2、ピンク嬢
席は自由でいいそうなので当然マーガレットの隣に座る。
最前列の中央に私たちが座れば、なんとなくマーガレットの座った左側が女子、私の座った右側が男子、なおかつ前から身分順になってしまうのは仕方のないことだろう。
下位貴族の子息を私の隣に座らせたりしたらかえって可哀そうだもんな。
マーガレットのすぐ側は彼女の取り巻き、次いでその友人、さらにその知人ときれいにヒエラルキーを描いているのだろうし、私の側も黙っていても不在の側近の席が空けられているといった忖度ぶりで、生まれ変わった私にとってはいらぬお世話だが、よけいな混乱を防ぐためにも黙っておく。
教師が自己紹介をし、次いで生徒が自己紹介をさせられ、それから授業の選択方法などが説明され始める。
前世の大学のようなシステムと思っておけば間違いなさそう……
「すみませんっ! 遅れましたっ! 私の席はどこでしょう!?」
またかよ。
ビョーキの奴は保健室で寝てろよ。
「あっ、そこですね!」
暗黙の了解で赤も青も自分の席をすでに把握してたようだが、ピンクに遠慮して座るのを躊躇したものだから、ほら席取られたじゃん。
王子の横におかしいの座っちゃったじゃん?
「あっ、王子! 私サルマン・ピンク・ガルモットです。仲良くしてくださいね? キャハッ!言っちゃった」
えーっ……どこからつっ込めばいいのやら。
「あなた、あまりにも失礼ではありませんか。もう授業は始まっていますし、いまは先生がお話されてる最中です。それから身分が上の方に目下の者から声を掛けてはいけません。そしてこちらの方への敬称は殿下です」
おおっ! うちの婚約者が優秀な件。
「ありがとう、さすがはマーガレットだ。優秀で、その上やさしいのだな」
どさくさに紛れてぎゅっと手を握っておく。
「まっ……出しゃばった真似をしまして、もごもご」
めずらしくしどろもどろになる可愛い婚約者の髪を一撫で。
ぽっと頬を染めて嫌そうには見えなかったので一安心。
「先生、失礼いたしました。生徒を代表してお詫び申し上げます。どうぞお話を続けてくださるようお願いします」
「承知しました、殿下。では、そちらのお二人も空いている席に着いてください」
なぜかマーガレットとは反対側の袖をつんつん引っ張られているが、無視だ無視。
記憶の中の王子ムーブにはこんな時の対処法はなくて軽く混乱。
なぜならふつう王子がこんな状況に陥るなんてありえないから。これは前世の記憶を頼りに自己流でいくしかないな。
「えーと、あのぅ王子ぃ……ねぇねぇ、訊きたいことがあるんですよ。無視しないでくださいよぅ、王子ってばぁ」
すーっと息を吸い込むマーガレットの背に手を添える。
「っ……」
セクハラなどでは断じてない!
これ以上彼女を矢面に立たせるのは申し訳ないし、男として情けないからさ。
私は真っ直ぐ右手を上げる。
指紋から接着剤でも出てるのかと思うほどくっ付いてた指を引きはがす勢いでなっ。
「先生」
「はい、なんでしょう殿下」
「こちらの女生徒が緊急を要するほど具合が悪いようなので」
「え、なに言ってんの? 王子ったら。私、どっこも悪くないですよぅ!」
いや頭、頭。
「先程も廊下で私にぶつかってくるほど真っ直ぐ歩けないようでしたので、秘かに脳の損傷を疑っていたのです。ええ、訓練中の兵士が頭に強い打撃を受け、まれにですが頭の中に血の塊ができることがあり、それが脳を圧迫するせいで平衡感覚が失われたり、歩行能力に異常をきたしたり、場合によっては視力の低下もあると聞いたことがあるものですから。さらに我が婚約者の言葉もよく理解できていないようですので、もしかしたら言語野にも障害が……こう言っては申し訳ないが学院に詰めている見習いの治癒師では、初期症状を見逃す可能性は十分にあります。大げさにしてと後で笑われてもかまいません、もしもということがあります。処置が早ければ早いほど、残された機能の保全やまた回復の可能性も高くなると聞きますので、ここは先生!」
「そうですね! 何事もなければそれに越したことはありません。すぐに救急馬車の要請をしましょう」
はい、ピーポーピーポー……
それはそれは適当なその場しのぎだったのに治療院で精密な検査をしたところ、ピンク嬢は頭の中にスライムを飼っていたそうだ。
え、マジで? 異世界怖ぇぇぇ!
このままでは命が危ないということで、緊急で治療が施されて無事スライムは除去されたとか。
少しずつ治癒魔法も併用しながら、知能は五歳児くらいから再出発ということになるらしいが、父親に当たるガルモット男爵にえらい勢いで感謝された。
どう見ても狸親父だけどな。娘ラブなことに偽りはないようだ。
「お大事に」
いや私だとてそれくらいは言う。
事情が事情なのでピンク嬢は退学ではなく休学ということになった。
頭の治療はなかなか厄介で形だけなら一瞬で治すこともできるが、それだとせっかく保たれていた機能やこれまでの記憶がすべて失われてしまうことが多いらしい。
邪魔者を排除したぞ!
そう素直に喜ぶのは人としてどうかという微妙な状況だ。
ほかにも落とし穴がありそうで、全面的に安心って気分になれないのもある。
とりあえず側近二人を治療院にやって同様の検査を受けさせるも、残念ながら彼らは単なる馬鹿だったようだ。