五百三十四話 それだけは教える
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!! アラッド様の初めての相手って、どんな人だった!!!」
野郎だけの酒盛りから戻って来たガルシアにダッシュで駆け寄るレオナ。
「……強く、芯のある女性だった。これだけは教えておこう」
「いや、それぐらい私たちでも予想出来るって! もっとこう、詳しい事を教えてよ!!」
「言っておくが、俺たちもそこまで詳しいことを教えてもらった訳ではない。それに……お前たちが予想したという事実よりも、アラッド様が実際に強く、芯のある女性だと口にした事実の方が重要だろ」
予想はどこまでいっても予想。
実際に本人の口から出たという事実と比べれば、希望的観測でしかない。
そんなガルシアの言い分にエレナは納得した表情を浮かべるものの、やはりもう少し詳しい情報が欲しかった。
「というか、そんなに調べようとしたところで、何かをどうこう出来る訳ではないだろ」
「解ってないな~、お兄ちゃん。そういうの関係無く、アラッド様の初めての相手という超凄い存在は知りたくなるものだよ」
「……そうだな。その気持ちは解らなくもない」
アラッドはこれまで知り合ってきた女性たちのそそられる者こそいたが、実際にその気が起きることはなかった。
童貞を捨てた年齢を考えれば、ありふれたタイミングではあるかもしれないが、それでもその男がアラッドとなれば……寧ろやや遅いと思う者が多い。
「ただ、強さに限れば通常状態のスティーム様よりも強いらしい」
「へぇ~~、それは確かに強いね」
「性格に関しては……やや男前より、といったところか」
教えられる情報は本当にここまでだと判断し、アルコールを摂取した体が睡眠を求め、そのままベッドに倒れるように寝た。
「……ねぇ、エレナ。どこで知り合った人だと思う?」
「そう、ですね……おそらくですが、二つ目の街であるマジリストンで知り合った女性でしょう」
「二つ目の街か~。ちょっと早くない?」
「そうかもしれませんね。しかし、アラッド様が初めての相手として選んだということは、それだけ素晴らしい方なのでしょう」
そうとしか思えない気持ちと、そう思いたい気持ちが半々。
素晴らしい方なのだと思うのであれば調べる必要はないだろ、とツッコまれるかもしれないが、それはそれでこれはこれという問題だった。
「っし、それじゃ行くか」
「アラッド、実家に帰って来たんだからもう少し休まないのかい?」
「何言ってんだ。実家に帰ってきてから、ぶっちゃけちゃんとした休息日だったか?」
「…………うん、そうだね。僕が間違ってたよ」
アラッドが実家に戻ってきてから数日間、スティームは大体朝から夕食前までガルシアやエレナたちと模擬戦などを繰り返すか、子供たちの遊び相手となっていた。
朝昼晩、どの時間に出される料理も美味しく、レベルが高い相手との模擬戦は非常に為になり、子供たちの相手をするのは疲れるが癒されもする。
ただ……それらの内容を振り返ってみると、確かに休息日とは言い難い。
「実家に帰って来たからって、冒険者として働かないのもな……なんか引きこもりみたいだろ」
「そんな事はないと思うけど……まぁ、他の冒険者たちからすれば、あまり良く思われないかもしれにね」
「そういう事だ」
朝食を食べ終えた後、二人はクロとファルと共に冒険者ギルドへと向かう。
道中、多くの人に声を掛けられながら進み、ようやく到着。
ギルド内へ入ると、まだ朝の渋滞時間が終わってないこともあってか、多くの視線が二人に集まる。
「おっ、やっぱり帰ってきてたんだな」
「久しぶりに見たが……また一回り強くなった気がするな」
「ん~~~……なんか、色気? が出てきたように見えない?」
「解かる! なんか、昔からそういう感じがあったけど、色っぽさが増したっていうか」
幼い頃から森の中で倒したモンスターの素材をギルドで売っていたため、昔から拠点にしている冒険者たちにとって、アラッドは歳の離れた弟の様な存在だった。
そんな弟が友人を連れてきたとなれば、歓迎しない理由はない。
というか、彼らとしてはやっとアラッドが自分たちと同じ道に、現場にきたということで一緒に酒を呑みたかった。
だが……バカというのはどこにでもいる。
最初にギルド内に入ってきたアラッドへ声を掛けたのは、アラッドのことを幼いころから知っているベテラン……ではなく、ここ最近やって来た若手の中でも有望な冒険者だった。
「あんたがアラッド、であってるか?」
「あぁ、そうだな。俺がアラッドで合ってるよ」
「ふ~~~~ん……あれだな。こう言っちゃ不味いんだろうけど、やっぱりあんたが噂通りの実力を持つ人物には思えねぇな」
有望なバカがそう言い終えた瞬間、アラッドを知っているベテラン組……よりも先にギルド職員たちの顔が凍り付いた。
冒険者ギルドが貴族という権力者に屈するのはナンセンスだが、色々と面倒もあるので、決して対立はしたくない。
だからこそ、バカなアホがアラッドに変な絡み方をしてほしくなかった。
ただ……まだこの時はアラッドの表情がある意味凍り付くことはなく、それはそれで面白いと思い……薄っすらと口端が上がっていた。