういった問題が発展しないように対策を講じた。
ただ……対策を講じたからといって、絶対に何も起こらないかどうかは……誰にも解らない。