千二百十三話 オーバーライズ
待てと、ふざけるなと……死にたくない、負けてたまるか、調子になるな…………多くの者が、何かを口にしようとした。
だが……出来なかった。
「アアァアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!」
止まらない叫び、咆哮。
そんな一人の青年が戦場を駆ける。
駆けて、駆けて……駆ける度に、命が斬り取られ、貫かれて崩れていく。
青年、アッシュの身に何が起こったのか。
状況としては、アラッドがクロを失いかけた時と似ていた。
簡潔に説明すると、シルフィーが目の前で貫かれたことで、アッシュの感情が爆発し、新たなスキルを得た。
そして本能がそのスキルを発動してしまい、暴走に近い状態になっていた。
アッシュが手に入れたスキル……名は、ディスペール・アウェイクニング。
分類としては、強化系のスキルに当て嵌まる。
だが、非常に珍しいスキルであり、その名を知らない者も多い。
人間が感情を爆発させる際、新しいスキルを手に入れることが多々ある。
アラッドは相棒を殺したトロール亜種への怒りから狂化を得た。
同じく狂化のスキルを得たソルは不甲斐ない自身への怒りから。
絶対ではないが、感情の爆発がトリガーとなり、新たなスキルを得る…………今回の場合は、怒り……だけではなく、悲しみもトリガーとなっていた。
怒りと悲しみ。
二つの感情がトリガーとなって顕現したスキルこそが、ディスペール・アウェイクニング。
得られる主な効果は、身体能力の大幅な上昇。
確定で発動される効果であり、この時点でアッシュはDランク冒険者では絶対に敵わないほどの身体能力を手に入れた。
ただ……身体能力の大幅な向上もメインと言えるが、更にもう一つ得られる効果があった。
それは発動した人間の能力、適性、本質よって変化するのだが、アッシュの場合は……赤炎と、黒風。
「がっ!!!!?????」
「ぇ……ぁ…………」
戦争中に成長した身体能力に、大前提の効果である身体能力の大幅な上昇。
それに加えて、色が付いた火と風を操る。
誰がどう見てもふざけるなと大きな声で叫びたくなる程のスペックが乗せられた状態。
ディスペール・アウェイクニングを発動した状態限定とはいえ、それこそ二つも色を持つ属性を操れる者は、歴史を振り返っても数えられるほどの人数しかいない。
小さな火種で一気に燃え上がり、切り裂いた断面に鋭い痛み……以外の痛みを与える。
赤炎、黒風の本領はそこから発揮されるのだが、アッシュが傍を通る者たちは、それらの要素によって殺されるのではなく……ほぼ一撃でその命を潰されていく。
その要因は上昇した身体能力と得られた新たな力ではなく、彼が有する武器にあった。
「ァァァアアアア、ッ、ガアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!」
叫ぶことを止めないアッシュが振るう武器は、元がAランクの火竜の素材……に加え、Bランクドラゴンの中でもトップクラスの戦闘力を持つ闇竜デネブの素材をミックスして造られた至高の細剣。
この二つの素材を使って細剣を造ってほしいと……アッシュから頼まれた鍛冶師はその喜びのあまり、テーブルの下でバベルを建設していた。
造る側としても、それほど垂涎ものである素材から造れた至高の細剣は、文字通りアッシュにとっての切り札。
切り札ではあるが、自分には過ぎたものだと心の底から思っていた。
だが……アッシュはその過ぎた切り札を的確に振り回し、ほぼ一撃で既に数十を越える命を刈り取っていた。
当然、赤炎と黒風は体に纏うことで自身の体を強化することが出来る。
そして、オーバーライズな効果を持つスキルを発動している人間は……戦闘に関して、その気がなくとも最善の動きで結果を出す……天賦の才を持つ男、アッシュ。
魔力を大量に消耗させる赤炎と黒風の使う回数は最小限にとどめ、至高の細剣を振るい続ける。
そしてただ至高の細剣の質、威力、切れ味だけに頼ることはなく、最小限の動きで、的確な狙いで戦闘者たちを仕留めていく。
声を荒げ、はた目には錯乱しているとも捉えかねない人間の動きではない。
本人にその気がなくとも、これまでアッシュが重ねてきた戦闘の経験、思考は確かに彼の血肉になっている。
血肉は本能となり、思考を必要とせず、最善の行動を取り続けていく。
ゴリディア帝国からすれば……地獄である。
ただでさえ、まだ二体のユニコーンを討伐出来ていない。
その上で、十秒も経たない内に数十人が殺された。
殺されたのは雑兵ではなく実力的には冒険者ランクでDからCの者たち。
ガウス、ジャルディという真の強者には届かないが、それでも戦力として重要な存在だった。
そんな者たちが、あっという間に数十人以上仕留められた。
絶望の始まり、という言葉が正しい。
ただ……当然、ただ魔力を消費するだけでディスペール・アウェイクニングは発動し続けられない。
リアルで、結果としてゴリディア帝国側に絶望を与え始めたアッシュ。
しかし、絶望を体験しているのは……アッシュも同じであった。




