六章 醜い小人と巨漢のブサイク
「……あ、ここは」
イケテルが目を覚ますと、そこには緑の天井があった。
木々の葉とその隙間から淡い光が差し込んでいる。
(なんか重い……なにしてたんだっけ)
思い出そうとするがどうにも意識がハッキリしない。まだ頭がぼーっとしている。
(……どこだここ)
寝たまま頭だけ動かし周囲を見る。
周りは岩壁に囲まれ、天井はぽっかりと空いている。
(洞窟っていうより、岩に囲まれた砦みたいな)
秘密基地という言葉がしっくり来る場所だ。
この光景を見ていると子供の頃を思い出す。
田舎の祖父の家、その近くに大きな岩がいくつも置かれてる場所があった。
夏休みは弟と二人でその隙間の中を秘密基地にして遊んでいた。
(子供が入るにはちょうどいい広さだったもんなー)
だからか、この場所はその時の場所を彷彿とさせる。
今思えば岩が崩れかねない危険な場所だった。
子供の頃は何が危険か知らないので無茶をする。大人になると何が危険か知るために無茶が出来なくなる。
(それで今の状態は……)
危険か安全か。
正常な判断をするためにまず頭を覚まさなけばいけない。
目覚める前は何をしていたか、イケテルは思い出そうとする。
(そうだ、瓢箪食べてたらだんだん痺れてきて)
そこで意識が途絶えたはずだ。
それなら目覚めるのは瓢箪が実っていた木の根元だ。少なくともこんな岩に囲まれている場所じゃない。
重い体に鞭打ち、ゆっくり上半身を起こす。
寝ていた地面には柔らかい草が敷き詰められていた。
「草のベットか? 誰かがここに寝かせてくれたってことだよな」
親切にも倒れてた自分をここまで運んで介抱してくれたようだ。
なら助けてくれた誰かがいるのではと周囲を見る。
空間の奥、光が届かない暗がりに背を向けてしゃがんでいる誰かがいる。
彼、もしくは彼女が助けてくれたのだろうか。
感謝の礼を言おうとイケテルは呼びかけた。
「あー、ちょい、すいません。なんか助けてもらったようで」
ありがとうございますと続けようとして、言葉が止まった。
こちらに振りむいた恩人が暗がりから出てきたからだ。
その姿は人間ではない。
緑色の肌。大きな頭に、とんがった長い耳。丸い大きな目。尖った鼻。大きな口。醜い顔を持った小人だった。
「…………」
イケテルは思わず息を呑んだ。
知っている、この特徴を持つ生物に心当たりがある。
ゲーム、アニメ、漫画、ラノベ、色んな娯楽作品で見た、倒した、お世話になった、その生物の特徴に随分と似ている。
「ゴブリン」
イケテルは囁くようにつぶやく。
ゴブリンだ。目の前の醜い小人はそれにそっくりだった。
(つ、遂にファンタジー感ある奴と出会えた!)
驚きや恐怖より感動が先に来た。
異世界に来てやっと求めてたファンタジー要素だ。だってゴブリンだ。ゴブリン。
雑魚敵と言ったらスライムと並び立てるモンスターだ。それが目の前に生でいるのだ。
イケテルはゴブリンを見て感激していると、
ゴブリンがキキッと喉を鳴らして、こちらを見てくる。
「あ、え、どうも」
目が合ったので思わず頭を下げて挨拶をする。
するとゴブリンは大きな口の端を吊り上げてもう一度喉を鳴らすと、また暗がりに引き返して行った。
(なんだ今の不気味な笑い)
何か嬉しいのだろうか。自分が起きたことがか。
なぜ、と考えると嫌な予感がしてきた。
起きて嬉しい、反応がないと嬉しくない、つまり、
(拷問……?)
そうだ。ゴブリンは魔物だ、人を襲う存在だった。
生前、人を痛めつけて楽しむ残酷な描写の漫画を読んだことがある。
(あれ、こんな狭いところでゴブリンと二人っきりって……やばくね?)
イケテルは深刻な状況だということに今更気づいた。
(やべええええっ!? は、早く逃げないと! どこからどこからだ!?)
慌てて、逃げ道を探す。それはすぐ見つかった。
岩と岩の間に出来た大きな三角の隙間が見える、奥は明るい。あそこが出口に違いない。
逃げようと、急いで立ち上がろうとして、こけた。
「くっ、いってぇ」
身体の痺れがまだ完全に抜けきってないのか、足に力が上手く入らない。
「うごけ、うごけって俺の足!」
這ってでも行かねば、と腕の力で移動しようとしたら目の前に緑の足が来た。
ゴブリンだ。
恐る恐る顔を上げると、にやりと笑う大きな口と目がこちらを見ている。
「うおあおあおあっ!?」
イケテルは言葉になってない叫びを上げて、横に転がる。すぐ壁にぶつかった。
そのまま壁を支えに上半身だけでも起こす。ゴブリンが両手に何かを持って近づいてくる。
その手には丸い木の実のようなものとナイフのように尖った石が握られていた。
(皮か!? 俺の皮を剥ぎ取る気か!? そんで木の実で伸ばす気か俺の皮伸ばす気か!?)
あまりの恐怖に思考がまともに動かない。
殺される。拷問されて痛い思いして異世界ライフも一日も立たずに終了、バッドエンドだ。
ゴブリンが尖った石を振り上げた。
「ひいっ!?」
イケテルは恐怖のあまり瞼を閉じた。
直後ガッと何か硬いものに刺さる音が何度も続く。
(うああ、痛い痛いってあれ?)
痛みがない。おかしいなと目を開くと目の前でゴブリンが尖った石を使って木の実に穴を開けていた。
「え、そっち?」
予想と違った光景に思わずイケテルは呟く。
するとゴブリンが穴を開け終えた、木の実を差し出してくる。
「は? くれんの? あ、はい、あざっす」
イケテルは軽く頷いて、両手で受取ると、ゴブリンが両手を使って飲めというしぐさをしてくる。
逆らう勇気もないので言われたまま木の実の穴に口を付けて呷ると。
ねっとりとした果汁が口の中に流れてくる。
甘い。ハチミツのような味わいだ。体に良いとわかる。これは美味い
何度も喉を鳴らして、全部飲み切った。
「ふぅ、ごちそーさん」
ご馳走になったのでゴブリンに礼を言うと。
ゴブリンは満足げな笑みを浮かべてキキッと喉を鳴らす。その様子を見てイケテルは思った。
(こいつ、善いゴブリンなんじゃないか)
倒れていた自分を運んでくれたようだし、わざわざ草のベットに寝かせてもくれて、今も美味しいものを飲ませてもらった。
異世界に来て最初に優しくしてくれたのがゴブリンというのはどうかと思うが、もう感謝しかない。
恩人のゴブリンをよく見ると、全身傷だらけだ。
他の魔物や冒険者にやられたのか、それともあの凶暴な村人達の仕業か。かなりボロボロな状態だ。
(自分がそんな状態なのに俺の看病をしてくれたのか……なんて、いい奴なんだ!)
ゴブリンの優しさにイケテルは泣きそうになった。
転生して、いやもうする前から酷い目に合ってきた。
お約束のチートスキルも貰えず、手で叩き潰され、森スタートで看板に騙されて、村人たちに追いかけられ、しまいにはステMAXの代償にブサイクな姿にされた。
この世界にはろくな奴がいない。絶望しかけた。だが、いい奴はいたのだ。
(ゴブリン、いや、もうそんな種族名呼びじゃ失礼だ、感謝の気持ちを込めていい名前をつけてやるべきだな)
何がいいかとイケテルは考える。
呼びやすく親しみが持てる名前がいいだろう。
よし決めた。
「ゴブオ! お前、今日からゴブオな! 俺ら今日からベストフレンドだぜ!」
友好の証として、親指を上げて向ける。
ゴブオがそれに首をかしげてから、キキッと喉を鳴らして満足そうに頷いた。
通じたようだ。
(種族が違えど心が通じ合えば想いは届くものなんだな)
うんうん、とイケテルは何度か頷くと、ゴブオが壁に立て掛けてあった、大ぶりの棍棒を手に持って出口の方へ向かっていく。
どこに行くんだと声を掛けると、ゴブオがこちらに振り返り、
「キキッ」
と喉を鳴らし、親指をこちらに上げて見せた。
「応ッ!」
それにこちらも親指を上げて返す。
ゴブオが一度大きく頷くと、そのまま外に出て行ってしまった。