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蛹を愛した強欲悪役令嬢の結末

作者: 仲西 由乃

「ちょっとそこの包帯女! ここに跪きなさい!」


 アデリア侯爵令嬢が一体誰を呼んでいるのか興味もなかった私は、ひたすら料理に夢中になっていた。ローストビーフ、七面鳥の丸焼き、ラム肉のソテー、シーフードピッツァ、濃厚ミートソースのパスタ、チーズインハンバーグ……その他数え切れないほどの料理が立食形式で自由に食べ放題。王族主催の王太子の誕生日パーティーともなれば、王宮お抱えシェフが腕によりをかけて作った料理が並ぶ。どうして気狂い女に注目しなければならないのか、むしろ正気を疑う。


「ミア、アデリアが物凄い形相でこっち見て来るんだけど?」


 一緒に料理を取りに来ていた幼馴染の伯爵令嬢のクリスが不安そうに話し掛けてくる。王立学園在籍の淑女達が一斉に華やかなドレスで着飾る一方、クリスは軍属を示す堅苦しい軍服へ身を包んでいた。背が高くスマートな体型の彼女には非常に似合っており、下手な令息よりずっと格好良い。厳しい訓練でボロボロになった手を隠す白い手袋だけが不満だ。当代一の剣術家であり、最年少ソードマスターに選ばれたというのに、クリスは未だに私の後ろばかりついてくる。

 戦場では鬼神の如く敵兵を撫で斬りにするらしいが、私のドレスの袖を掴んで子供のように引っ付き虫になっている彼女からはとても想像出来ない。いや、そのギャップが最高なのだが。


「クリス、こっちのも美味しいわよ。唐揚げですって。貴女の元いた世界とやらにもあった料理なのでしょう? 折角なのだから、貴女の感想も聞きたいわ。早く食べなさい」

「はーい!」


 私がアデリア侯爵令嬢を完全に無視すると、クリスもまた彼女を脳内から完全に消し去ったようだ。騒然とする会場内で、私はクリスに直接「あーん?」と油で揚げた鳥料理を食べさせてあげた。


「あ、これ美味しい! 衣がパリッと香ばしくて、それでいて中のお肉が凄く柔らかいよ! 肉汁もじゅわわ……って染み出してきて、懐かしい〜」

「そう。なら、明日作ってあげるわ。楽しみにしていなさい」

「やったー! ミア大好きー!」

「こらー! わ、私を放って好き勝手にして……羨ましい……じゃなくて! ここまで侮辱されたのは初めてよ!」


 アデリア侯爵令嬢は自慢の銀髪を波打たせながら、取り巻きの令嬢をぞろぞろと連れて私達の方に近付いてくる。宝石がこれでもかとちりばめられた濃紺のドレスは派手すぎるが、それが似合うのが彼女だ。私達の世代で最も輝く美貌を持つと称賛される彼女は、確かに社交会の花となるべく生まれたかのような人だ。交友関係も清らかで、勉学にもしっかり励む彼女は国母に相応しい。

 それが何故私を目の敵にしているのか、よくわからない。王立学園でもわざわざクラスが違うというのに毎日文句を言いに来るのだ。実はとんでもない暇人なのだろうか。


「ミア! ほら、私が跪けと言ったでしょう! 早く首を垂れなさい!」


 本当に私のすぐ側までやってきたアデリア侯爵令嬢は閉じた扇子で床を示している。


「ミア、どうする? 抱えて逃げる?」

「ダメよ。家まで付いてこられたら面倒くさいわ」


 クリスの手が背中と足裏に伸びる前に、私は片膝を付いた。かなりぎこちない動きだが、全身全霊で踏ん張ったこともあって、両足でいきなり前に倒れることはなかった。


「はい。跪きました。次は何ですか?」

「なっ……あ、貴女、プライドがないの?」


 私の完璧なポージングに驚いたのか、アデリア侯爵令嬢は目を丸くしている。なんだか顔色が悪い。扇子ですぐに顔を隠したが、ちょっと慌てているようにも見えた。


「王太子様のための宴で騒ぐ貴女が不憫に思えたので、私から膝を折りました。王族の方が来られるまで時間がありません。次は何をいたしましょう?」

「えっ……えぇ……」


 自分でそうさせておきながら、アデリア侯爵令嬢はやはり酷く狼狽えている。声だけで動揺がわかった。多分、本当に跪かせるつもりはなかったのだろう。私が拒絶した後に何か別の無理難題を吹っ掛ける……そんな計画だったのだろう。まさか膝を折るとは本当に思っていなかったに違いない。


「わかりました。では私なりに考えた行動をさせていただきます」

「え? それってどういう……ひゃっ!」


 私はアデリア侯爵令嬢の手を取り、美しい白のレースで編まれた手袋越しにキスをした。先日ミアが私に主従の誓いとしてやってくれたことの真似だ。これでより茶番らしくなっただろう。


「な、な、なっ……何をやっていますのー!」


 林檎のように顔を真っ赤にしてアデリア侯爵令嬢は突然どこかへ走り去った。当然、彼女の取り巻きたちも一緒に逃げ去っていく。


「ミア、あれで良かったの?」

「望みさえ叶えば今日はもうおとなしくなるでしょう。それより、クリス。今度はこっちの……串揚げ? これを食べてみなさい。ソースが沢山あって面白そうよ」

「あ、これ懐かしい! 私の地元にもあった甘辛ソースだ! マヨネーズっぽいのもある!」

「好きな味を覚えておきなさい。全部我が家で再現するわ」


 私が立ち上がってから程なくして、主催者である王族が入ってきた。

 雄々しい髭面の壮年の国王、年齢を感じさせない不思議な美貌の王妃、精悍な顔立ちの王太子。その三人が揃って艶やかな黒髪と輝く黄金の瞳を一族の特徴として持っている。

 集まった貴族たちが一斉に深々と頭を下げた。私とクリスもそれに倣い、後ろの方で群衆に混じる。

 王はパーティー会場の高台に設けられた主賓席へ向かい、先に王妃を座らせてから着席した。


「本日は愚息の十七回目の誕生日へ出席してくれたこと、誠に感謝している。堅苦しいのはここまでだ。皆、今日は存分な楽しんでくれ」


 王の挨拶は非常に短いが、長々と王太子の話をされるよりはずっと好印象だった。

 王が合図をすると、楽団が演奏前の調律を始めた。主催者も集まったので、ダンスを始めるのだろう。


「ミア、行こう!」

「構わないわ」


 今年任命されたソードマスターであるクリスは王族や高位貴族と一緒にファーストダンスを踊ることになっている。その相手は当然、彼女にエスコートされて入場した私だ。


「男女逆のダンスなんて面白いね!」

「そうね。だからといって間違えないで。踵が低いとはいえ、痛いわよ?」


 私とクリスがダンスの構えを取った時、近くから「いいなぁ」と声が聞こえた。その方を盗み見れば、王太子と今にも踊り出そうとしているアデリア侯爵令嬢と目が合った。


「きゃっ……」


 なんだ、その乙女のような声は。目の前の王太子が私を物凄い形相で睨み付けているじゃないか。甚だ迷惑である。

 私達も王太子のペアも何の問題もなくダンスを終え、貴族達の拍手に迎えられた。誕生日パーティーの主役である王太子はもう一度アデリア侯爵令嬢と踊っていたが、私は彼らから向けられる視線を全て無視しながらクリスと壁際で再び食事に戻った。


「ミアはもう踊らないの?」

「貴女以外とは上手く踊れそうにないわ。でも、クリス。だからといって貴女まで踊れなくて良いわけではないのよ?」

「私もミア以外とは踊れないし、いいや!」


 お互いに別の性別のステップしか踏めない。だからこそ、他の参加者のようにペアを変えて踊ることは出来ないのだ。

 ミアはスッキリとした目鼻立ちで、顔立ちそのものは女性らしいが凛々しい騎士然とした雰囲気の持ち主だ。令息のみならず、令嬢たちの視線まで攫っている。

 一方、私はどちらかと言うと彼らから憎しみに近い感情を向けられている。

 私の顔も、母と父の顔を思えばかなり良い出来だったのだろう。ただし、今はその半分が包帯に覆われている。白をベースにしたシンプルなドレスも、辺境伯が少しでも包帯が目立たないようにとわざわざ自らデザインしてくれたものだ。今の流行に反して極力肌を見せないデザインも、私のための。

 私は幼少期に火事に遭い、全身大火傷を負った。服で何とか隠せているとはいえ、至る所に醜い傷跡が残り、とても人前に出られるような有り様ではない。大好きだった黒髪も事件当時のショックで白くなってしまい、瞳も包帯で隠している方はくすんだ黄土色になり、視力も失った。実は、ダンスも一曲が限界だ。自分の性に合わせたダンスであっても、もう無理だろう。女性であると偽って暮らせるほど身体は成長せず、色々な機能が死んでしまっていた。


「ミア、次は何食べる?」


 ソードマスターであるクリスが私のそばにいてくれるのは、幼馴染だから。私の境遇に同情しているから。そして、火事の時に私を助けられなかった後悔があるから。


『わかってたのに! 今日火事があるってわかってたのに! もっと早くゲームのこと思い出せたら、ミアのこと助けられたのに……ごめん、ごめん!』


 意味不明な謝り方をしながら私の側で泣き続けるクリスにはビックリしたけど、それを嗜める余裕も何もあの頃の私にはなかった。

 王宮放火事件。平民の間で配られた新聞にはそんな見出しが乗り、一人の私生児の死亡報告が載ったが、もう誰も覚えていないだろう。みんな今日の王太子の誕生日パーティーで浮かれて騒いで、明日に誰のお葬式があるかなんて知らないはずだ。


「ちょっと! 私が話し掛けているのに返事もしないなんて、不敬じゃない!」

「こら、アデリア。幼馴染だからってそんな言い方したらダメだよ。演技としてもやりすぎ」


 なんだか聞き覚えのある声が聞こえたかと思えば、王太子とアデリア侯爵令嬢が私達の側までやってきていた。


「クリス、お辞儀」

「はーい」


 私に促されてやっとミアも頭を下げたが、王太子は困ったように「そんな他人行儀なことしないで」と頭の裏を掻いた、


「王太子様、私達は公的には他人です」

「そうだったな。では、昔話はまた次の機会にして、君のパートナーをダンスに誘っても良いかな?」

「何故私の許可を求めるのです? クリスはクリスのものです。一緒に踊りたければ正々堂々クリスを誘ってください」


 私の後ろから動かないクリスを無理矢理王太子の前に引っ張り出したが、クリスは爽やかな笑顔で「嫌でーす!」とハツラツと答えた。


「この通り断られたんだが、助けてくれないか?」

「男が何を言っているんですか。惚れた女をダンスに誘えないようじゃ、国王なんて務まりませんよ」

「それもそうだが、今回は秘密兵器を用意した。ね、アデリア?」

「わ、私を物扱いしないでくださいまし!」


 唐突に話題を振られて明らかに困っているアデリア侯爵令嬢だが、おずおずと私の前に出てくると「相手してあげても良くてよ?」とそっぽを向きながらとてもとてと小さな声で言った。


「……クリス、次の一曲の間は一緒に居なくていいわ」

「え? でも、私はミアの専属騎士なんだけど……」

「折角の王宮騎士団の誘いを断られて一週間泣いて塞ぎ込んだ王太子が慰めて欲しいそうよ。私の代わりに相手をして差し上げて」

「はーい……えぇ、やだなぁ……私、男に興味ない……」

「やった! 流石アデリア!」

「もう、王太子様! 気を緩ませていいのは四人だけの時ですわよ!」


 念願のパートナーを手に入れた王太子はアデリアに押され、心の底から嫌そうな顔をしたクリスと共にダンス会場へスキップして行った。


「じゃあ、私達も行きましょう」

「え?」


 壁へ寄りかかろうとしていたアデリア侯爵令嬢の手を引き、私は曲が始まる寸前にホールへ飛び出た。


「ちょ、ちょっと!」

「ダメですよ、淑女らしく私の腰に手を添えて。貴女が女性パートです」

「えっ、えっ……」


 真っ赤な顔で混乱するアデリア侯爵令嬢だが、曲が始まるとすぐに優雅なステップを始めた。流石未来の国母。完璧な対応である。

 ただ、貴族たちの注目が集まっていて、なんだが不安になる。クリスの男性然とした振る舞いは認知されていても、私の今の身分は辺境伯の男爵令嬢だ。参加者のメイン世代が王太子と年が近い若者であり、同性の友達を誘ってのダンスは決して少なくないが、社交界で燦然と輝く花と汚泥の中で萎れた花が踊っていれば嫌でも目に入るだろう。


「貴方、こういうの嫌じゃなくて?」


 珍しくアデリア侯爵令嬢から気遣いの言葉が出てきた。


「これ以上目立たないために身分を捨てて辺境に向かったはずなのに、どうして学園であんなにも目立とうとするのかしら? 私がフォローしていなければ、今頃誰かに勘付かれていたに違いありませんわ」

「いえ、侯爵令嬢のせいで余計悪目立ちしているのですが、自分にまつわる噂はご存知なくて?」

「し、知りませんわ! 貴方への悪口は私の専売特許だとキツく言っていますし、私以外が貴方をいじめることは許さないとキツくキツく言い聞かせて、あの恥知らずな令嬢達を何度懲らしめたことか……」

「……私が知らないところでご迷惑をかけてしまっていたのですね。申し訳ございません」

「本当にそう思うのであれば、今この場でだけ昔のように話して下さいませ、ミリアム様」

「やめてよ、その名前。そいつはもう死んだんだから」


 ややアデリア侯爵令嬢にペースリードされる形で踊りながら、私は少し昔のことを考えた。

 国王の私生児……いや、実際は反逆者である王弟の隠し子であった頃。国王の厚意で彼の私生児として扱われ、王家の一員として認められた私は王太子と本物の兄弟のように育てられた。アデリア侯爵令嬢とクリスとは親の繋がりで仲良くなり、幼馴染四人組としていつも一緒にいた。

 私達の友情は『私生児のミリアム』が死んで『辺境令嬢のミア』が生まれてからも変わらない。外見や身体能力に大きなハンデを負った令嬢である『ミア』をアデリア侯爵令嬢なりにフォローしてくれていたことは分かっていたし、だからこそ私はそれに合わせていたし、クリスや王太子も付き合ってくれた。

 ただ、あの放火がなければもう少し何かが変わったかもしれない。私は王太子の臣下になり、新しい公爵家を与えられて、アデリア侯爵令嬢は王太子ではなく私の婚約者になっていただろう。元々王太子はクリスに一目惚れしていたのだから、絶対にアデリアを選ばなかったはず。ただ、クリスがソードマスターになって私の専属騎士になるなんて、あの頃の誰も想像していなかっただろう。

 後継者の排除を狙って火が放たれたあの火災で、私は幼馴染の三人を逃すために暗殺者へ突撃し、敵諸共火の海に落ちた。追い詰められた私達の中で、私だけが唯一暗殺者の不意をつける位置にいて、武器も何もない私は奴を燃え盛る炎の中へ突き落とす事しか出来なかったのだ。

 結局死んだのは暗殺者だけで、私は何故か生き残った。王太子である兄が生き残ったので、別に死んでも良かったと思ったし、こんな身体になってまで生きるのはしんどいなと子供ながらに思った。

 でも、三人が揃って耳元で『い゛ぎでい゛でよ゛がっだぁ!』と泣き喚くので、身体が壊れるまでは頑張るのも悪くないなと思った。そして国王の提案で『ミリアム』の地位を捨て、療養に適した辺境伯の元で養女となった。性別まで偽ったのは、私を後継者争いに巻き込まないように、という国王の配慮だ。辺境伯は女性だが、彼女には将来有望な息子がいる。いずれ嫁に出す令嬢の方がお互い立場的には良かったのだろう。


「アデリア、俺のためにもう何もしなくていいよ」


 それは本音だった。王太子もアデリア侯爵令嬢もクリスも、みんな未だに私のことを気にかけてくれる。クリスは一緒に辺境に移住して日常をサポートしてくれた。アデリア侯爵令嬢は私が貴族として学園に通い出す前から、社交界での身の振る舞いについて考えてくれた。王太子は王族として忙しいはずにも関わらず、定期的に辺境まで様子を見に来てくれた。いっそ忘れてくれたら良いのに、と心苦しくなるほどの献身だった。


「嫌ですわ。私、貴方を支えるためにここまで完璧になったのです。貴方が貰ってくださらないと困りますわ」

「それは……っ!」


 無理をしてステップを踏んでいた私は、ターン時に思い切り足を滑らせてしまった。

 しかし、そのズレすら一つの演出のようにアデリア侯爵令嬢が私の腰を抱いて支えてくれたので、事なきことを得た。


「ほら、私って完璧でしょう?」

「……」


 いつの日だったか、クリスが言っていた。『アデリアは悪役令嬢枠なのに、ヒロインみたいに純粋だね。ミアの方が絡むと時々ゴリラみたいになるけど、あれでも原作は真面目枠』と。クリスが異世界からの転生者だと知っているのは私達幼馴染四人組だけだが、未だに理解出来ないことも多い。だが、二週目の人生を羨ましく思ったのは全員共通だ。


「貰ってくださいませ、ミリアム様」

「……内戦だけはごめんだね」


 切なく見つめられても、私にはもう何も決められない。そういう立場ではないのだ。


「それはほら、王太子が何とかします」

「完璧令嬢なら君が何とかして見せてよ。俺の手、もうボロボロで真っ黒だから」

「……かしこまりました。やってみせましょう」


 私達は丁寧にお辞儀をして、定位置になりつつある壁際へ向かった。私はクリスと合流し、アデリア侯爵令嬢は王太子と消えて行った。この幼馴染三人組に混ざっている中性的な令嬢、となると勘が良い奴は気付いてしまうから、公の場ではとても一緒にはいられない。


「で、ダンスはどうだったの?」

「最悪……足を五回も踏まれた……こんなことなら、いっそ私が女役をやれば良かった!」

「王太子に女性パートを踊らせたのは貴女だけよ。誇りなさい」

「うん! 明日もこのネタでからかってやろ〜」


 男性に興味はなくても、その男性の中で一番仲が良いのが王太子だ。元兄の恋も、案外実らなくもないのかもしれない。

 二回のダンスで体力を使い切った私はクリスと共にパーティー会場を後にした。明日は辺境伯の王都の屋敷で別のパーティーがある。

 私の誕生日。『ミリアム』が死んだ日であり『ミア』が生まれた日。『ミリアム』と『ミア』共通の誕生日だ。自分の誕生日に放火に遭うなんて災難すぎる。とんだプレゼントだ。


「……クリス」

「はい?」

「私、女々しい?」

「好きな女の子にいつまでも告白出来ないのは女々しいかな!」

「私なんかに人生を潰されないための配慮よ。みんな、私にもう構わなくていいのに」

「そんなこと言わないでよ! 私達、友達なんだから!」

「……ふふ、そうね。友達、友達だもの……本当に、有難いわ」


 今ではもう女性らしい話し方が染み付いてしまっていて、ズボンの履き方よりドレスの着方の方が馴染みがある。私はもう男性ミリアムとして表舞台に戻ることはない。真っ黒な手足に不自由な身体。こんな自分を友達だと言ってくれる人が三人もいるのだから、十分幸せだ。好きな人から告白されたのだから、もう明日死んでも良いだろう。


「ミア、ミア? 眠いの? じゃあ、腕枕してあげる! 前世では弟にこうしてあげるのがお姉ちゃん特権だったんだよ〜」

「えぇ……お願いね……」


 ドレスを全部脱いでベッドに横になり、並んで寝転んだクリスの腕の中で目を瞑る。


「え、えぇ!? ちょ、ちょっと! クリスばかりズルいですわー!」

「弟には目一杯優しくしてやってくれとは言ったけど、こればかりはズルいぞ我が弟ー! 誕生日プレゼントを持ってきただけなのに、なんだこの仕打ちはー!」


 深夜にも関わらずパーティー終わりに訪ねてきた未来の国王と国母が何かを言っているが、関係ない。

 私は……俺は、眠った。この日は本当に張り切りすぎて、俺は結局二年ほど目を覚さなかった。でも、幼少期の火事で奇跡の生還を果たした俺の身体は今も生きているのが不思議なほどボロボロで、いつ死んでも正直おかしくなかった。

 だから、二年後に目覚めても「おー、まだ生きてる」くらいの感想しかなかった。

 ただ、何故かその二年の間に長らく我が国と対立していた帝国に戦争で勝利していた。「あの時の恨みを全部晴らしておいたぞ!」と国王に即位していた王太子が笑顔で報告してくれたが、驚きを当然隠せない。確かにあの放火……暗殺未遂事件は帝国によるものだった。まさか本当に仇を討ってくれるとは思わなかった。

 そして、クリスが心底嫌そうな顔で国王からの求婚を断っていたのはいつも通りだが、書類上の夫婦になっていた。一体どんな取引をしたのだろうか。何でも侵略戦争で一番の戦果を挙げたのがクリスらしく、国民からも王妃になることを望まれていたようで、「お飾りでいいから妻になってほしい」と苦しすぎる告白を受けて渋々承諾したらしい。まだまだ白い結婚のようなので、側室から子供が産まれる方が早そうだ。

 そして、アデリア侯爵令嬢は側室には加わらず、何故か俺と婚約していることになっていた。なんでも、国王が即位して早々俺を『ミリアム』として皇族復帰させ、皇位継承権を放棄させる代わりに公爵位を与えたらしい。目覚めたらとんでもない重責が肩に乗っていた。恐ろしい。これを許可した前国王もどうかしているが、彼もずっと俺のことを気にかけてくれていた。帝国の脅威があったからこそ出来なかっただけで、本当はこうしたかったのかもしれない。


「ほら、貴方が貰ってくださらないから、私から貰いにきてしまいましたわ。褒めてくださいまし」


 ミリアムミアも全部手に入れたアデリア侯爵令嬢が、今日も寝たきりの俺の元に食事を運んできてくれる。公爵としての仕事は彼女に任せきりになってしまっているが、彼女は何でもこなす完璧な淑女だ。先の戦争でもかなり貢献したらしい。それに、我が家には親代わりになってくれていた辺境伯やその息子達が選んでくれた選りすぐりの使用人たちもいる。きっと、上手くやってくれているんだろう。


「アデリア。本当に俺でいいの?」

「はい。貴方しかいりません。あの時私を守ってくれた貴方にしか、私の全部をあげられません」

「……アデリアのためじゃなかったよ。ああするしかなかっただけ」

「いいえ。あの時暗殺者に一番近いところにいたのは私でした。だから、あんなにも必死になって助けてくださったのでしょう?」

「それは……それは、アデリアの思い込みだよ。俺、そんなに勇敢じゃない」


 口ではそう言ったけど、俺の顔は多分赤くなってしまっている。アデリアにはバレバレだろう。

 そうだ。俺はアデリアを助けたくて、命懸けで暗殺者に突撃した。両親の期待に応えるために完璧を目指して一生懸命勉強する彼女のひたむきな姿勢や、私生児故に表立って動き辛い俺のために一緒に部屋で遊んでくれたり、俺が知らない外国の話を沢山してくれる彼女が好きだったから、絶対に守りたくて死にに行った。

 こんなの恥ずかしくて、絶対に口に出来ないけど。


「はい。では、そういうことにしておきましょう。私は偶然貴方に助けられました。それだけでも十分ですわ」


 アデリア侯爵令嬢……アデリアは俺の黒く焼けた手を取り、あのパーティー会場で俺がしたように、優しくキスをしてくれた。


「愛していますわ、ミリアム様」

「……俺も。アデリアが小さい頃からずっと好きだよ」


 その後の俺たちが子宝に恵まれたかはまた別の話。

 ただクリスと兄もなんとか夫婦として上手くやっているようだ。今度子供の顔を見せてくれることになり、ついでに自然豊かな俺の邸宅で記念写真を撮ることになった。


「はーい! みんな笑って笑ってー!」


 最新の異国の射影機のスイッチを持って、クリスがお手本の笑顔を見せてくれる。兄は我が子を抱きながら子供っぽい笑顔になり、アデリアは俺の隣で少し恥ずかしそうに笑っている。

 クリスが前世で見た『ゲームのハッピーエンド』とはまるで違うようだけど、彼女が言う『集合写真エンディングスチル』にこうして大事な幼馴染たちと一緒に生きて加われたことを、心から嬉しく思っている。

2作品目の悪役令嬢モノでした。

前回に比べると悪役感やスカッと感が少ないですが、幼馴染四人組の恋愛にスポットライトを当てた短めのお話です。

『私/俺』が知らない2年間のダイジェスト部分や暗殺を計画した帝国側のお話も、機会があれば書いてみたいなぁと思ったり。

拙作を読んでいただき、ありがとうございました!

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