57
*****
「はぁはぁはぁはぁ・・・」
”早く、早く離れないと!”
雨具を被り雨でぬかるび靴に泥がかかるのも気にせず、時々後ろを警戒しながら振り向きながらも、息を切らしながら走る一人の女。
この女、さっきまでエリシュカと同じ部屋におり、男性と口論をしていた人物なのだ。
それがなぜ今宮殿から離れるように走っているのか?
今の宮殿内の状況、そしてホノリアが軟禁状態に置かれた事を知り、報酬より命が大事との結論に至りエリシュカをそのまま置き去りにして一人逃げる事に。
”王女が捜索されている間に、離れないと・・・”
*****
アッティラは、来た道を戻らず外へ続く道を見つけ屋敷の庭を通りエリシュカを抱きかかえたまま屋敷に連れて帰ると、皆は安心したのか強張っていた顔が一気に笑顔になり、アエリアとアルビアは涙を流して喜んだ。
「無事だったか!」
「はい。部屋には王女以外居なかったのでおそらく逃げたのだと思います」
「では、すぐに探させよう。王女を連れ去った女を捕まえろ。屋敷の外にも範囲を広げて探せ」
「はい」
ベーラが強い口調で命令を出すと、エリシュカの捜索から連れ去った者の捜索へと切り替わる。
「とりあえず部屋へ運びましょう」
「王女様をお運びいたします」
「私がこのまま運ぶ」
「はい」
侍女が近づいて来てエリシュカを受け取ろうとしたが、それを断りアッティラ自身が自ら部屋に運ぶ。
*
エリシュカは、部屋のベッドに寝かされ医者の診断を受ける。
「怪我もないようですし、特に問題はありません。しかし、眠りの薬を飲まされているようでその作用が切れるまでは眠らせておいた方がよいでしょう」
「あの、一瞬起きたのですが薬の効き目が切れてきているのでしょうか?」
「そうかもしれませんが、服用した時間や量がわからないので何とも・・・」
「そうですか」
「お目覚めになられたらまた診察いたします」
そう言うと医者は部屋から出て行き、中まで付き添ったアッティラとベーラはさらに安心する。
「何はともあれよかった」
「そうですね」
「早速だが・・・」
「ベーラ殿!私はもう少しここにいたいのですが」
「出来ればすぐにでも、皆に見つけた時の状況を話してもらいたいのだが、アッティラ殿も疲れているだろうから少し休んでから話しを聞かせてもらおう」
「ありがとうございます。あっ、あのベーラ殿!」
ベーラが部屋を出ようとドアノブに手をかけようとした時、エリシュカを見ていたアッティラがベーラの方を向く。
「鳥の事なのですが、鳥と会話が出来たりしますか?」
「会話?」
「はい。鳥が人間の言葉を話して」
「いや、言葉を伝える事は出来るが鳥自身が人間と話しをするのは見た事もないが」
「そうですか」
「だが、昔動物と意思疎通が出来ていた、と言う話しなら聞いた事がある。なぜ?」
「いえ」
”王太子が知らない、か・・・王太子以上の不思議な力を持つ者がいるとすれば国王、だがそれはあり得ない。それでは誰が?鳥自身が自分の意志で?いや違う、鳥だったが実態が無かった・・・だが、オールフェンの名を持つ誰か・・・”
咄嗟に案内をしてくれた鳥の事を聞こうと思ったのだが、ベーラが知らないと聞きアッティラはなぜか口を閉じてしまった。
「無事でよかった」
アッティラはベッドで眠るエリシュカの手を取ると、その手の甲に優しく口づけをした。