5、第二王子のレシピ
その日は朝から王宮内が騒がしかった。
実際に事が起こったのは真夜中だったらしいのだが全然気付かんかった。
……安眠って大事だよな。
「聞いた話では、王太子殿下の寝室に痴女が侵入しようとしたとかなんとか。あ、お茶のお代わりはいかがですか?」
「もらおう」
できれば茶よりその「とかなんとか」の部分が知りたいんだが、まあ不出来な第二王子の侍従だ。こんなものだろう。
「兄上もさぞや驚かれたことだろう」
「いえ、控えの間のさらに前室に入る前に取り押さえられたそうで、それでも護衛を自ら労われるなんてさすがは王太子殿下でいらっしゃますね」
「そうだな」
主従して嫉妬とか、そもそも張り合う気が微塵もない。平和で良いことだ。
でもちょっとだけ「お前、私の侍従だよな?」なんて思いが心をかすめるのは私が小者だからだな。
「それでもただ一人の兄上だ、弟としては見舞いたい。ご迷惑であれば遠慮するが、兄上のご都合を伺ってくるように」
「ははっ!」
そうだよ。無事と言うならあとは気楽に、わからないことは本人に聞けばいいんだよ。
多少邪念の入った弟のお伺いに対して、そこはやさしくて気の付く兄なので「午後のお茶を一緒にしよう」と返事が来た。
却って気を遣わせてすみませんね。
見舞いの品は何がいいかと悩んでたんだが、そういうことなら茶菓子でいいか。
あの兄上のことだ。あちこちからいろいろもらっているだろうし、ようは気持ちだからな。
ただあの歯の欠けそうな焼き菓子類はいただけない。
現代日本で育った記憶がアレをクッキーと呼ぶことを断固として拒否している。
そうはいっても、そもそも主食のパンが硬い。
肉はしっかり火が通っていてやはり硬い。
……食中毒が何より恐ろしいことはわかっているつもりだ。
やはり前世たぶんノロだと思うが、上から下から待ったなしに噴出した覚えがあるからなっ!
尾籠な話ですまん。
城でも学院でもけして味は悪くないから、いままで文句も言わず食べてきた。
しかし菓子は本来食べなくても済むものだ。
もうちょっとなんとかならないなら無理に食べなくてもいいじゃないかと思ってしまう。
しかし、意外に口にする機会が多いんだこの職業、いや地位は。
もちろん愛しのマーガレットの差し入れならば満面の笑みでバリバリ噛み砕くし、この時は不思議とその食感すらも極上なんだよな。
でも、そろそろまともなおやつが食べたい意識の高まり……
それというのも、最近やたらと料理のレシピを思い出すのだ。
中年になって以前と同じ調子で食べてたら見事にメタボになり、フルカラーの料理本を食い入るように眺めて食欲をなだめていた記憶が……うぅっ、悲しくなんてないぞ。
しかしけして料理好きというわけでもなかったから、その頃は気にも留めていなかった分量や手順まで驚くほど詳細に頭に思い浮かぶ。
もしやこれがために私は転生させられたのかという勢いだ。
……ようは自分が食べたいから、重い腰を上げたわけだが。
いくらダメダメな第二王子でも厨房に入ってはならないそうだ。一応、貴人って意味で。
仕方ないので事細かに紙に書き起こす。
大変都合のいいことにものの単位は前世と同じだ。温度の概念もすでに確立している。
カリカリカリカリカリカリ、ふぅ~。あとはよきにはからえ!
「なにやら料理長が感服しておりましたよ」
侍従によって届けられた『ほろほろクッキー』はまさにほろほろとした口当たりで、それはまあおいしかった。
「ありがとうロビン。こんなにおいしい菓子ははじめて食べたよ」
「お口に合ったのならうれしいです、兄上。何かとお疲れになることも多いでしょうから、少しでもほっとしていただきたくて……」
「ああ今朝、というより昨夜のことだね」
聡い兄上。
しかしここで足音もなく最速で近寄ってくる兄の侍従。
「国王陛下がお出ましになりました」
あらまっ。もう条件反射としか思えない。兄弟してさっと直立して迎える。
「お越しくださり光栄でございます、陛下」
「そう畏まるな。ここでは単なる父親だ」
「はい、父上」
「お前も来ておったのだな、ロビン」
「はい。ご健勝そうでなによりです、父上。私は兄上のお顔を見られて安心しましたので、これにて失礼いたします」
「ふむ、しばらく見ないうちにずいぶんと大人びたものだな。よし、ロビンお前も聞いておけ」
「……はい」
なにが「よし」なのかわからんが、とりあえず座る。
まあ王相手に否が言える人間がいたら見てみたいわ。
「ほう、これは旨いなぁ」
「ロビンが持ってきてくれたのです」
「ほう?」
「……作ったのは料理長ですから、ご用命があればよろこんでいくらでも作るでしょう」
「うむうむ」
くいっと顎で自身の侍従に合図。さっそくご用命のようだ。王妃の機嫌でもとるのかね?
いや、私もマーガレット用に用意させてるからなんとなく。
明日、学院に行く時渡すんだ~!
ちなみに今日は休息日。