四百八十九話 踏み出す力
(こいつがあのアラッドのパーティーメンバーの男か……ある程度強いのは解ってる。でも、こんなところで躓いてられない!!!!)
槍使いの騎士、アバックはスティームの試合をしっかりと観察していた。
その結果……まんまとスティームの術中にハマっていた。
先程の戦いで、双剣の底力は既に確認出来たと勘違いしてしまっている。
(おや……もしかしたら、本当に作戦が上手くいってるのかもしれないね。でも、だからって油断は禁物)
余裕という名の油断が生まれていたアバックに対し、スティームは自身の作戦が上手くいってるかもしれないと思いつつ、心の底から油断はしていなかった。
「二人とも、これは殺し合いではなく試合だ。それを忘れない様に」
「「はい」」
「よろしい。それでは……始め!!!!」
審判の合図と共に、両者は……直ぐにその場から動かなかった。
(うん、やっぱり構えに殆ど隙が見当たらないね)
(ん? 一回戦を見る限り、最初からガンガン攻めるタイプに思えたけど……実は違うのか?)
アバックはスティームが攻めてこなかったことに少々驚いたが、それなら自分が攻めるまでと意識を切り替え、鋭い刺突を放つ。
(速度は……一回戦目のレイピア使いより、速い、かな! でも、連射力は、そこまでじゃない、けど……一撃の威力は、やっぱり彼の方が、上だね!!!)
冷静に分析しながら連続で繰り出される突きを捌き……隙を突いて小さな斬撃刃を放つ。
勿論……狙うは頭部と股間。
二人とも雷属性をメインに使うスタイルであるため、雷の斬撃刃を飛ばして当てても、本当に大したダメージにはならない。
しかし、当たる場所が頭部と股間であれば話は別。
(っ!? 優しそうな顔して、随分とえげつない攻撃を、するんだね!!!)
アバックは直ぐにスティームの攻撃に反応はするものの、その攻撃に関して暴言を吐いたり非難することはなかった。
今回は命懸けの戦闘、実戦ではない。
しかし……騎士と騎士が互いのプライドをかけて戦う様な真剣勝負ではない。
真剣勝負ではあれど、ただ参加者のどちらかが強いのかを決めるためだけの試合。
そこには、試合前に何かするなどの反則行為を除けば、頭部や股間を狙った攻撃など、寧ろそこを攻めて当然まである。
(やはり、手数ではこっちがやや不利、だね)
槍には薙ぎ払いという、邪魔者を全て吹き飛ばす攻撃方法がある。
広範囲、高威力の攻撃ではあるが、使いどころを見誤れば諸刃の剣となる。
加えて……スティームの様なスピードに優れた戦闘者が相手であれば、尚更容易に使えない攻撃方法。
(……前後の距離感の調整が、上手いね。攻撃も、全然一定の、リズムじゃない)
苦戦という戦況を感じているのはアバックだけではなく、スティームも同じだった。
器用に片方でいなし、もう片方で斬撃刃を放って牽制。
上手く体勢が崩れたら一気に攻める……そう考えていたのだが、その場に陣取るのではなく上手く前後に動き、距離感を微妙に崩されてしまう。
(もう、彼の心に油断はないかもしれないね……仕方ない。ここからは、勇気を振り絞る時間だ)
心の中で宣言した通り、スティームは勇気を振り絞った。
アラッドであれば嬉々として障害を潜り抜けようとするが、それはアホみたいに鍛え上げた肉体とバカみたいに積み重ねてきた実戦があるからこその結果。
そんな鬼才に対し、スティームは勇気を振り絞らなければ、目の前の騎士に勝てる道筋が見えない。
ただ……アラッドとの初戦闘で見せた様な怒りはない。
冷静に、一歩ずつ、タイミングを見計らい……勇気を振り絞った。
「ッ!!!!」
勇気を振り絞り、完全に攻撃を見切った最高のスタートダッシュ。
しかし、アバックも並の戦闘者ではない。
首筋に迫る刃のイメージをリアルに感じ取り、大げさにステップバック。
リングの外に落ちなければ構わない。
そういった考えが見え透いて解るほどの緊急退避。
(魔力には余裕がある。少し、削ろうか)
手数では対戦相手の方が上……その事実を、背水の陣に追い詰められたアバックは再度思い知らされる。
幾重にも放たれる雷の斬撃刃への対応に追われる。
(この数は、さすがに、不味い!!!!!)
ここで斬撃だけではなく、刺突が解禁された。
斬撃刃だけであれば槍の中央を持ち、両端を使って弾けば手数の多さはカバー出来る。
だが、そこに刺突まで混ざると、槍で捌くだけでは限度がある。
(ここで……終わるのか?)
離れた場所からただ遠距離攻撃を放ち続けるだけではなく、徐々に徐々に近づき、その首を刈り取ろうと近づいてくる
(…………ふざけるな!!!! そんなの……いくらなんでも、ダサ過ぎるじゃないか!!!!!!)
何故、今回のトーナメントが開かれたのか。
その理由を思い出したアバックの表情が急激に変わった。
アバックもまた、アラッドの様に障害に対して嬉々とした表情で挑む様な、意図的に頭のネジを外したような人間の形をしたナニカではない。
それを本人も解ってるからこそ……スティームと同様に、勇気を振り絞った。




