五十二章 触らせない聖剣
「ふざけんな! この世界はどうなってんだ! ブサイクにどんな怨みがあるんだぁ! チクショウおおおっ!?」
イケテルは激怒した。
何にか。この理不尽な世界にだ、馬鹿野郎!
どうしてブサイクであるだけで聖剣に触れることすら許されないのか。
そうだ、この世界を作った女神のせいだ、許せねぇ。
「女神だな! あの三流が俺に嫌がらせしてんだ、俺がモテないのも全部、アイツが悪いんだ、許さねええええっ!!」
「イケテルさん、落ち着いてください。確かに顔がブサイクなことで色々理不尽な目に合ったのはわかりますが、モテない理由の半分はイケテルさんがエロい目を向けるからです、全部女神様のせいにするのはあんまりですよ」
ルゥが落ち着けと言いながら、紋章板を構えたまま指を連打している。
連射か、連射なのか。
「お前はまずその撮影をやめろ! そして俺にこのふっざけた剣ついて詳しく教えろ!」
「……聞く態度がなってませんが、まぁいいでしょう。私が聞いた話では、昔は誰にも抜けない聖剣と呼ばれていて、抜こうと訪れる人も多かったそうです。
ですが、三十年ぐらい前からこの聖剣に変化が起きたそうで、それがイケテルさんも先ほど体験した現象。ブサイクだと触らせない、いえ、正確にはイケメンでないと触ることを許さなくなったそうです」
ルゥが剣に視線を落とし、続ける。
「昔は観光客も訪れていたそうで、それで、まぁ今のイケテルさんみたいに怒って苦情を入れる人が多くなりまして、この場所は観光地から除外されたようです。今は地元の人が知っている程度の知名度らしく、私が昔、聖剣について聞いた人はお歳を召した方だったので、情報が古かったんですね」
ルゥが謝罪のつもりか右手を縦に向けて説明を終えた。
「なるほど、で、お前が噂を聞いてたのに、真相を教えなかったのは俺のリアクション見るためなんだな、そうなんだな、お前は人の顔見て何が楽しんだ! 絶対に許さんぞ!」
「さっき、人の胸を見てお辞儀してた人が何か言ってますね」
「よし、まぁ許さんこともない、お前はそういう子だもんな、仕方ないわ」
「ええ、イケテルさんはそういう人ですからね、仕方ないですね」
はははっ、と聖剣を挟んでお互い声を上げるが、自分もルゥも顔は一切笑っていない。
しばしの沈黙の後、イケテルは吐息一つ付けてから声を作る。
「で、これどうしたらいいんだ、イケメンしか触らせないって面喰いかよ剣の癖にマジでふざけてんなぁ」
「あ、いえ、それは少し違います。確かにイケメンが好きなようですが、顔が良いは最低条件です。身だしなみにもうるさいらしく、服装の乱れはもちろん頭がぼさぼさだったり、鼻毛とか出てたら即アウトで、以前に触れさせてくれた人でもダメなときはダメだそうです」
「……それ本当に剣か?」
聖剣に疑いの眼を向ける、見ると何故か後ろに反り返っている。
……おい、これはどういう意味だ?
剣に半目を向けていると、ルゥが新たな言葉紡いだ。
「そんなわけで、若い人の間では一種の度胸試しとして、ブサイクか、否かという聖剣チャレンジが密かに流行ったそうです、中には、勝負の日に身だしなみが大丈夫か確認するため、聖剣に触れてチャレンジするイケメンさんもいたそうですよ、はい、これが店員さんから聞いた噂話の全容です」
ところで、とルゥが首を傾げて言葉を作る。
「イケテルさん少し離れてあげたらどうですか、なんか凄い嫌がってるように見えますよ、その聖剣さんが」
「あ、言ったな! さっきから折れる勢いで後ろに反り返ってるけど、これ俺に反応してるわけじゃないよな、な、って心の中でずっと願ってたのに、言いやがったな畜生オオッ!」
「真実から目を背けないでください、というか触れなかった時点でもうわかってたでしょう」
「くっそ、もしかしたらまだワンチャンないかと思ってたのにぃ! というかこの剣だ! なんだこの悪意に満ちた剣は、俺の何が悪いんだ、おい!」
「服は私が選んだものですから、それを否定されたくないですねー。やっぱりイケテルさんの顔なんじゃないですか? その、控えめに言いますけど、面白珍獣顔は好みじゃないんですよ、聖なる剣って言いますし」
「それで控えめか! 人にすら例えられてないのに!? ちょっと顔が悪いだけで触ったり近寄るだけで穢れるとか、女子か! 陰鬱な過剰反応する思春期の女子か! この剣は!」
「というかイケテルさん、そういう目に合ったんですか? なんか言葉に説得力ありますけど」
「さ、されてねーし! というかこいつ聖剣じゃねーよ、もう邪剣だろ!
もう許さん、全世界の顔がちょっと悪い奴のためにも、この剣は俺が代表者として絶対に抜いてやる!」
嘘つきましたね、とルゥの声が聞こえたが、もう後回しだ。
何としてもこれを抜いてやる。
お前は俺を本気で怒らせた……!
イケテルは服の裾を捲り、本気モードで挑むことにした。
○
ルゥは異様な攻防を見ていた。
……なんでしょうね、これ。
言葉で表しづらい光景が目の前にある。
行われてるのは超至近距離の鬼ごっこ。
追う鬼がイケテルで、逃げるのが聖剣だ。
主に二つのパターンでその攻防は展開している。
一つはイケテルが全力で剣の柄を取ろうと高速で両の手を突き出すのに対し、それを聖剣が一瞬の判断で避けて回避していくパターン。
もう一つはイケテルの手が届かない距離まで聖剣が剣身を倒して逃げると、イケテルが円を描くようにスライド移動して追いかけるパターン。
この二種類の攻防は台座を軸に、
聖剣が回って円を作り、イケテルがその円の外周を周る。
上から見れば、二重の円の形を描いて、動き続けている。
見ていると、ふと、彼の動きに違和を感じた。
前に出れば、届く距離なのにあえて手を出さす、周り込もうとしている。
……びびってますかね。
たまにイケテルが手を出すのを躊躇しているようだ。
出来る限り、聖剣の柄の方に周ってから掴むように動いている。
理由はわかる。相手が刃物だからだ。
仕方ないことですが、イケテルさん、刃物怖がってますからねぇ。
間違って手が刃に触れないよう、彼は手を深くは突き出さないし、剣側に出過ぎない。ただ、それでも一切接触が起きないのは、彼だけじゃなく聖剣のほうも剣で傷つけないよう配慮しているようにも見える。
それに首を傾げつつ、自分は紋章板で撮影しておく。
画面に映る光景は、必死な形相で走るブサイクとこれまた必死に伸びて縮んで曲がる剣の姿。
世界初の光景じゃないですかね、これ。
そんな珍事である、勇士と聖剣のダンスは互いに動きを止めず回り続けた。
○
イケテルは手を出し、足を動かし続けながらこの状況に舌打ちをした。
先程から状況が変わらないのだ。
追いかけ手を出して、避けられ逃げられて、を繰り返している状態だ。
剣に疲労があるかわからないが、おかげでこっちは疲労が溜まる一方だ。
いずれは自分が力尽きる、と言っても、聖剣が飛んで逃げるわけでもないので、休めばいいだけなのだが、残念ながらこちらには時間制限がある。
今日中に林を何とかせねば、水着コンテストの危機だ……!
昨日、街長と約束を取り付け直したのだ。
協会や騎士団より早く、泉の一件を解決した場合は審査委員長の座を渡すと、誓わせた。渋い顔してたが、交わした以上は口約束でも契約は契約だ。
ゆえに、何としてもこの剣を手にしなければならない。
つまり、どうあってもやるしかねぇ。
イケテルは動きながら勝つための思考をする。
立ち止まっての攻防は勝機が薄い。
こちらが高速で両の手を出しても曲がって避けるわ、下に縮むわ、で、本当に剣か聞きたくなる程、軽快に動く。プロボクサーを相手にしてる気分だ。
やっぱ、追いかけて掴む方が可能性があるか。
聖剣を追いかけた場合、軸を中心に円軌道で逃げるか、剣を逆方向に倒して逃げるかの二種類だ。
ふざけたことに、剣は台座に刺さっているのに360度全方向に剣を傾けやがる。
だが、勝機があるとしたら、この繰り返しの中で出来たそのパターンだ。
狙うなら、そこか。
イケテルは気合を入れなおして、踏み込む足に力を入れて加速した。
○
ルゥは見ていたイケテルが聖剣を追って何度目かの加速をするのを。
イケテルさん元気ですねぇ。
基本的に内側を回る聖剣のがイケテルより早い。
だが、今みたいに全力を出すとイケテルが上回って追い抜く。だけど、
……毎度失敗するんですよね。
これまで何度も追い越して捉えようとするが、毎回対角線上に剣身を倒されて、逃げられてしまうのだ。そして今もそうだ、追い越してイケテルが手を、あれ。
手を出しませんね?
手を出すどころか、足で踏み込んで、彼は勢いそのまま跳んだ。
まっすぐ、聖剣の頭上を超えて、対角線上の位置に。
すると、聖剣も同じように対角線上に剣身を倒し始めていた。
先読みしましたか……!
彼はこれまでの繰り返しで出来たパターンから聖剣の逃げる軌道方向を読み、先回りするために跳ぶことでショートカットに成功させた。
聖剣の方はまた同じパターンだと思い、ずっと繰り返してた逃げパターンを選んだ。これによって跳んだイケテルの方へと逃げてしまう。
彼が着地して即座に翻って倒れてくる聖剣の柄へと手を伸ばす。
聖剣もその行動を予期できず、急停止して反対方向に柄頭を起こすが、イケテルが伸ばす太い手のが速い。
ついに彼が掴んだ、と思った時、想定外の事が起きた。
表情には出さないが、正直これは驚いた。
ルゥは構えてた紋章板を下ろしてそれを見た。
○
イケテルは捕らえたと掴んだ手が空を切った事に驚いた。
「は!?」
嘘だろ、これでも掴めないのかよ……!
跳び越えて手を伸ばした時、確かに聖剣がこちらに倒れて慌てて反対に逃げる姿を視界にとらえた。
あの時勝利を確信したのだ。今ならいけると、だと言うのに、結果はこの様だ。
「いったいどうやって、あのタイミングから逃げやがったぁ!」
顔を上げて、憎たらしい聖剣を睨みつけると、その姿がない。
台座に刺さっていたはずの聖剣が、そこにいないのだ。
「は!?」
二度目の驚きだった。だがすぐにそれは三度目の驚きに変わった。
台座に影が落ちているのだ、それは何かが浮いてることを表している。
見上げてみれば、宙に青みのかかった刃を輝かせる聖剣がいた。
「……抜けた?」
誰にも抜けない剣が勝手に抜けている。というか浮いている。
呆然と、見上げていると、頭上から音が生まれる。それは少女の声だった。
「ちょっとアンタ!」
「……はい?」
聞こえた声に、思わず返事を返すと、さらに声が帰ってくる。
「さっきからしつこいのよ! 嫌がってるのがわかるでしょう! あんたモテないわね、顔じゃないわ、そのしつこい性格が問題よ! あと気色悪いデカい顔を近づけるな、このバカ!」
性格の問題と言われた後に、顔の問題も指摘されたうえ、頭の問題を罵られた。
だが、問題はそこではない。
空から聞こえた声は明らかに、剣から聞こえている。
まさか、
「……え、剣って喋るの?」
「目の前で喋ってるのも分からないの? 耳まで悪いなんてアンタ本当にどうしようもない性悪ブサイクね!!」
空飛ぶ剣に、剣先をビシッと向けられる。
イケテルは静かに目の前の現実を受け入れて、今の気持ちを解き放った。
「しゃべったあああああああああ!?」