五十一章 その聖剣、別名あり
ルゥはイケテルと共に森を進むと開けた場所に出た。
広場だ。
この場だけ円形に広がるよう木々が無く、
地面を覆う草花はどれも短く同じ高さで生え揃っている。
管理されているようで、人の手が加わってないのが感じ取れる神秘的な雰囲気。
自然の中なのに不自然。それなのに不思議と違和感がない。そんな場所だった。
ルゥはその不可思議な空間の主を見た。
この広場の、円形に広がる中心点にある石の台座、それに突き立つ一本の剣。
剣身を半ばまで突き刺し、台座に収まっている。
まるで、王が玉座に座しているような偉大な姿を連想させた。
……これが噂の聖剣ですか。
なるほど、とルゥは頷いた。
確かにただの剣ではない、ここから見る限りでも何かオーラを感じ取れる。
不思議と神秘的で、威圧的でもあり、どこか女性らしい気品さがある。
踏み入ってはならない領域と感じる程に、あの剣はこの場と調和していた。
……聖域ってやつですかね。
立ち入ってはならない、穢してはならない、不可侵の場。
協会本部にある、女神由来の神聖な場と同じ気配を感じる。
「イケテルさん、アレを本当に抜く気ですか?」
隣に立つイケテルを見ると、すでに彼はいなかった。
奇声を発する声が前から聞こえ、見れば、
「ひゃっはぁ――! 本物の聖剣だああ――っ!」
巨体を上下に揺らしてスキップ走りで聖剣の下へと走っていく。
どうやら、あの男には聖域という概念はないらしい。
「イケテルさんは大物ですねぇ」
一息吐いてから、彼の後を早足で歩き出す。
彼が聖剣を抜き出す前に追いつかないといけない。
せっかく観光の予定を変更して、森まで付き合ったのだ。
彼が聖剣にチャレンジする瞬間を逃したくはない。
「さて、噂はどこまで本当なんでしょうかね」
○
イケテルは聖剣の近くまで来ていた。
台座に刺さる剣を見る。
何百年も刺さったままだというのにその剣は輝きを失っていない。
抜き身の刃を見れば、青みの掛った美しい剣身が陽の光を映し輝いている。
まさしく、伝説の聖剣という感じだ。
「でも、なんか思ったより……違くね?」
遠目からだと凄く、いい感じに見えたが、近くに来ると違和感があった。
刺さる剣を俯瞰して、すぐ気づいた。そうだ、剣の大きさだ。
台座に刺さる部分から見ても、聖剣の全長は見立てでは60センチもない。
さらに、この剣は肉厚で幅が広い両刃。
剣で言うならグラディウス、片手で扱う小型の剣だ。
「短い上に太い……ずんぐりむっくりな聖剣だな」
正直な感想を漏らすと、背後から足音が聞こえる。
振り返ると、ルゥが珍しく急ぎの足取りでやってきていた。
彼女が立ち止まり、肩を少し落として呼吸の乱れを直している。
ふむ、とイケテルは指を顎に当てそれを見る。
見るのはもちろん、息を整えようと肺を動かすたびに揺れる胸部だ。
よい。実にハラショーだ。
今日もいいものが拝めた、イケテルは軽くお辞儀してから聖剣に振り返る。
胸もいいが、今は伝説の聖剣だ。
サイズ的には自分の体格だと短剣に見えるが、ま、伝説の聖剣なら別にいいか。
物はいいのだ。
気を取り直して聖剣をもう一度見ると違和感があった。
ん?
イケテルは目を手で擦った、今見た光景がさっきとは違うように感じたからだ。
……錯覚か?
もう一度、目を凝らしてよく見る。
「……これ、でかくなってね?」
聖剣の長さが縦に伸びている。さっきまで台座から抜き出た剣身の長さは30センチも無かったはずだ。だが、今の聖剣の刃は60センチは見えている。それに柄の部分も明らかに伸びていた、さっきまで片手で持つ長さしか無かったのに、今は両手で握れる、立派な幅広の長剣になっている。
全長にして恐らく二倍ぐらい伸びたことになるのだが、
「おっかしいな?」
腕を組んで首を傾げると、ルゥが隣から覗き込んできた。
「何がおかしいんですか、イケテルさんの頭ですか?」
「おい、どさくさに紛れて、俺の頭をおかしいことにするんじゃねーよ!」
半目を向けると、ルゥが無視して剣に視線を向けた。
「立派な剣ですね、数百年ここに刺さってるとは思えないほど綺麗です」
感想を漏らして、紋章板を取り出し撮影を始めた。
観光客か! と思ったが、ほぼ観光気分だったなこいつは。
観光を満喫する相棒に質問してみる。
「なぁ、変なこと聞くけど、最初に見たときより、剣が明らかに大きくなった気がするんだが、これ、どう思うよ」
紋章板を構えながらルゥがこちらを見て、一言だけ呟いた。
「やっぱり」
「なんだやっぱりって! 俺の頭はおかしくないぞ!?」
「いや、突然おかしなことを言うので、イケテルさんの世界では、どうだか知りませんが、普通に考えて、剣は伸びたり縮んだりしませんよ」
「いや、俺の世界だってそんなのあってもフィクションの世界だけだろ
……じゃあ、気のせいか、でも確かに最初は小さかったんだがな」
「それよりも、イケテルさん本当に抜くんですか?」
ルゥが当たり前のことを聞いてきた。
「当然だろ、そのためにここまで来たんだぞ、何か止める理由でもあんのか」
「いえ、別にそれならいいんです。でもまぁ、ちょっと待ってください、準備しますので」
と、ルゥが言うと紋章板を片手に、自分から見て正面、鎮座する聖剣の裏手に回っていく。
「この辺りがいいですね、この位置ならイケテルさんの顔も入りますし」
言いながら紋章板を構えたルゥが片手を上げた。
「はい、準備オッケーです、イケテルさーん。私ここから聖剣を抜くイケテルさんの勇姿を映しますので頑張ってくださいねー」
感情が籠ってない応援が届いた。
何やら積極的に動くルゥが気にはなったが、聖剣を抜いてから聞けばいいか。
よし、と一度気合を入れ直して、聖剣の前に立つ。
大事な場面だ。なにせ目の前にあるのはあの聖剣なのだ。
物語ならお馴染みの聖なる剣。選ばれし者にしか使えない剣。
しかもこれはアーサー王伝説さながらの誰にも抜けない剣と来た。
……緊張してきたな。
まだ何もしてないのに手が汗でにじむ。
「よし、抜くぞ! おい、撮るならちゃんと抜く瞬間撮れよ、写ってませんでしたとか無しだからな、いいな! 振りじゃねーぞ!!」
「はいはい、わかりましたから、早くお願いします」
「っし、――じゃあ行くぞ」
イケテルは目の前の柄へと手を伸ばした。
まずは掴む、しっかり握りしめたら、両手でまっすぐ引き抜くんだ。
そして、抜けたら両手で剣を空へと掲げる。
やはり聖剣を抜くならこのポーズだ。よし、脳内イメージは出来た、いける。
思い描く理想の一手。
柄に手を掛けた、はずなのにグリップを握る感触がない。
「あれ?」
見ると、握る手の下に聖剣の先端、柄頭がある。
……おかしいな。
イケテルは気を取り直して、もう一度柄に手を伸ばして握るが、また掴む柄が消えた。見れば下にある。
え、なにこれ。
何だこのトリックはと思うが、明らかに聖剣の柄が最初より短くなっている。
「…………」
イケテルは思い切って、柄の下、鍔の縁の辺りを掴もうとして、それを見た。
掴もうとしたら柄が横に避けたのだ。
横にぐにゃりと曲がる柄、というより刃の部分ごと、
聖剣自体が上半身を横に沿うように曲がっている。
夏休みのラジオ体操で行われる体を横に曲げる運動のそれだった。
イケテルは顔を上げて、正面にいるルゥと構えた紋章板越しに目を合わせた。
恐らくあの女はこれが何なのか知っている、だから気合入れて撮影準備に入っていたんだ。だから驚くつもりはない、リアクションは取らない。
無表情、感情を殺して今起きている現象について聞くことにする。
「おい、お前、知ってる、なら、教えろ」
「なぜ棒読みなのか知りませんが、聞かれたならお答えしましょう。今朝イケテルさんが聖剣について何故か、ご高齢の方をわざわざ探して話を聞こうとしてたとき、お店でジェラートを私は頼んでましたね? ええ、美味しかったです。
実はその時、若い店員さんにお尋ねしたのです。この街にある聖剣ってご存じですか? と、そうしたら教えてくれました。地元の若い人達の間では、この聖剣は有名なんだそうです。何せこの抜けない聖剣は別名――」
一拍の後、答えが来た。
「――ブサイクには触らせない剣」
「なんじゃそりゃあああああぁっ!?」
自分のリアクションが広場で爆発した。




