10、ファイナルステージ
さあ、いよいよ今日はマーガレットの実家に正式に招待される日だ。
何言われるんだろう、どきどき。
「大丈夫ですわよ」
マーガレットはそう言ってくれるけどね。
王族が正式にとなるとかなり大袈裟になってしまうが、そこは護衛を最小限にしてもちろん手土産も持っていく。
酒のつまみに最適なチーズとハムとソーセージ。
プチケーキの詰め合わせ。
どれも王宮の料理長の力作だ。
確かにレシピを書いたのは私だが、もう彼のオリジナルと言って問題ないレベルに仕上がっている。
「ようこそおいでくださいました」
車回しで出迎えられ、応接室に案内される。
侯爵、侯爵夫人、マーガレットの兄である令息、そしてマーガレット勢揃いである。
うぇい! ありがたいけど緊張で吐きそうだ。
「大変、無沙汰をしていた。また長らく大事な息女であり妹であるマーガレットを蔑ろにしていたこと、深く反省している。すべて水に流してくれとは言わないが、これから彼女の信頼を取り戻すべく努力していく所存ゆえ、それを見守ってもらえたら大変ありがたい」
「……過分なお言葉であると存じます。娘がすでに承知していることでありますので、親としてこれ以上言うことはございません」
「……妹のこと、どうぞよろしくお願いいたします」
男連中は当然のように硬い。
いかにも渋々、でも受け入れるつもりがあるから私を招いてこうして会ってるわけで、まあその隣でニコニコしてる夫人の圧がそりゃもう強く、誰が家庭内実力者か一目でわかる。
「侯爵夫人が相変わらず美しく、はじめて会った時からあまりにも変わらないので驚いている」
「まあ、ホホッ。殿下ったらお上手ですこと」
全力で機嫌をとりにいったことは確かだが、その美魔女っぷりには心から驚嘆!
そういうのって意外と伝わるんだよな。
「本日は御来訪いただき誠にありがとうございます。素晴らしいお土産までいただきまして感謝の念に堪えません。いま王宮の菓子は私たち夫人や令嬢たちの間でも大変な話題なんですの。先日いただいたクッキーも大変おいしゅうございました。なのにマーガレットったら、殿下からいただいたものだからって私たちにはほんのちょっぴりしかわけてくれなかったのですよ」
「も、もうお母様ったら、そのようなことまでロビン殿下に言い付けるなんてひどいですわ」
恥ずかしいっとばかりに俯いて顔を覆う我が婚約者の可愛さが天井知らずだ!
私はにやけそうになる顔を必死で引き締める。
その後も当り障りない話題を選びながら普通にお茶をしてたつもりが、その父や兄に呆れられるくらい自然にマーガレットとイチャイチャしてしまい、その母には微笑ましく見守られ……恥ずい! しかし、うれしいぞぉ~。
もちろん油断は禁物だが、これからよほどのヘマをしない限りは、彼女と結婚させてもらえそうだ。
「殿下、不躾ではありますが侯爵家当主として殿下にお願いの義がございまして」
「うむ。よかろう」
なんだよ、チクセウ。さっきまでの和やかな雰囲気は私を油断させるための罠かよ!
侯爵の書斎にドナドナされる私。
つまりこれが最終関門か。
いわゆる男同士の話って格好で、次期当主は抜きだけどな。
一応王子と貴族だ。まさか一発殴らせろはないとは思うが……もちろん必要とあらば殴られよう。
「こちらは今年仕込んだ果実酒でそれほどきついものでもありませんので、よろしかったら」
「もらおう」
この体は王族として酒にもある程度の毒にも慣らされている。
おおっ! シュワシュワ~。
「うむ、爽やかで旨いな。しかしこれほどの刺激、よほど気密性のある容器でなければ保てないのではないか?」
「そうなのです」
意外にオタクな侯爵の薀蓄を一頻り聞いて、さて本題。
ソファーから下りて跪く侯爵。ふぁ~い!?
「長らく殿下をお見逸れしていましたこと、お許しいただきたく」
「いや私が未熟で、マーガレットや最大の後見でもあるそなたたち家族に多大な迷惑を掛け続け、不快な思いをさせていたことは事実。謝る必要などないのだからまずは顔を上げて椅子に掛けてくれ。マーガレットの父君を跪かせているだけでも心苦しいのに、これではろくに話も出来ぬではないか」
「……では、失礼して」
わぁ~、いまのも試されてたんか。
まあ子供の使いじゃないんだ、それくらいはするわな。
謝意は本物だと感じたが。
「殿下は成長されました。いえ、私が見抜けぬだけでしたな。まさかまだ幼かった殿下にすでに我が野心を見抜かれていようとは」
鷹のような目付きの男に思いっ切り腹を探られてます、ナウ。
それでも前世の俺、いや私より若いんだよな。
それ以外はスペックから何からすべて向こうが上だろうけどさ。
「私はどこまでいっても未熟者だよ」
「ご謙遜を。妻はもちろんいまだ半人前の我が息子には話すわけにはいきませんが、だいぶご活躍のことと伝え聞いております」
「マーガレットをはじめ周囲に助けられて何とかなしたことだ。そして運もよかった」
「何をおっしゃいます。本来であればどれか一つをとっても勲章を与えられてしかるべきことですぞ」
アルコールの力もあるのかなんとなく馴染んできた気もしなくもないが、最終的には王族と貴族だ。
「侯爵は粉ひき小屋の仕組みを知っているか?」
「はぁ、まあ。領内でも重要な施設の一つでありますので。もちろん自身で作ったりメンテナンスできるほどではありませんが、大方の作りは把握しているつもりです」
「うむ。例えばの話であるが粉ひき小屋を国だとする。内部の一つ一つの部品が我々王族やそなたたち貴族だ。いろいろな形のものがあり、いろいろな大きさのものがある。歯車などのように見栄えのいいものもあるな。しかし、そのどれか一つが欠けても粉ひきはできない」
「大きく強い部品になろうと思うのは不遜ですかな」
「ようはバランスだろう。一ヵ所だけ強くしても故障を早めるだけだ」
「至極ごもっともなご意見で。やはり殿下は王族であらせられる」
そうなんです、貴族が強くなりすぎると王家は困るんです。たとえそれが味方でも。
ほら、有名どころで言うと呂不韋とかさ。
「まあ、小さな歯車ではあるがな」
お持たせだから手前みそになるが、つまみの黴チーズ旨ぁ~。
はい、そっちも食べて食べて。そして飲んで飲んで!
「近頃、王国史を読み返しているのだが、やはり時代によって求められる王の姿は違うのだなと納得している」
「さようですか……大変不敬な言いようになりますが、私は幼少期の第一王子殿下を拝見して、王としては周りを気遣いすぎると思ったのです。その点第二王子殿下は玩具を選ぶにも菓子を選ぶにも迷いがなく、多少の危険を冒しても我を通される。外戚として力を振るう自分を夢見たことも確かですが、まあそんなわけです」
「そんなに野放図であったかな、私は」
「その後その煌めきも鳴りを潜め、私はどれほど後悔したことか。不敬に不敬を重ねる発言になりますが、いくら温和な陛下であってもさすがに傀儡となるのが目に見えている次代などお選びになるはずがない。しかし、そうして第一王子殿下が立太子されたことで、殿下は本来の姿を見せられるようになった。してやられた私の悔しさと、私の目は曇っていなかったとわかった嬉しさとさらなる悔しさがわかりますか?」
勘違い困る~、そしてうざい。
でもある程度評価されないとマーガレットを嫁に頂けないだろうからな。
こんなぺらっぺらの面の皮いつ剥がれるか気が気でないが、可愛い婚約者を想ってなんとなく賢いっぽいムーブを続けてみる。
一応、生きてる年数とそれに伴う経験、あっあとサブカル由来の知識量では負けないはず!
「まあ、私が使える者かどうかはこの際置いておくとしよう。兄上はやさしく国民に愛される王になる。戦が不得手ならば、得意な者に任せればよい。それが王というものだろう。そもそも歴史的に見ても争い事の原因が王個人の野心であることは意外に少ないのだ。大抵は貧しさ故だな。適切に治水を行い、衛生環境を整えると共に災害に備えて備蓄し、いずれは天候を読めるようになれば尚よいだろう。そうだ! 歴代の貴族の日記などよい資料だと思うから、長期休暇の課題として学院の各生徒に、自家の祖先の記録から天候や災害に関する部分を抜粋・整理させたらいいのではないか?」
うんうん、我ながらいいこと言った。
どっかのラノベに書かれてたことだと思うんだが、これなら自分は特に苦労しなくて済むしな。
まあ王族だからってすべての意見が通るわけもないんだが、なんか役に立ちそうだと思えば動く奴もいるだろう……いてくれ。
とりあえず忘れては元も子もないので、胸元から手帳を取り出してメモする私。
顔を上げると、侯爵のあきれたような感心したような複雑な表情が目に入る。
「おお、すまぬな。私は忘れっぽいゆえ、こうして思い付いたことを書きとめておかねばならぬのだ。側近たちもその点ではまったく役に立たぬし」
「……これだけの才がありながら何故」
ため息を吐く侯爵が少々気の毒になる。
懸けた相手が飛ばない鳥だったわけだからなぁ。
「男ならば頂点を極めてみたいと思う者が多いことは認める」
「殿下はそうではないのですよね」
そりゃ、まあ。
近頃そこここで認められてるらしい才能とやらも前世の記憶を利用したズルにすぎないし、そんな器でもないのにトップになっても面倒なだけだ。
めっちゃ視線が痛いが、私は素知らぬふりで胸を張る。
マーガレット、私はだいぶん疲れたよ。
でも、これからずっと君と共に歩むために私は飛ぶ!
「そなたの野望の手伝いはできなんだが、マーガレットのことは必ず幸せにするとここに誓う」
「……どうぞ娘をよろしくお願いいたします」
おおっ、無事に着地!? 足、捻挫してない?
「そして、できればそなたも私のことを支えてくれるとうれしい」
完全に自業自得だが、私の周りには使える人間がほんとに少ないんだ。
「もちろんです。よろしければ我が息子もお使いください」
お、学院主席卒をか。よーし、よし。
「それは助かる」
いろいろ諦めが付いたようなのはいいが、すがすがしい笑顔が思いきり似合ってないぞ侯爵よ。
マーガレットの父なのに……やっぱり親子なだけあってけっこう似てるんだよな。
だからって侯爵に愛着は感じないけどなっ。
ずっと気を揉んでたと思しき愛しの婚約者の顔が、私の姿を見てぱぁ~っと花のように綻ぶ。
尊い!
「お話は済みまして?」
「ああ。父君に君との結婚を認めてもらえたよ」
「……おい、待て。そこまでは言ってない」
「まあ。どうせそのようになるのですからよろしいではありませんか、あなた」
「もう好きにすればいいと思うよ」
お~、義兄さん良いこと言うな。
「マーガレット!」
「ロビン殿下!」
彼女の家族の目の前で、私たちが長年引き離されていた恋人たちのように抱き合ったのは言うまでもない。
〈めでたしめでたし〉
ここまでお付き合いくださりありがとうございます m(_ _)m
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大変はげみになりました(*^▽^*)
誤字報告も助かっています!
そしてとにもかくにも読んでいただけることのなんとありがいこと……
少しでも楽しんでいただけたなら、とてもうれしいですヾ(*´∀`*)ノ