五百三十七話 本当に運が良かった
「久しぶりだな、アラッド」
「どうも、お久しぶりです」
「あ、あああああああアラッド。こ、これ、は……」
スティームの目の前にいたのは、一体の巨大なドラゴンだった。
スティームだけではなく、雷獣の成体との戦闘で勇敢にも接近戦を挑んだファルも同じぐらい、驚愕の色を顔に浮かべていた。
「オーアルドラゴンさんだ。俺たちがこの前倒した雷獣と同じAランクのドラゴンだ。オーアルドラゴンさん、こいつは今俺とパーティーを組んでるスティームです。それで、後ろのストームファルコンはスティームの従魔です」
「ほぅ、そうかそうか。良き仲間を見つけたようだな」
おそらくAランクのモンスターであることは解っていた。
ただ……体感では、目の前のドラゴンから発せられている圧は明らかに成体の雷獣よりも上だった。
「久しぶりに実家に帰って来たんで、挨拶しとこうと思って来ました」
「そうか……では、お主の料理でも食べながら話を聞かせてもらおうか」
「分かりました。少し待っててくださいね」
亜空間から必要な道具をささっと取り出し、早速料理を始める。
「…………」
アラッドが料理を行っている間、まだ状況が良く呑み込めていないスティームがカチコチ状態がずっと続いた。
「さぁ、出来上がりました。食べましょう」
「相変わらず良い匂いをさせるな」
「ほら、スティームとファルも食べようぜ」
「あ、うん」
促されるままに即席の席に腰を下ろしてフォークに手を伸ばす。
言われた通り目の前の料理を口にするも……緊張し過ぎて全く味が解らなかった。
食事が始まってから主にアラッドが自身の冒険譚を話し続け、最初に話した雷獣の話へ辿り着く。
「ふむ。良くあの雷獣を倒したな」
「オーアルドラゴンさんは過去に雷獣と遭遇したことがあるんですか?」
「若い頃にな。負けはしなかったが、それなりに苦戦したのは覚えている。苦い思い出という奴だな」
「「…………」」
一人で雷獣と戦い、勝利した。それだけで十分凄い功績なのだが、苦戦したという理由でオーアルドラゴンの中でその戦いは苦い思い出認定されていた。
「しかし、お前たちだけで倒すとは……やはり人間の成長は恐ろしいな」
「スティームが最後に赤雷を纏った拳を叩きこんだんで倒したんですよ」
「ほぅ……お主、赤雷を扱うのか」
「は、はい!!! ま、まだまだ持続時間は長くありませんが」
赤雷は高ランクの雷属性モンスターであっても、限られた個体しか会得出来ない。
オーアルドラゴンの記憶にもモンスター、人間も含めて魔力に色を持つ者は極限られた数しかいない。
それ故に、自然とスティームに向ける視線の種類が変わった。
(……現時点では本気のアラッドに及ばぬだろう。しかし、今の段階で既にアラッドの脚は見えておる。これからもアラッドは成長するだろうが……こ奴は、そのアラッドに追い付ける逸材の一人だな)
赤雷……だけではなく、スティームの全体を見てオーアルドラゴンはそう評価した。
そんな、スティームにとってこの上なく嬉しい筈の評価を下されているとは知らず……視線の種類が変わったことで、緊張感がグッと増していた。
「それはそうと、お主……ユニコーンに出会えたのだ」
「はい。何と言うか、非常に運が良かったです」
黒いケルピーが通常種のケルピーを数体引き連れ、ユニコーンの親子を襲っている場面に遭遇。
そこでユニコーンの味方をしたことで、運良くその神々しい姿を目に焼き付けることができ、有難いことにユニコーンの角まで手に入れることが出来た。
「であろうな。長い間生きてきたが、儂は出会えたことがない」
「えっ!? そうなん、ですか」
「そうだ。そもそも、ユニコーンの様な警戒心が強いモンスターが、儂の様な存在に気付かないと思うか?」
「…………思えません」
「そうだろ。一時、ユニコーンに近づいてみたいがために、気配を消すことに時間を費やしたものだ」
意外な過去に驚くアラッドとスティーム。
ユニコーンに近づくために気配を消す訓練を行う……そんなオーアルドラゴンの姿を無意識に想像してしまい、思わず吹き出して笑ってしまった。
「そ、そうだ。これがユニコーンの角です」
「………………やはり美しいな。できれば生きているユニコーンを見てみたいが、この角を間近で見れただけで儲けものというものだな。ところでアラッド、お主……男になったのか?」
「ッ!!!!???? そ、その…………か、顔に出てましたか?」
「いや、雰囲気の差だ。今より……百年ぐらい前の事だったか。一度儂に挑んで来た青年が一か月後にまた挑んできたのだ」
「そ、それはなんとも……無謀ですね」
人は一か月で変われないこともないが、Aランクの竜種であるオーアルドラゴンを倒すとなれば、どう足掻いても時間が足りない。
「一度目は気まぐれで生かしたのだがな。バカだと思いながら二戦目を行ったが、一戦目と比べて踏み込みが深くなっていた。ただがむしゃらになったのではなく、踏み込むべきタイミングで深く踏み込めるようになっていた。当然勝ちはしたが、その男を殺す前に尋ねたのだ。何故たった一か月でそこまで変わったのだとな」
そこで帰ってきた答えが、童貞を捨てたというものだった。
といった過去があったため、オーアルドラゴンは出発前に顔を合わせた時と、久しぶりに戻って来た雰囲気の差異でアラッドが童貞を捨てて男になったことを察することが出来た。




