百五十五話 必死で堪える
「ちょっと待て!!!! そこのガキは、本当に金を持っているのか!!!!」
オークションに会場に一つの怒号が轟いた。
(ちょっと、やり過ぎたか? でも、これぐらい金を使った方が……こう、経済を回す? だろ)
腹がでっぷりと出ている貴族の男と、仮面を付けた少年に会場中の視線が集まる。
何故こんな状況になったのかというと……簡単に言えば、アラッドが奴隷の出品が始まってから三回落札を行った。
正確に言えば、合計で五人の奴隷を落札した。
元々出品される奴隷を落札する予定などなかった。
なかったのだが、舞台の上に立った奴隷を落札しようとする者たちの眼が……明らかに気色悪いと感じた。
買われた奴隷がいったいどういった目に合うのか……それが簡単に予想出来てしまう。
元々奴隷なんて買うつもりなどなかった。
だが……単純に同情してしまったのだ。
そう思い、無意識に落札額を宣言して参加し始めた。
その結果、エルフの姉妹を金貨千三百枚。
虎人族の兄と妹を金貨千四百枚。
ハーフドワーフの女性を金貨八百五十枚で落札した。
そして、丁度ハーフドワーフの女性を落札したタイミングで腹でっぷり貴族が我慢の限界に到達し、本当にアラッドが金を持っているのか否かという問題を指摘した。
本日、アラッドが使用した金額は
合計で金貨一万五千二百九十枚……黒曜金貨一枚と白金貨五十二枚に金貨九十枚。
やはり……どう考えても子供が自由に使える金額ではない。
貴族によっては、本日アラッドがアイテムポーチの中に入れている金額よりも、一年間の間に多く金を稼いでいる者はいる。
ただ……稼いだ金を全て自由に使えるわけではない。
だからこそ、アラッドが手に入れると望んだ物を落札することが出来た。
商品の売り上げの一割分と、アラッドが造ったプレミアム品に関しては全てアラッドの懐に入る。
プレミア品に関しては稀に木製以外の物も頼まれるので、アラッドの懐は非常に暖かい。
という事情を隠しているので、仮面を付けている少年が実は莫大な財産を持っているなど、腹でっぷり貴族は知らなくて当然。
当然なのだが……どれだけそこに疑問を持ち、イライラしてもその問いを口に出すべきではなかった。
(あの者……終わったな)
グラストは心の中でそう呟き、フールは薄らと冷たい笑みを浮かべた。
そして本当に払えるだけの金を持っているのかと怒鳴られたアラッドは……特に怯むことなくアイテムポーチの中から金を取り出した。
「えぇ、勿論持ってますよ」
アラッドがアイテムポーチから取り出した硬貨は……黒曜金貨が二枚。
周囲の者たちがギョッとした表情を浮かべる。
「しょ、少年。私は鑑定のスキルを有している。少し、その黒曜金貨をお借りしてもよろしいだろうか」
フールに顔を向けると、問題無いといった表情で頷いたので初老の男性に黒曜金貨を渡した。
初老の男性が本当に鑑定のスキルを有しているのはフールだけではなく、よく社交界に出席する者であれば周知の事実。
「……ふむ、どうやら本物の黒曜金貨だ。少年よ、疑って悪かった」
「いえいえ、自分の歳を考えれば疑われてしまうのも仕方ありません」
初老の男性がアラッドがアイテムポーチから取り出した黒曜金貨を本物だと宣言したことで、仮面を付けた少年が本当に支払い能力があると証明された。
そして……アラッドの支払い能力が証明されたことで、腹でっぷり貴族に対して嘲笑や侮蔑の視線が向けられるようになった。
「ッ~~~~~~~~~~~~~!!!!!! ぉ、あ…………」
腹でっぷり貴族の怒りのボルテージが頂点に達したところで……なんと血圧が上がり過ぎ、腹でっぷり貴族はその場で倒れてしまった。
(ぶっ!!!! ま、マジかあのおっさん…………だ、ダサ過ぎるだろ!!!!)
アラッドは怒鳴ってきた腹でっぷり貴族に対して、煽ることなどせず冷静な態度で対応した。
ただ……怒りのあまりその場で倒れた腹でっぷり貴族を見て、顔を下に向けて笑いを堪えるのに必死になった。
ここで笑ってしまうのは周囲によろしくない印象を与えると思い、必死で……とにかく必死で堪えた。




