3、我が愛しのマーガレット
子供とはいえ王侯貴族に連なる立場で、十年にも及ぼうかという不義理で無礼で思いやりの欠片もない行動が、一度の謝罪で許されることなどふつうはあり得ない。
つまり奇跡。
どこか冷静な大人の部分で、相手が王子だからとか、この婚約が駄目になったら貴族の女としては傷物だからなどの理由で「私、一生コレで我慢するしかないんだわ」とか思われてたらどうしようと考えないでもない。
……まあどうしようもないんだが。
せめてご機嫌取りに物を贈るくらいしか思いつかない自分にがっくりくるが、やらないよりマシと信じたい。
そこで流行かつ相手の好みに合ったものを贈れたら格好いいんだが、できないことで無理をすると大惨事になると私は知っている。
本来こんな時に私を助けるべき側近たちだがアレなので、多少格好が悪かろうが確実な路線を行こうと思う。
放課後デートのついでに本人に選んでもらう!
「ええ、本当にこれが気に入りましたの」
遠慮してあきらかに値の張らないものを選ぶマーガレット。この調子でいくと私の小遣いでも学生街の店は制覇できそうだな。
淑女としてのマナーは完璧。
つり目だとばかり思っていた目尻がいつからかほわんと和むようになって、ますます可愛らしい。
心底私に惚れてくれたらそれはもうありがたいが、計算でも打算でも争いを好まない平和主義的な何かでもいい。
宇宙並みに広いマーガレットの心の在りように日々感謝している。
当然そこに胡坐をかくなどあり得ない。
それなのにうちの側近共ときたら……
「あ、殿下! 席取っておいたぜ」
「こちらへどうぞ殿下」
私がエスコートしている婚約者が目に入らぬか!
学生食堂と言うには上等すぎる、しかし貴族が使用するには妙に庶民的なカフェスタイルの丸テーブルに椅子が三脚用意されていて、その二つにドッカと側近二人が座っている。
お前ら~。
オレたち友達だよなっ的な態度を求めた過去がある以上、空いてる椅子を男子高生のノリで示すのをいきなり直せとは言わないが、十三歳といったらこちらでは大人目前。いいかげん現実を見ろ!
しっかりと婚約者をエスコートしてきている王子。
用意された椅子は一脚……これはまず私が座り、マーガレットをお膝に抱っこしろということかな?
その誘惑と戦っていたら、湧き起こったはずの怒りが迷子に。
「ロビン殿下、私はお友達とご一緒しますから」
ほら~完璧婚約者に気を遣わせちゃったじゃん。
「いや急で迷惑かもしれないが、マーガレットの友人と私も話してみたい。もちろん興味があるのはマーガレットの友人だからだ、けして浮気などではないからな」
「まあっ、殿下ったら! そのようなこと私は……もごもご」
両手を空中でわたわたさせる私と、頬をほんのり染めて俯きもじもじスカートをいじるマーガレット。
「というわけで今日は二人で昼食を取ってくれ。さぁマーガレット、どちらに行ったらいいかな? エスコートはするが方向を指示するのは君だよ」
「こ、こちらですわっ」
あっけに取られている側近二人を置き去りにして、多少強引にでもマーガレットと離脱を図る。
この仲睦まじい姿をその濁った目によぉっく焼き付けるがいい、恥ずかしいけどな!
そして今後の行動をしっかり考えるように。
新生第二王子は婚約者ラブなんだ! 何より先にマーガレットのことを考え、崇め、奉るべきなんだ。
究極の手の平返し+このバカップルぶりだ。
マーガレットの友人たちには婉曲な会話と微笑みで袋叩きにされるだろうと覚悟していた。
女の集団怖い、ガクブル。しかし避けては通れない道パート1。
しかし、さすがは高位貴族の令嬢たち。ちゃんと私を立ててくれた。
それも王子だからというよりマーガレットの婚約者だからってわざわざ匂わすあたり、マーガレットの見事な君臨ぶりがうかがえて私はうれしい。
うちの婚約者すげぇ!
考えてみれば、第二王子って婚約者にまるっと無視されてた時代、取り巻きたちを離脱させることなく他の令嬢たちにも敬意を払わせ続けるなんて並大抵のことではない。
こりゃもう一生頭が上がらんわ。
でもこんな可愛い子になら尻に敷かれるのもいいな……うヘヘ。中身、ゲスなおっさんでごめん。
さて大抵のことはマーガレット頼みで穏便に済んでも、そうは問屋が卸さない相手がいる。
あれ以来、欠かさず続けている侯爵家詣で。そうマーガレットの実家だ。
ようは馬車で毎日自宅までマーガレットを迎えに行き、授業が終われば彼女を送り届けてるわけだが、使用人はともかくマーガレットの家族はこれまでずっと私を無視し続けている。
覚醒前の私だったら「第二王子たる私に挨拶もせぬとはなんたる無礼!」とか怒鳴り散らしてそうだが、それを言ったらいちばんの後見たる婚約者の実家に泥ぶっかけ続けてた自分は何なんだって話で、マーガレットと逢うことを禁じられなかっただけでも御の字だ。
貴族が王家に楯突く方法なんていくらでもある。
いちばん穏便で簡単なのはマーガレットに仮病を使わせることだな。
「申し訳ありません、ロビン殿下」
「何を謝ることがある、悪いのは私だ」
「ですが」
「責めるならマーガレットとマーガレットの大事な家族を蔑ろにしてきた私を責めてくれ」
「そんなっ、私はもう気にしてなどおりませんわ。いまはこうして殿下と共にいられるだけで幸せです」
例によって馬車を降りる段になって思い出したようにイチャイチャしてたら、どこからともなく咳払いが。
あっ、マーガレットのパパン! いまお帰りですか?
会えるのを心待ちにしてたけど、よりによって今ってかなり気まずいです。
でも私は王子。威厳、威厳。どっかから出てこい。ケフンッ。
「久しくあるな。健勝そうで何より」
「はい。第二王子殿下におかれましては日頃より我が愚女に御寵愛を賜り感謝の念に堪えません」
あうちっ。しかしこれしきの嫌味の礫などノルマと戦うサラリーマンは慣れっこなのだ。
会えただけ、声を掛けられただけラッキーってことだな。
「そのことについても一度じっくり話したいものだ」
「はい、機会がありますれば」
「うむ」
今日は無理。でもいつか。……社交辞令で終わらないことを祈ろう。