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四百六十話 狂うと解っていても

「あ、ありがとう、ござい、ました」


「どうも……どうかな、少しは気分が晴れたかい?」


二人はジャン・セイバーが在籍している学園の訓練場に移動し、模擬戦を行った。


既に夕日は沈み、月が出ている時間。

基本的に部外者は学園に予定がなければ入れないが……客が先日国から勲章を貰ったギーラス。

そしてそのギーラスを連れてきた人物がジャン・セイバーだったこともあり、特に問題が起こることなくすんなりと中へ入れた。


「…………ギーラスさん。俺は、これ以上強くなれないのでしょうか」


「ふむ……まず、そんな事はないと言わせてもらうよ」


まだまだ年齢は十八と、これからが全盛期を迎える歳であり、肉体の強さや技術を鑑みるに、早々にレベルの上昇がストップするとも思えない。


正しく努力をし続ければ、まだまだこれから強くなれる可能性は十分にある。

それが実際に手合わせをしたギーラスの見解だった。


「本当に、そうでしょうか」


有難い言葉であり、これまでの経験から来年には一人の先輩となる人物が、嘘を付いてるようには思えなかった。


普段であれば、崩れかけていた自信が再形成される切っ掛けになるものだが、今のジャンは有難い嘘偽りのない言葉を受け取っても、崩れた自信が元に戻ることはなかった。


「俺は、今年こそフローレンスに勝とうと、必死に努力を積み重ねてきました」


ジャンがフローレンスを意識し始めたのは昨年ではなく、それよりももっと前から……同世代の中でフローレンスの強さが際立ち始めた時から、強くライバル視していた。


「大会が終わるまでは、今年こそ……長年の目標を達成出来るという自信がありました……しかし」


「準決勝戦で、アラッドが君の前に立ちふさがったという訳だね」


「はい、その通りです」


勢いがあるだけの調子に乗っている新入生ではなく、芯のある強さを持つ強者だと認識していた。

それでも、ジャンにとって結果を知るまではライバル、フローレンスを越えるための通過点。

人によっては傲慢と思える心構えだったが、実際のところ……レイやアラッドの様な異常者がいなければ、その心構え通りに決勝戦でフローレンスと戦っていたのは、間違いなくジャン。


彼の実力もまた、本物であった。


「途中からではありますが、出し惜しみしている場合ではないと悟り、全力でアラッド君を倒そうと決めて動きました。まだ……その時点では、手遅れなどとは考えていませんでした」


本人の言葉通り、手遅れ……という言葉は相応しくなかった。


「しかし、結果として俺は敗れ、決勝戦では……彼がやり過ぎないように、手加減していたことを知りました」


噂の糸、切り札である狂化に関して、アラッドはジャンとの試合で使うことはなく……そもそも、使うつもりが一切なかった。


「そしてフローレンスに関しても、俺は……追いついたつもりで、勝手に舞い上がっていて……」


当時の光景を思い出し、思わず涙をこぼすジャン。


そんな未来の後輩に対して、ギーラスは中々かける言葉が浮かばなかった。


(ライバルだと思っていた人が、遥か遠く先を歩いていて……そして通過点だと思っていた後輩も、実は同じく遥か先を歩いていた……そんな現実を知ってしまえば、涙を流してしまうのも、無理はないだろう)


涙を流す暇があるなら、その前に目標に向かって足を踏み出せ!!! などと熱血が過ぎる言葉を掛けるほど、ギーラスは人の心が解らない空気が読めない老害ではなかった。


「俺は、俺はどうやったらあいつらに追い付けますか!!!!!」


涙どころか、少々鼻水が垂れている。

イケメンフェイスが非常に台無し状態ではあるが……人によっては「寧ろ最高過ぎる」といった感想を漏らす女性がいるかもしれない。


(……変に、嘘は付けないね)


アラッドと同様に、ギーラスもそういった問いに関しての答えは解っている。

他の者から問われればそれっぽい答えで濁し、本当の答えを伝えることはない。

口にしたとしても、それを実行しろとはとてもとても言えない。


「狂う、しかないね」


「狂う……ですか」


「そうだ。フローレンスさんの方に関しては詳しく知らない。日ごろの鍛錬は行っているだろう。しかし、彼女が身に付けた自己強化スキルと精霊との契約に関しては……全てが努力どうこうでなんとかなるものではない」


実際に本人に会って話したからこそ、ただセンスと才能にかまかけた強者ではないと断言出来る。


「ただ、弟に関してはそれなりに成長を見てきた……弟は、アラッドは強くなることに対して疲れを感じていないんだ」


「それは……どういう」


「剣技の訓練を行えば、次は魔力操作の訓練を行う。今日は十分に剣技の訓練を行ったと思えば、双剣技や槍技の訓練を行ったりする」


ハッキリ言って、異常である。

好きなことであっても、そこまでのめり込めるものではない。


「モンスターとの戦闘に関しても、己が得た力、技術を試すことに楽しさが心の八割を占めていると、狩りに同行していた騎士が教えてくれたよ」


「モンスターとの戦闘を、心から楽しむ……ですか」


「アラッドは子供の頃からずっとそんな調子でね…………だからこそ、ソロでAランクモンスターを倒せる領域に到達した」


「ッ!!!!!!」


先日耳にした衝撃の内容を思い出し、改めて……どれだけ狂っているのか思い知らされる。


「もし……本当に君がアラッドやフローレンスといった怪物たちに追い付きたいなら、最低限の人付き合いだけ心がけて、後は強くなることだけに時間を費やす。勿論、誰かに迷惑をかけたり犯罪を犯さないようにね」


「……強くなること、だけに……」


この助言が、本当に目の前の青年の未来を狂わせてしまうかもしれない。

それでも……ジャン・セイバーが求めていた助言は、まさにそれだったのだ。

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