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五章 森スタート再び



 イケテルは小川の近くに大の字で寝転んで呻き声をあげていた。


 「……もう無理」


 あのあと無我夢中で逃げているうちに村を抜けていた。

 追ってくる村人から逃げ切るために目の前の森に飛び込み、走り続けて、気づけば最初の広場まで戻ってしまった。


 (また森スタートか)


 イケテルは疲れ切って動かない体で考える。

 最初に森を抜けたときよりはるかに早い時間でここまでこれた。

 つまり川を沿って通る道はえらい遠回りで、本当は村の方向へまっすぐ森を突き抜ければ、最短で辿り着けたということだ。


 あの看板に騙されたことに文句を言いたいが、今はその体力も気力もない。


「喉乾いた……腹減った……」


 森スタートしてから飲まず食わずで、森林地帯を踏破して辿り着いた村では村人とデスチェイス。

 いくらステータスMAXの体でも、もう限界だ。


 栄養補給して体を休ませねばならない。そのためには水と食べ物が必要だ。

 とりあえず水の方はさっきから流れる音が聞こえてはいる。


 「川の水かー……背に腹は返られねぇよな」


 このままでは背と腹がくっつきかねない。


 イケテルは草の上を這いずりながら川岸まで移動する。

 のぞき込むと、水の流れは穏やかで透き通っている、これなら十分飲めそうだ。

 両手で水をすくう、程よく冷たい。水を口に運び、飲む。


 「うめー」


 最高。生き返るようだ。

 何度も水をすくい飲む。喉が潤い、満たされていく。

 川の水が汚いとか考えていた気持ちも洗い流された。


 (あ、そういえば、顔泥だらけだったな)


 泥に顔面ダイブしたうえ走り回って汗だらけだ。酷く汚れているだろう。

 すっきりさせるために川の水で念入りに顔を洗う。

 冷たい水は疲れてぼやけてた頭をはっきりさせてくれた。


 「ふぅ、さっぱりした」


 泥と汗が落ちいい男になったか確認しようと、イケテルは水面を鏡代わりに映る自分の姿を見る。

 すると、そこにいたのは自分の顔ではなく、こちらを見る化物の顔があった。


 「――――ッ!?」


 イケテルは悲鳴にならない声を上げ。尻もちをついたまま後ずさる。

 川の中に何かいた。こちらをジッと見ていた。


 (こんなときに化物が出てくるなんて!?)


 すぐ逃げられるよう姿勢を低く構え、川の様子を見る。


 (何も出てこないな……)


 化物は川から上がってこない。しばらく様子を見たが変わりない。

 もうどこかに去っていったか。それとも見間違いだったか。

 落ち着いて考えてみるとあの川はそれほど深くない小川だ。あのサイズの化物が潜めるわけがない。


 (とりあえず確かめるしかないか)


 イケテルは覚悟を決めた。

 姿勢を低くしたまま、ゆっくり静かに川へと近づき、草むらからそっと頭を上げる。

 川には何もいない。気のせいだったか。

 そのまま水面をのぞき込むと、顔が映っている。


 (まさか)


 化物ではない。人間の顔だ。

 太い眉、だらしない目、団子鼻、たらこ唇。でかい丸い顔がこちらを覗き込んでいる。


 「…………」


 イケテルは無言で顔のパーツを手で触って確認する。

 水面に映るそれは自分の顔と一致していた。


 「……そうか、そういうことか」


 静かに立ち上がり、空を見上げた。青い。晴れた空だ。


 (この空の上に管理者を名乗るあの大美女はいるのかな)


 届けばいいなとイケテルは思う。

 息を大きく吸い、空に向かい叫んだ。


 「どうなってんだああああこんのクソ管理者ああああああああ!!」


                  ○


 イケテルは大体の合点がいった。

 村で何故化物だの小鬼だの言われた原因はこの顔だったのだ。


 「なるほどな、ブサイクだから化物と間違えられたと、はははは――って納得できるかああ! なんで人間と化物間違えるんだあああ!!」


 一人ノリツッコミからぶちギレたくもなる。

 確かにブサイクだ。自分で言いたくはないがこの顔はブサイクである。見たくない現実だがブサイクなのだ。


 「でもギリ人間だろおおおお! お前らと同じ人間だろうがああああ!!」


 チクショウっと膝をつきイケテルは地面を手で叩く。

 見ると叩きつけた自分の手も腕も妙に太い。


 立ち上がって自分の体をよく見てみる。

 腹が出ている気がする。横にも広い気がする。足も短いような。言いたくないがこれ巨漢体型なのではないか。


 「正直ちょっと体太くないかと思ってたよ! でもステMAXなら筋肉なんじゃないかって、マッチョってこんな感じなのかって! 仕方ないじゃん昔の俺は筋肉も脂肪も無かったからな! 自分じゃ気づかねーんだよバカヤロー!」


 イケテルは悔しさのあまりでかい体を揺らし、地面を幾度も踏みつける。

 そこで気づいてしまった。

 あの尻の素敵な彼女を助けようとしたとき妙に歩幅が合わなかったのは生前の身体より足が短かったせいだったか。


 「なんでこんなことになった……いったい誰のせいだ」


 責任はどこにあるのか。そう考えると最初に思いつくのはあの三流管理者だ。

 アイツがわざとブサイクな身体を作ったのではないか。

 でも確か彼女はこう言っていた、


 「肉体は魂が宿ると形が変わるとか、力を求めると歪むとかそんなこと言ってた気がする……」


 なんとなくその説明を覚えていたのは中二病っぽい自分好みの単語があったからだ。

 そうなると、力を求めた代償に肉体が歪んたということか。

 それはつまり、


 「ステMAXの代償にブサイクになったってことか……?」


 そうなると原因はステMAXを求めた自分と言うことに。

 ははは、と乾いた笑いが出る。


 「俺のせいかああああ!?」


 叫んでから、一気に全身の力が抜けた。

 力の求めた代償というならなんとなく納得できてしまう自分の中二心が嫌になる。


 ちょっとカッコいいんじゃないかと思ったが代償が顔面偏差値を極端下げられるのでは意味がない、カッコよくない。

 そもそもその辺りキチンと説得しないで勝手に転生させた三流管理者のせいではないだろうか。


 (やっぱ三流のせいだな、うん)


 原因は管理者のせいと決めた。解決。いや解決はしていないが。


 「これからどうしよう……」


 イケテルは呆然と呟いた。


 空はまだ明るいが、体感時間的にはそろそろ日が暮れ始めてもおかしくない気がする。

 夜の森は危険だ。だが村に戻っても危険だ。あのハサミババァが特にヤバい。

 村人にブサイクなだけなんですと言ったところで信じて貰える自信はない。


 深いため息をつくと、腹の音が鳴った。


 「腹減ったなぁ」


 とにかく今は何か食べたい。

 森の中なら何か食べ物があるだろうか。


 イケテルは広場の周辺を歩いて探してみる。


 「キノコとか生で食うのは嫌だなぁ、木の実とか果物とかあればいいんだが」


 木になにかなってないか上を見上げて探していると甘いにおいが漂ってくる。

 イケテルは鼻をしきりに動かし匂いの元へと誘われた。


 (ステMAXの恩恵でやっぱ嗅覚も相当上がってんだな)


 身体能力と五感の強化。その代償がブサイクか、と考えると苦々しくなるが今の意識は空腹の胃に向いている。


 上を向きながら目をつぶり、匂いに集中して辿るとそれはあった。

 低い位置から幹が三つに分かれて伸びる木。

 その木の上の枝に黒い点がついた鮮やかな黄色い瓢箪のような果実が実っている。


 「これって確か、村で干してたやつか」


 あの時はなんなのかわからなかったが甘い匂いの源はこれだ。

 ジャンプして一つ取ってみる。

 瓢箪の果実は手のひらサイズで思ったよりずっしりしている。


 「村で干してたし、喰えるよな」


 瓢箪を服で拭ってから一口齧る。

 シャキっとした歯触り、甘い。じわっと出る果汁はすっきりした甘さだ。

 美味い。

 もう一口齧る。舌がわずかにピリピリするが気になるほどじゃない。


 「食感は梨っぽいな、味はもっと別の甘い感じだけど、くどくはないし……美味いなこれ!」


 一個目の果実を一気に食べきる。腹はまだまだ満たされてない。


 「よっと」


 木に実る、果実を次々取っていく。

 抱えるほど取った果実を下に置き、木の根に背中を預けて次々食べていく。


 「んまいなぁ」


 空腹満たされて行くと幸福感が満ちていく。


 「じあわぜえええ」


 なぜか声が震えるが、気にせず瓢箪を齧る。

 気づいたら十数個食べきっていた。

 空腹だったから気にせず食べていたが、今になって口の中の変化に気づいた。


 (なんか口の中痺れて)


 これは口の中を水ですすいだほうがいいだろうか。

 立ち上がろうとして、こけた。足に力が入らない。


 「あれれ、おがぢいいな」


 口の中がしびれてろれつが回らない。ビリビリする。

 口だけでなく手も震え、痺れている。


 (もしかしてあの果実、毒だったか!)


 気づいたときには遅かった、すでに全身が痺れて動けない。


 「だずがげげでげ」


 まともに喋れず、だんだん意識も遠くなっていき――イケテルの意識は途絶えた。


                  ○


 ソレは草むらから様子を伺っていた。

 見つめる先は木の根元で倒れている者だ。


 慎重に周囲に危険はないか確認して出てきた。

 行先は木の根元で倒れている者の元だ。


 辿り着くと、ソレは観察する。倒れている者は口から泡を吹いて痙攣していた。

 まだ死んではいない。それを確認して周囲を見た。


 傍に落ちている食べかけの果実を見つけ拾い上げる。

 倒れている者と果実を交互に見てから、草むらに果実を投げ捨てた。


 ソレは痙攣している足を掴み、倒れている者を暗い森の中へとゆっくり引きずっていた。



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