四百五話 悟られず、慎重に
墓荒しの黒幕が拠点としているであろう場所が判明した翌日……表面上、いつもと変わりはない日常が送られていた。
というものの、拠点らしき場所が分かったのは良い。
アラッドが即席で書いた地図も、意外と分かりやすいため、マジリストン以外の街からも冒険者を送りやすい。
ただ……着々と準備を進めていれば、もしかしたら潜んでいるかもしれない敵側の人物から、情報が洩れるかもしれない。
(出動は、少なくとも一週間後か)
墓荒しの討伐に参加確定であるアラッドは、その詳細をギルド職員から報告されており、なるべくいつも通り動いていた。
仕事のし過ぎで宿の従業員が少々心配になるほど動き、まだアジトが解っていない体で探し続けるふりをする。
「アラッド君、明日も頼んで良いか?」
「あぁ、構わない」
加えて、そこに討伐参加が確定しているマジットとの訓練が追加された。
アラッドとしてもレベルが高い人物との模擬戦は大歓迎なため、断る理由はない。
(……若干ではあるが、減ってきたな)
アラッドがマジットと共に訓練場に入ると、そこには変わらずまだ卵のルーキーから、ケツに殻が付いたルーキー……そして、ようやくケツの殻が取れたルーキーたちが居た。
当然、先日と同じくアラッドを見張るという名目で訓練場に訪れているが……中には、アラッドの動きを少しでも盗もう、と考えるルーキーも増えてきている。
(まだ俺にギラついた負の感情を向けてくる人はいるが……襲って来ないだけまともか)
延々とそういった視線を向ける人物たちは、一般的に考えてもまともではないが、やや感覚が狂ってきているアラッドは、それぐらいまだまともな方だと認識していた。
「マジットは……恐怖とか、ないのか?」
「それはどういう意味の恐怖だ?」
「……相手は、おそらく死体を操る。その中には、マジットの友人もいるだろ」
友の死体を相手を前にして、その拳を……脚を全力で震えるのか。
経験はないが、アラッドは一瞬躊躇してしまうのではないかと思えてならない。
「アラッドは優しいな」
「俺だけじゃなくて、他の連中も同じ心配をしてるはずだ」
俺だけが心配してるわけではないと伝える。
それらの心配を嬉しく思うマジットだが、既に決意は固まっている。
「操られてしまうであろう友は、望んで操られている訳ではない。寧ろ、今回の黒幕に操られ、誰かを傷つけるなんて……生涯の恥と思うような奴だ」
死んでしまった友に、罪を負わせたくない。
故に……その瞳に恐れは一切ない。
「だからこそ、真っ先に私が倒さなければならない」
「……強いな」
「ふふ、これでも年齢は君より上だ。精神面では、まだ負けないさ」
アラッドの実力を評価するような言葉ではあるが、評価された本人としては、まだマジットの底が見えず、ある意味恐ろしさを感じていた。
(狂化がある、烈風双覇断がある……糸もあるが、それでも本気になったマジットさんに勝てるか否か……この人、本当に引退してるんだよな)
特殊なスキル、父親譲りの必殺技。
手綱を握るのに苦労するスキル。
それらの並外れた力を持つアラッドだが、もしマジットが本気になれば……と想像すると、明確な勝利が浮かばない。
(潜在能力? 的なあれはフローレンス・カルロストが上な気がするが……引退してもここまで強いって、十分反則的な人だよな)
同僚、同じ戦闘者からすればアラッドも十分反則的な存在。
しかし……マジットの冒険者時代や、受付嬢になってからの経歴を詳しく知る者であれば、決して今でもアラッドやフローレンス・カルロストといった今を代表する若い世代のトップたちにも負けないと断言出来する。
「よし、それじゃあ、そろそろ始めようか」
「あぁ、そうだな……まずは魔法、魔力をメインで戦うからな」
アラッド自身が周囲に被害が及ばない様に風の結界を張り、まずはマジットが先制。
魔法、魔力をメインで戦うも結果は先日と同じく引分け……になると思われたが、今回は明確に決着が着き、マジットが勝利を収めた。




