9、目的はいつも一つ
無表情、無反応な相手によくこれだけ囀れるもんだと感心するべきか?
だが理不尽な上司の叱責を右から左に聞き流し、二徹三徹が当たり前の日本の職業人を舐めるなよ。
昼あたりから水分の摂取を控え、念のためオムツもかっている。我に隙なし!
さすがにしゃべり疲れたのか沈黙する伯爵親子。
ここで形だけでも頭を垂れたら、話し合いらしきものができたかもな。
しかし、そんなことは頭の片隅にも思い浮かばないらしい。
それって貴族として終わってるよな。
なにせ王を頂点としたピラミッドを形成してこその封建社会で、表面上だけでもそれを守らなければ自分の地位もまた危ういと味噌っかすの第二王子ですら理解してるというのに。
私は軽く手を挙げて新たな人物の入室を促す。
「失礼いたしますよ」
入ってきたのは猫背の老婆だ。
黒いローブを身にまとって、それこそ絵本から抜け出てきた魔女のよう。
「待たせたな。よろしく頼むぞ、拷問官殿」
「ヒヒヒッ、第二王子殿下に自らお声掛けいただけるとは光栄の至り。近頃は無聊を託っておりましたのでな、久しぶりに腕が鳴りますわい」
さすがに怯えた伯爵夫人が娘を抱き寄せようとしたところで、はじめて近衛兵の介入がある。
警杖を二人の間に差し込み捻じるようにして親子を引き離す。
「図が高い、跪け」
なぜかといえば、ここでは拷問官は命令者の代理人となるからだ。
普通は王だが、今回は私だな。
拷問官が懐から取り出した羊皮紙をもったいぶって広げて掲げ読み上げる。
「シシリーズ・ボワント・ナグセント。お前は再三注意されたにもかかわらず、恐れ多くも第二王子ロビンソン・ドミニク・フィン・ハートランド殿下に対して許可なく声を掛けること百十五回、許可なく御名を呼ぶこと百十二回、体当たりをして転倒させること一回、追突しようとして側近に止められること百十六回。これはあきらかに王族に対する不敬であり、また暗殺の疑いも濃厚であるによって、拷問官である私ヨシリスクが王族の代理人として事の真相をつまびらかにせんとするものである」
まあ猪伯爵とその夫人だから?
大人しくしてるわけもないが、こんな時のために連れてきた近衛兵なわけで、警杖で首元をバッテンされてる人なんてはじめて見たよ。
そしてヨシリスクさんであるが、さすがは手慣れたもので、手品かというくらいの手際でシシリーズ嬢を素っ裸にしてる。
うん、ズロースつまり下着を残すとかの恩情はナシ。
これは伯爵夫妻への拷問でもあるからさ。
あきらかに男ばっかの近衛兵を前に、嫁入り前の娘さん、しかも掌中の珠のように育てられたご令嬢がこんな目に遭ったら令嬢としての評判どころか、本人の精神が死ぬわな。
しかしまあ、泥はすべて私が被るからよろしくと拷問官には言ってあるし、クソと言われようとクズと言われようとこれくらいやらにゃ脳ミソ飛んでる相手には響かんだろうよ。
私としては自殺されてもいいくらいの覚悟で臨んだわけだが。
「いやんっ」
こんな状況でも、大事なところを手で隠しながら私に色目を使ってくるあたり、いろいろ救われた気分だよ。
前世、厚顔無恥な政治家ですら収監時に尻の穴まで調べられると、さすがに心が折れるって聞いたことがあったんだが……すげぇな。
それはともかく隠される前に私はしっかと見た。
こいつ、経産婦だ!
それを抜きにしても、相当締め上げてたんだろうもろもろを取っ払うと、ふくよかってだけでなく肌艶というか、はっきり言えば色素沈殿の具合とか十代っていうのはかなり無理がある。
さすがマーガレットたち女性陣の目は確かだった。
どれだけ取り繕っても違和感を感じ、年齢詐称から入れ替わりの可能性にまで言及してたもんな。
男連中なんてまるっと騙され、私もアノ頭のおかしさにばかり目が行ってまるで気付かなかった。
それでもさすがにマーガレットたちも、出産経験まであるとは思いも寄らなかっただろう。
さすがの伯爵夫婦も啞然。
「シシリーズ、シシリーズをどこへやった!?」
「シシーちゃん、私のシシーちゃんはどこ!?」
拷問官の出番がなくなるくらいに髪は引っ張るは、頬を叩くは、さらに殴る蹴るの暴行。
「……た、たすけて」
見るも無残なシシリーズを名乗ってた女は拷問官に取りすがって、洗いざらい吐いた。
「はぁ~、拷問を止める側に回るなんて、私ゃはじめてだよ」
残念ながら本物のシシリーズはすでにこの世にいないと聞いて、伯爵夫人は茫然自失。
さすがに伯爵は気丈で、それでも一気に十も二十も年を取ったかのようだ。
そもそもは故意ではない事故。
シシリーズは幼少期より相当我がままだったらしく、まあ想像は付くわな……侍従たちの手を振り切って自ら池に転落。
慌てて助けるも息を吹き返さず。
当時から当然のようにワンマンだった領主の怒りを恐れて、身代わりを立てようと画策したのが当時の侍女頭。
それに館の主な使用人がすべて乗るあたり、いろいろ察しずにはいられない。
最初はいつばれるかと怯えていた偽シシリーズだが、そもそも我がまま令嬢を演じる必要もあってだんだん大胆になり、いまでは自分が偽物であることすらほとんど忘れていたそうだ。
ちなみに出産経験があるのは、単に男好きでちょっと失敗してしまったからだとか。さいですか。
もともとは下女の私生児で栄養状態が良くなかったのか入れ替わり当初は問題なく見えた歳の差も、贅沢なニューライフが始まると体が爆発的に育ってしまいそれはそれで苦労したとかなんとか。知らんがな。
しかし、いまは腫れあがって見る影もないが、顔はあきらかに伯爵に似てるわけでだ~れが仕込んだのかなぁ?
奥さんが我に返る日が怖いねぇ~。
いろいろごたついたが、私の目的はいつも一つ。
拷問官を脇に呼んで、その耳にごにょごにょ。
「……殿下がそれでよろしいのであれば」
自分なりの基準が出来上がってると思しきベテラン拷問官は、王サマのことすら屁とも思ってないようで、私の命令にあっさり従ってくれた。
「では王族の代理人として拷問官ヨシリスクが沙汰を申し渡す。取り調べた結果、そこな女はシシリーズ・ボワント・ナグセント本人に間違いなし。ただし、その問題行動は目に余るので、その両親であるナグセント伯爵夫妻にはシシリーズ嬢に、朝と夕必ず『王族に話しかけてはならない、王族の名前を呼んではならない、王族に触れてはならない』と言い聞かせることを義務付ける。一月のうちにシシリーズ嬢の言動に改善が見られなければ学院を自主退学させること。以上のこと、しかと申し付ける」
未納の税のこともぶっ込んでやろうかと思ったが、私のようなヘボが欲張ってもろくなことにならないからな。
最後まで私は一言も発言しない体で謁見室を後にしたのだが、それはいい笑顔の宰相が待ち構えていてビクリッ。
え、いつから?
他国の大使の接待からは、かなり早めに抜け出してきたってダイジョブなのか……
あとから聞いた話によれば、拷問部屋もとい第三謁見室には覗き窓があるらしく、私がコソコソやった内容についてもすでに把握されていたようだ。
「ようなされましたな」
え、褒められた? それとも嫌味?
時間が惜しいとばかりに謁見室に入っていく宰相に置き去りにされる第二王子。
……帰って寝るべ。
自領の経済・軍事力をちらつかせてのらりくらりと召喚にも応じなかった伯爵が自ら王宮を訪れ、いま弱りに弱っているのだ。
宰相は嬉々として伯爵を追撃。
もともとの税プラス罰金を納めさせるのはもちろん、余分な私兵をここぞとばかりに取りあげたそうな。マル。
ちなみに私は視察から帰った父上にちょっとお小言をもらって、それからどうやら褒められたようである。
「そなたがここまでやるとは思わなかった」
な、微妙だろう?
でもまあ、そこは微妙な出来の第二王子だ。
「いやぁ、それほどでも」
照れたように頭を掻いておいたさ。