五十八章 お買い物とお約束と
ルゥはイケテル達を追いかけて南西区へ来ていた。
彼の行先は誰に聞かなくても分かる、街中に設置された音響の紋章より実況中継されているからだ。
今も彼の様子が実況されている。
『おっと! また挑戦者に聖剣からの一撃、今度はヤカンが飛んできた! だが、これを手に持つ棍棒で弾く! さらに観衆から続々物が投げられていく、おっとさすがに投げ過ぎかー!? いや、拾う拾う、無造作に投げられたゴミ、もとい、応援アイテムを次から次へと男の顔面にシュート! エキサイトしてるぞ!! 今、彼らは南西地区から真っ直ぐ南下中、どこまで行くのか、目が離せない! さぁ、一目見たい方、南西地区へ。今、南西地区では祭開催の記念として、複数の通りに出店が開き、聖剣商品を売り出しております、お求めの方はお急ぎください。続いて今回のスポンサーはー』
ルゥは彼ら行方を把握した。
どうやら、イケテル達は南に移動しているようだ。
……その方向は確か。
ガイドマップを開いてみればあの場所だった。
イケテルさんが誘導して……ないか、偶然ですね。
単純な彼は聖剣を必死に追いかけてるだけなので、聖剣が選んだ道を進んでるはずだ。これまでの実況を聞く限りでは彼女は壁伝いに移動している、つまり壁に沿ったルート、しかも見物人が集まってるため、狭い道より広い道を選ぶよう誘導されているようだ、そうなると南に進むことになる。
貯水池に出るルートですね。
行先は分かった。あとは先回りすればいい、ルゥは歩みを止めずにいくつも出店が並ぶ通りを抜けていく。
この辺りは屋台通りと違って、常に店が並んでるわけではなく、祭やイベント時のみ店を出すことが許されてるようだ。今も急ぎ店を開こうと屋台を組んだり、商品を運んできている。
このお祭り騒ぎに便乗する気満々の店も多い。
例えば、聖剣焼きと書かれた看板を掲げている店、何を売っているのか横目で見ると、腸詰めした棒状の粗びき肉を棒に挿してそれっぽく売ろうとしていた。
アレ、聖剣さんがみたら屋台ごとたたっ斬りそうですね。
ルゥはそれを目で追いつつ、胃をさする。
正直、空腹だった。そろそろランチの時間も近いというのにイケテルはまだ決着がつけられていない。思わず、食べ物の屋台を見入ってしまうが、
……一応、イケテルさんとランチの約束しましたしね。
彼がまだ覚えているならこちらが破るわけにもいかない。
嘘をつくことになるのは嫌ですね。
ルゥは一度頭を振って、また前を歩き出す、すると、今度は食べ物ではないものが目に留まった。
板を置いて建てられた簡素な店にブサイクな珍獣の毛糸で編んだぬいぐるみと聖剣が並んでいる。近づいて見れば、ぶさぐるみと聖剣レプリカ鞘付き、お土産にいかがとテロップに書かれていた。
「あの、すいません。この聖剣なのですが」
すると、後ろを向いて木箱を下ろしていた筋肉質な男が振り向く。
「お、らっしゃい! どうだいこの聖剣レプリカ! 本物に限りなく近い逸品だよ! 最新商品だ! この店でしか買えないぜ!」
最新商品という言葉にルゥは眼を鋭くした。
店主は嘘ついた、というか見れば嘘だとわかる。
後ろの木箱、随分と埃被ってますからね。
恐らく中にはこの複製品が大量に入っているのだろう、作ったのはだいぶ昔のはずだ、聖剣がまだこの街で観光地になっていた頃の商品だと予測がつく。
だがこの鞘自体は悪いものではない、むしろ、
「このレプリカの鞘、本物ですね?」
「ああ、本物さ、ま、肝心の聖剣は刃の入ってない鉄の模造剣だがね、お土産に如何だい! 本物の聖剣とサイズは一緒だぜ!」
「いえ、本物より一回り小さいようですが、サイズが変えられるようなので問題ないですね、これ一つください、このぐらいで」
ルゥは言葉と共に指を何本か上げる。
すると、店主が苦い顔で首を横に振った。
「では、そうですね……そちらのぬいぐるみも一緒に頂きますので、このぐらい割り引いて貰えませんか?」
ルゥはもう一度指を上げると、店主が唸りながら言う。
「お客さんコレ欲しいのか? 並べて置いてなんだがどこがいいんだこれ?」
「ブサ加減がいい感じだと思います、ちなみにこれを売ろうとした理由は?」
「そりゃあ、今、聖剣追いかけてる兄ちゃんと似てる商品があるって卸業者が言ってたから、つい聖剣レプリカとセットで急ぎの仕入れしてな、開けてみたら、売れるかこれって感じでよぉ……買ってくれるなら、安くしとくよ」
「ぜひ、お願いします。ところで店頭買取りしますって書かれてますが、何でも買い取ってくれるんですか?」
「ああ、うちの本店は古品も扱ってるからな、何か売りたいものがあるなら宝石や剣、骨董品でも何でも買うよ!」
「では、これを」
ルゥは買ったばかりの聖剣のレプリカの中身を差し出した。
店主が苦虫をかみつぶしたような顔になるが、気にせずもう一言要求する。
「どちらも布にくるんでもらっていいですか」
「……構わないけど、包装代は普通に払ってくれるんだよな」
「それはもちろん、ええ、よい買い物でした」
ルゥは無表情で告げた。
○
荷物を抱えて、ルゥは店を後にすると、通りを走ってくる、灰色のジャケットを着た男達の姿を見た。誰かを探しているのか、出店の客や通りを歩く人たちを逐一見て回っている。
もしや……。
「街長さんのとこのスタッフさんですか」
その後ろ姿にルゥは話しかけると。
びくっと一度肩を振るわせて、男が振り向いた。
顔を見れば、彼は確かイケテルに肩の関節を極められていた人だ。
「あ! 術士殿! あーよかった、見つかった! あの、街長が貴女に聞きたいことがあるそうで!」
慌てた彼が両手を振って説明してくる。
「ええ、わかっています、それで街長さんはどちらに? 私も急ぎ行かねばならないので近くにいないようなら――」
「いえ、それには及びません術士殿!」
その声に振り返ると、肩で息した街長が立っていた。
「とりあえず、一体何が起きているのか説明願えますかな!」
街長が必死な形相で迫ってくる、と同時に、音響の紋章より実況が流れてくる。
『さぁ、そろそろ南西地区も最後のストリートだ! ここを抜けると貯水池の自然公園に出るが、一体この二人のゴールはどこなのか! それは誰にもわからないゼ――――ット!』
ルゥはそれを聞いて、街長に提案する。
「馬車とか用意してありますよね、とりあえず今聞こえた目的地まで行きましょう。恐らく街長さんが解決を望んでることが片付くと思いますよ?」
○
イケテルは街中を抜けて昨日訪れた貯水池に出ていた。
追いかけていた聖剣はもう壁もないので、地上に降りてきている。
池の外周に建てられた落下防止用の柵の上をステップを踏むように、飛んで、跳ねて、回って、逃げるというより楽しむように進んでいた。
「おい、なんか楽しそうだな」
「そう? わたしは別に楽しんでるつもりはないわ」
そう言う、聖剣の声は弾んでいるように聞こえた。
それに首を傾げながらイケテルは聖剣に歩みを合わせるように走る。
「なぁ、そろそろ決着つけねぇか」
「つけたいなら、そうすればいいじゃない、この柄を掴んでね」
聖剣が柵の上で、浮き上がり舞うように回って、言葉を続ける。
「でも、まだダメ、ここじゃいやよ。この池も悪くないけど、もっといい雰囲気があるところで、そうね、もっと神秘的な場所で決着をつけましょう」
「はぁ」
イケテルは力ない頷きで返すが、どうも調子が狂う。
決着をつけるのは望むところなのだが、聖剣の様子がおかしい、存在もおかしいのだが、そうではなく、少し前からだ。
あれは、どこからやってきたのか観客達が湧いてきて、家の中の連中が壺やら花瓶やらヤカンやら投げだして、それをこちらに叩きつけ始めた頃だ。
撃ち込みそれを迎撃してる間に、聖剣の雰囲気が変わっていた。ツンケンしていた態度が、柔らかくなっていた気がする。
なんか途中から楽しんでたよな。
楽しみながら人の顔面に物をブチ込もうとしていたのなら、やはり頭おかしい、あの剣はおかしい奴だ。
でも、自分も楽しくなっていた気がする。
人々の声援を受けて互いに全力を出し合った、好敵手というのか、わからないがまぁ悪くない気分だった。
その観衆は今は後ろから遠巻きについてきている。
背後から聞こえる声に、どっちが勝つんだ、結果が気になるぜ、とか、私は聖剣ちゃんにお小遣い全部賭けてるのよとか、いつのまにか賭けレースの対象になっているがオッズはどっちが上なのか地味に気になる。
「夢中でここまで来たけど、結構楽しかったな」
イケテルは何となく思ったことを呟くと、聖剣が答える。
「そうね、わたしもなんかスッキリしたわ」
「いや、お前はストレス発散したからだろ、人にあんだけ物を叩きつければ、気分も晴れるわ」
「そうじゃないわ。……わたしはずっと縛られていたって気づいたのよ、外に出てやっとね」
「どういうことよ」
首を傾げて隣を行く聖剣を見れば、踊るようにその剣を翻して答える。
「過去と決別する時が来たってことよ……」
聖剣がこちらに向き言葉を紡ぐ。
「だから、あんたに話してあげるわ、わたしの過去を、それにあんたがどう応えるかで決着をつけましょう、あの先で」
聖剣が剣先を向ける、その方向にあるのは林道の入り口。
「あの林を超えた先にある、あの人と一緒に見た、あの泉でね」