世界で一番丸いもの(三十と一夜の短篇第75回)
つまり、その科学者が言うには――おい、キューを置いて、話をきいてくれよ。ついでに何か飲み物を作ってきてくれ。とにかくだ、その科学者が言うにはこの世界で一番丸いものには原子がどうたらこうたらの中性子が不倫して隠し子作っただのとかなんとかでだな、世界で一番丸いものにはとんでもないエネルギーが内包してあってだな、ちょっとした衝撃を与えただけで地球の半分が吹っ飛ぶほどの大爆発が起こるそうだ。で、その科学者は、自分でそんなことを言っておいて、世界で一番丸いものをつくるって張り切っててだな、もう、死神博士も真っ青だろ? その馬鹿野郎が言うにはぴったし重さ一キロの球をつくるって言うんだ。シンキュウって言うんだってよ。あ? 針治療? それは針灸だろうが、馬鹿め。真球。真の球だよ。材料はシリコンか何かで、そいつを精密に、せいーみつに削って丸めてこすって、ピカピカの真ん丸にするわけだ。あ、もう作られたかだって? まあ、作られたらしいな。おいおい、なにビビってんだ? テーブルの下に隠れてもどうにもならんだろ? 地球の半分が吹っ飛ぶんだぞ。それはアルゼンチンやブラジルじゃなくて、この日本でつくられた。爆発するとしたら、おれたちは間違いなくあの世行きだ。死んだってことも分からんうちに死んでるさ。――おい、なんだ、このハイボール? 濃すぎるだろ。なに、一対一でつくった? もう、いい。これはお前が飲め。お前に飲み物を任せたら、アル中になっちまう。自分でつくる。おい、知ってるか? ハイボールに山椒をちょっとかけると、味が引き締まる。黒コショウでもいい。まあ、やってみろ。ん? なんで、おれが怖がってないかだって? まあ、それにはカラクリがある。
その世界で一番丸い玉はな、どんな衝撃も伝えない特殊な箱のなかに入ってるんだ。だから、その丸い玉には衝撃が与えられない。つまり、爆発はしないってわけだ。な、安心だろ? ん? じゃあ、箱の外に出たら、ヤバイだろって? ふふん。そこにこの話のミソがある。箱から出た瞬間、世界で一番丸い玉は世界で一番丸い玉じゃなくなる。どうしてかっていうと、まず世界で一番丸い玉は空気に触れる。空気抵抗で世界で一番丸い玉はほんのちょっと、本当にほんのちょっとだけ削れる。つまり、真球じゃなくなるってことだ。だから、爆発しない。な、安心だろ?
え? そのシリコン玉が世界で一番丸い玉でなくなったら、世界で二番目に丸い玉が繰り上がって世界で一番丸い玉になるから、やっぱりヤバイって? それは言葉の問題であって、科学的じゃないな。それに世界で二番目に丸い玉だって、どうせボールベアリングとか、そんなんだろ。日常生活からかけ離れた代物に違いないから、専門家がうまくやってくれるさ。
それより、どけ。お前がそこにいると、目に入って気が散るんだよ。これから、あのエフレン・〈マジシャン〉・レイズもびっくりのスーパー・マジック・ショットを見せてやる。一度に3番と6番を同じポケットに入れてやる。なに、そんなこと、出来っこないって? まあ、見てろ。華麗に決めてやるから。
そらっ!