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四十七章 泉の立て籠もり事件


 広がる午後の青空の下。

 丘の上に作られた展望台にルゥはイケテルと共に訪れていた。

 展望台には林の前にいた男達と同じ灰色のジャケットを着た、人々が世話しなく動いている。

 話しかける相手は多いが、ルゥは目についた一人に定めた。

 展望台の入口前で立札の位置を変えている男だ。

 

 こんにちわ、とルゥは声を掛けた。


 「街長さんがこちらにいると聞いてやってきたのですが」


 男が立札を置いて振り向いた。

 

 「街長ですか? 失礼ですがあなたたちは」

 

 ルゥは男が言い終える前に、こういう者ですと、手帳の紋章を見せた。

 進入禁止と書かれた、立札の横で男がうわずった声を上げる。

 

 「きょ、協会の方ですか!? え、あ、あの、しょ、少々お待ちください、確認してきますので!」

 

 男は灰色のジャケットを翻して、展望台の奥へと慌ただしく駆けていく。

 その様子に近くで作業している人々が何事かと振り向くが、

 気にしたのは一時で、すぐ作業に戻っていった。

 彼らが行ってるのは展望台に建てられたレストランのテラス席の準備だ。

 テーブルや椅子を運び、位置を調整して、周囲の飾りつけを行っている。

 近日中にオープンするらしい。

 

 ルゥは横でレストランを眺めてるイケテルに話しかけた。


 「どうも、あの慌てようだと協会には連絡してないようですね」


 イケテルが大きな顔を向けて、疑問を投げてくる。


 「あー、やっぱ紋章関連の事件は協会への通報すんの?」


 「はい、紋章関連の事件は協会へと通報するのが決まりになっています。この街になら憲兵隊の屯所もあるでしょうし、そちらからの通報も無いとすると、憲兵にも黙っているようですね」


 「隠蔽かー、またキナ臭い感じかぁ」

 

 イケテルがうんざりそうな顔をするが、どうでしょうねとルゥは思う。

 彼らの反応を見る限りでは協会には連絡をしないではなく、したくないという意思を感じた。

 前者ならば何か後ろめたいことを隠すためだが、後者なら出来れば自分たちで解決したかったという風に見える。

 作業スタッフである彼らがそういった反応を見せるとなると、


 ……街の評価に関わる類ですかね。


 町村で起きる事件を外に出したがらないのは、その土地の評価に関わるからだ。

 外から持ち込まれた事件なら彼らは被害者になるが、内で起きたなら当事者となる。例えソレが意図せず起きた出来事でも、何も知らない第三者から観たら同じことだ。ゆえに内密に処理したがる。

 

 さて、厄介事じゃないといいですがねぇ。


 何日かは観光しつつ、街の様子を探っていこうと計画していたのだ。

 いきなり当りを引くようなことがなければいいとルゥは密かに思った。

 

                   ○


 しばらく待つと、先ほどのスタッフと共に同じジャケットを着込んだ初老の男が走ってきた。

 初老の男が息を切らしながら、顔を上げる。

 整えた髪に形のいい左右に跳ね上がる口髭を生やす姿は身分の高さを表している。

 一息ついてから跳ね髭が口を開いた。


 「お待たせして申し訳ありません、私はこのコールブランドの長です」


 ルゥが隣で手帳を見せて、一礼してから名乗った。


 「私は紋章協会の術士です、隣の彼は似たようなものですので、気にしないでください、顔はそのうち慣れます」


 「おいィ! 人の顔を何だと思ってんだ! あと勇士だろ勇士!」


 イケテルはすかさずツッコミ入れると、勇士? と街長がこちらの顔を見て首を捻る。

 すると、ルゥがすかさず言葉を投げた。


 「お気になさらず、それよりも確認したいことがあるのです。先ほど林道前で植物のツルに人が持ち上げられ池に叩き込まれるという、過激なアトラクションを拝見したのですが、何かありましたか?」


 ルゥが質問すると、街長は息を大きく吐いて、観念したように口を開いた。


 「そこまで知られているなら隠しても仕方ありませんね。どうぞ、こちらへ」


 街長が展望台の奥へと手振りして前を歩み出した。

 イケテルはルゥと共に街長に案内されるまま、

 一段高いウッドデッキの展望スペースに上がる。

 そこから見える景色はコールブランドの街を一望できた。


 街の方を見ると、段差的に並ぶ建物の群れがミニチュア模型のように見える。 中でも特に目を引いたのが奥に見える広場と円柱の神殿のような建物だ。


 「あの神殿ってガイドブックに大きく載ってた奴か」

 

 「ええ、あれは女神録に載っていた、紋章の女神の古代神殿を当時よりさらに大きく再現した我が街でも代表的な大人気スポットですよ!」


 街長が満足そうに告げる。

 再現なのに勝手に大きくしていいのだろうかと思うが、


 観光として見る分にはでかいほうが何か満足できるよな。

 

 観光雑誌とかの写真を見てから実物を見た時、思っていたより小さいと、こんなものかと思うものだ。そういう意味では見せ物としては正しいのかもしれない。


 何となく自分の中で納得していると、街長が声を作る。


 「あなたたちが見た通り、林道では少々厄介な事件が起きていまして」


 街長が腕を上げてその方向を示す。

 展望スペースの正面に見える、貯水池とあの林だ。

 ここからだと、林で何かが蠢いているのがわかる。

 間違いなくあの植物のツルだろう。

 動いてる植物は林道の入口付近だけだ。林全体は静かで落ち着いている。

 

 「林全体が触手モンスターになってるわけじゃないんだな」


 「イケテルさん、泉のところを見えますか?」


 隣で紋章板をかざしているルゥが指さす方向をイケテルは目を凝らして見る。

 林の中、丸く開けた空間に緑がかった青色の輝く水場があった。

 池から伸びていた林道の終着点はあの泉らしい。

 

 ……屋台通りでカップルが泉がどうこう言ってたな。


 思い出すと怒りが湧いてくるが、イケテルは平静を保とうとしながら聞く。


 「泉に何かあるのか?」


 これを、とルゥが紋章板を向けてきた。


 「まず、一枚目です」


 長方形の板に映る絵を見ると、泉の脇にテントが張ってあり、その横で優雅に座って釣りをしている男がいる。


 「泉でキャンプか? 林の入口がヤバいことになってるのにゆるい奴だな」


 「次に、これを」


 ルゥが指をスライドさせて次の絵を見せる。

 今度は一面輝く透き通った青緑の色。拡大された泉らしい。


 「おぉ、こんな拡大できて、この解像度で撮れるのかよ、すげぇな」


 「いいですねぇ、我が街でもこれほど美しい写し絵が撮れる環境を整えることが出来れば、お客様の満足度も跳ね上がりますねー!」


 いつの間に来たのか街長が隣で覗き込んでいる。

 興味津々の髭に半目を向けていると、ルゥが指で画面をトントンと叩いた。


 「いえ、それよりもここです」


 ルゥが指差すところを見る。そこは薄いが泉の下に赤い点がある。

 

 「まさかこれって?」


 「ええ、どうやらそのようで、まったくイケテルさんは紋章と縁があるようですね、これも才能なのでしょうか……はぁ」


 ルゥが珍しく感情を込めた怨めしそうな眼を向けて来るが、


 ……俺は褒められてるんだよな?

 

                   ○ 


 ルゥは仕切り直しとして手を二回叩く。


 「さて、こうなったらお仕事ですので、状況をキチンと伺いましょうか」


 街長へ顔を向けると、頷いて話を始めた。


 「どこから話したものか、とりあえず騒動が起きたのは二週間前なのです、我々が泉にイベント会場を建てようと事前調査を行っていると、ふらりと、一人の男が現れまして、何をしているのか聞いてきたのです」


 街長は形のいい髭を指で一度弾き、続ける。


 「観光に来たお客様でしたので、この泉全体をイベント会場にする予定だと、説明申し上げたところ、突然男が食って掛かって来まして、この大自然が生み出した泉に手を加えるなんて、とんでもない、と。

 そのときは周りのスタッフ共々ご説明申し上げて、引き下がってくれたのですが、次の日から男が毎日抗議にやって来ましてね、再三説明したのですが、彼は彼女との想い出や約束があるなど言って、わかってもらえず結果的にお引き取り願ったのです」


 「街からの強制退去ですか」


 「いえ、さすがにそこまでは、役所からお引き取り願っただけです。あの泉に想い出を持って頂いてるということはこの街を愛してくれていることですから、

 ですが、我々もあの泉のプロジェクトには今代の長の名を懸けていましてね、お一人の意見で譲るわけにも行かなかったのです」


 イケテルが展望スペースに置かれた椅子に座って、大きな口を開いた。


 「長の名を懸けてって、随分と気合入ってるけど何かあんの?」


 「はい、このコールブランドの代々の長は祭や観光名所の管理や建築などに尽力していますが、その中でも街長として名を遺す名所を作って来たのです。

 そして、この私の代表作として、ライブを中心に色々なイベントを催し可能な野外イベント会場を設計したのです! 歴代の街長達は迷うと半日出れない巨大迷路庭園や珍妙な品々の美術館、あの誇張古代神殿もそうですね、まぁ色々と建築したのですが、私の代ではただ建てるのではなく、一年間あらゆるイベントを催すことが可能な夢のような計画をしたのです!」


 よいですかと、街長が両手を高らかに上げて、声を強め、言葉を早める。


 「あんな、建てたあと補修工事も維持費の予算も大変な自分勝手な物と違い、私が計画した泉のイベント会場は毎月、いえ、毎日でも新しい何かを生み出す事が可能なのですよ! そう、悪魔的発想! 傑作、いえ、怪作です! 

 ふっ、連日、観光客の皆様が押し寄せてこの街の地位は増々上昇、経済も大上昇、お金も潤い私の代で過去最高の観光入込客数を記録して、歴代に名を残すことも夢ではありませんよ、ふふふ、フーハハハッ!!」 


 ルゥは高笑いしてる街長をよそに、イケテルの隣に座り、彼に囁く。


 「あれ、イケテルさんがたまにテンション上がって夢語ってる姿と同じですから、よく見て反省しましょう」


 「は? 俺あんなのじゃねーし! あんな欲望の塊と一緒にすんな! 俺のは、もっとこう崇高なアレだよ、夢とか煩悩とかいっぱい詰め込んだ素敵な野望だよ!

 もっとホワイトだね! あんな欲まみれのブラック思想と一緒にすんな!」


 ……色で例えるならピンクでしょうに。

 

 よくその口で言えたものだとルゥは感心していると、

 街長が彼との会話が聞こえていたのか、高笑いを止めて咳払いしている。


 「あ、申し訳ありません、それでその後、どうしたのですか」


 続きをと手で促すと、街長は渋い表情を浮かべながら口を開いた。


 「……それでですね、それから男は役所には姿を現さなかったのですが、泉の着工開始の日、今よりちょうど五日前のことです。泉にあの男が現れまして、夜中の内にテントを張り、入口周辺に工事反対の看板を建てて、何というか、泉に立て籠もり初めまして……」


 ルゥは紋章板を取り出して、先ほど保存した写し絵を表示させる。


 「そうなると、この泉で釣りをしている男が」


 「はい、その男です」

 

 イケテルが手元を覗き込んできて、舌打ちした。


 「……こいつよく見るとイケメンだな、許せねぇ」


 彼の勝手な嫉妬はともかく、そこに映る若い男は、線が細い、たれ目と眼の下の泣き黒子が特徴的なハンサム顔だ。


 「では、彼があの植物を?」


 聞くと、街長は首を横に振る。


 「それがわからないのです、最初の二日間はそのようなことは無く、我々も話し合いによる説得を続けたのですが、進展せず、工事の予定も在りましたので、仕方なく強制退去をさせて頂こうとスタッフ達が向かったところ、林道に入った途端、あの植物のツルが襲い掛かってきて、それから三日間、この状態です」


 街長はがっくりと肩を落として続ける。


 「今も、イベントスタッフ達が懸命に挑んでいますが解決の糸口は見つからず困り果ててまして」


 「なるほど、その男については何かほかに情報は?」


 「あの男の名前はわかっています、彼のパスはゴールドパスだったのですぐ特定できました、名前はロニー、毎年この時期に街を訪れてくれるお客様ですね」


 「ゴールドパスってなによ?」


 隣でイケテルが首を傾げて疑問した。


 「パスのランクです、訪れてくれるお客様にはその頻度や例えば、ご新規様をお連れくださってくれたりするとポイントが溜まり、一定ポイントごとにノーマルからシルバー、ゴールド、プラチナとパスランクが上がります。

 特典として特別割引のクーポンや、施設への優先入場や高級ホテルの優先ご予約など盛りだくさん、ぜひ、お二人も我が街に毎年訪れてください。新規のお客様が一緒に来られますとポイントついてお得ですよ」


 街長が形のいい笑みを作る。

 隣でイケテルがなんとかランドかよと呟くが、

 観光の街だ、このぐらい商売根性がないと支配人たる長は勤まらないだろう。


 「しかし、年に一回でそんなランクが上がるのですか?」


 「いえ、あのお客様は毎年新規のお客様を連れて来られるのでその分ポイントが加算されています、それとこの時期は毎年、街の周年祭でポイント増量キャンペーンなのでなかなかのやり手かと」


 なるほどとルゥは呟いた。

 状況はおおむね理解できた、故に聞くべきことがある。


 「では、なぜ今回のことをすぐに憲兵所や協会に連絡しなかったのですか? 話を聞く限りでは着工も遅れて行きますし、早期解決を図りたいのではないですか」


 街長が視線を逸らし、口ごもる。跳ねてる立派な髭も心なしか元気がない。


 「なんだ、やましいことがあるのか? んん?」


 イケテルがなにやら得意げ顔をしている、中々にうざ面白い顔だ。

 ルゥはその横顔を一枚写し絵に収めて、保存し、街長を見た。

 街長は観念したのか、口を開いた。


 「……その、ですね、ちょうど二週間後に我が街に国長が視察に参るのですよ、なので、評価に関わるような事態は外に漏れないよう片づけられないかと」


 ……ああ、やはりそういうことでしたか。


 ルゥは内心で思っていた事が当ったことにため息をつく。

 国長が視察に来るなら、記者たちも付いて回る。観光資源で喰っているこの街でそのような事件の話が伝われば、こぞって一面に取り上げるだろう。


 「なるほど、話はよくわかりました。ではこうしましょう」


 ルゥは街長に手を上げてこう提案した。


 「紋章協会と紋章騎士団に連絡入れるので、面倒なこと全部彼らに任せちゃいましょう、はい、これで解決です」


 言い終えると、街長だけでなく、隣にいるイケテルまでぽかんとした表情を浮かべて口を開いた。


 「「嘘おおおお――っ!?」」



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