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四十六章 とんだデートスポット


 そこは水に満ちた場所だった。半周を木々に囲まれた横長に広がる池。

 林から流れてくる澄んだ水を貯め込んでいる。人工の湖、貯水池だ。

 水面は陽の光を反射させて輝いている。

 水の流れる音が心地よい、街中から少し離れた自然あふれる場所。

 

 イケテルはルゥと共に池の外周に置かれた長椅子に座り食事を広げていた。

 椅子の真ん中に屋台で買ってきた戦利品を並べて、食卓代わりにしている。

 

 手に大きな焼き鳥を持って、イケテルは風景を眺めていた。

 背後には綺麗な池。前には林が広がり、林道に入る道なのか、入口の門と整地された道が奥に続いている。今も男が一人、門に突撃していった。


 ……いい場所だ。


 雰囲気がいい。恋人と来るデートスポットしては最高の場所だろう。

 だが、今日は他に観光客がいない、この場所は自分と彼女だけの貸し切りだ。 二人だけの空間、そんな錯覚を覚える。もちろん錯覚なのだが。

 

 ……いかん、なんかドキドキしてきた。

 

 イケテルは横目で隣に座るルゥを見る。

 彼女は小さな口で肉にかぶり付いていた。一口分噛み切り、咀嚼して飲み込む。唇に残る脂がテカっていてなんかエロい。

 思わず生唾を飲み込むと、ルゥと目が合った。

 イケテルは咄嗟に目をそらして、自分の手に持つ肉に視線を落とす。

 表面、皮の部分は香ばしく焼き目がついていて、脂が乗っていることは見ただけでわかる。美味そうだ。


 かぶり付く光景を思い描くと、さっきのルゥの唇が頭を過る。


 ……いかん、今は食事中だ、飯に集中しなくては、俺は腹が減っているだけなんだから。


 雑念を払うようイケテルは目をつむる。

 視覚を閉じると他の感覚が研ぎ澄まされた。

 嗅覚には肉のいい香りが、聴覚には周囲の音が聞こえてくる。

 木々の擦れる音、林から流れてくる、水のせせらぎ、小鳥たちの鳴き声、うわああとかぎゃあああ、とか男達の悲鳴。


 ……よし、喰うか。


 手もとの肉を口に運び、かぶり付く。

 噛んだ瞬間、閉じていた目が見開いた。肉汁が美味い。

 硬いのかと思えば、肉は柔らかく噛むたびに甘い脂がじんわりとあふれだす。

 塩だけの味付けが肉の脂の美味さを引き立てている。

 

 ……シンプルイズベストだったか!


 焼き鳥屋のおっさんの言う通りだった。

 口に運ぶたびに柔らかないい香りが鼻を通っていく。隠し味と言っていた香草だろうか、肉全体にしみ込んでいるが決して強くない微かに感じる香りだ。肉の味を邪魔していない、むしろ引き上げている。

 

 喰えば食う程、もっと食べたくなるとは……!

 

 イケテルは夢中で食べた。腹が減っているのだ。目の前の林から植物のツルが伸びて、男を一人掴んで、宙に持ち上げているがそんな事は気にならない。


 すると、植物のツルが鞭のようにしならせ、男を後ろの貯水池に投げ飛ばした。着水音が背後から聞こえると同時にイケテルは肉を平らげた。

 

 イケテルはハッとした。気づけば手の中にはもう焼き鳥が無いのだ。


 ……なんてこった! やっぱり二本頼めばよかったか!?


 失敗した、とイケテルは思うと、隣で紙袋を広げる音がする。

 見れば、ルゥがすでに焼き鳥二本平らげて、魚のフライを取り出し始めている。

 

 ……あれも、美味そうだな。


 イケテルは脇に置いた、筒状の容器から飲み物を飲む。甘くないがスッキリした味わいのお茶だ。大陸でもポピュラーな茶葉を焙煎したものらしい。

 口の中をお茶でリセットし、今度はフライに手を伸ばす。

 横を向くと、また悲鳴と共に池に水柱が立った。

 

 イケテルはフライを手でつかみ、ソースが入った小瓶に差し込まれている細いスプーンを使い、薄桃色のソースをかける。

 

 ……甘い匂いがするなぁ、果実か何かか。

 

 フライを口に入れる。これも美味い。

 魚は淡泊な白身でこれは日本でも食べたことがある、白身のフライだ。だが、このソースが美味い。シャリシャリとした食感の甘酸っぱいソースと淡泊な白身との相性が最高にいい。

 これは何のソースかと小瓶を見るとラベルにはベリーフラワーと書かれていた。

 花。食用花は聞いたことあるが、こちらの世界ではこんな美味しい花のソースがあるのか。

 イケテルはルゥと二人でソースを使い、フライを食べ続けるとすぐ片付いた。

 結構な量があったが二人で食べると早く無くなるものだ。

 

 「ふぅ、ごちそうさん」


 両手を合わせて、イケテルは食事に感謝すると。隣でルゥも同じ様に手を合わせている。

 お互いそのポーズのまま顔を見合わせて一度頷き、イケテルは口を開いた。


 「……俺さ、腹減ってたし、飯ゆっくり味わいたいから黙ってたけど」


 「ええ、私もです、どこからツッコミいれたらいいかと思ってました」

 

 イケテルはルゥと共に顔を上げる。

 目の前の林道から植物のツルが何本も伸び、男達を空中に吊り上げていた。


                  ○ 


 悲鳴が上がっている、助けてくれーとか、とっとと投げろーとか。

 被害者は目の前の林道に入る門に集まってる男達だ。

 誰もが似たような淡い灰色のジャケット着て、頭にはヘルメットを被り、腕章をつけている。

 イケテルはその阿鼻叫喚のB級モンスター映画のような光景を見ながらルゥに聞いてみた。

 

 「あれって新しいアトラクションか、何かか」


 「まぁ絶叫体験するにはいいかもしれませんが、さすがに危ないですかね」


 だよな、と相槌を入れて、イケテルはお茶を口に含む。

 見ていると、植物のツルがまた男を放り投げた、放物線を描き、貯水池に落ちていく。着水と同時に水柱が上がった。

 イケテルはそれを目で追って呟く。

 

 「この世界ってあんな人をホイホイ投げる植物あんの?」


 「私が知る限りではないですね、異常事態ですかねぇ」


 「やっぱ、例の赤い紋章、穢れた紋章案件か、これ?」


 「そうですね、とりあえず聞いてみたらわかるんじゃないですか」 

 

 ルゥも後ろの池を振り返って言う。

 貯水池から這いあがってくる男がいた。


 水浸しの男は息を切らしながら、柵を乗り越えて歩いている。

 男の姿は前にいる一団と同じだ。腕に書かれた腕章には、イベント実行委員会という文字が書かれている。どうやらこの街の住人らしい。

 

 ルゥが座ったまま、男に声を掛けた。


 「あのー、すいません、大丈夫ですか?」


 「え、あっ!」


 男がこちらに気づき、一度、服装の乱れを直そうとして、諦めたのかヘルメットだけ外して、駆け足で近寄ってきた。


 「いやーこんな格好で申し訳ありません、観光客の方ですか!」


 イケテルはルゥと共に頷くと、男は頭を下げながら言う。


 「ご心配を掛けて申し訳ないです、自分は大丈夫なので気にしないでください、もう何度も叩き込まれてますので、慣れてますから!」


 やたらと腰が低い男は笑顔を崩さないで笑っている。


 ……どう考えても大丈夫じゃないだろ。


 イケテルは思ったが口にはしなかった。

 染みついた接客力が彼にそう言わせているように見えたからだ。


 ルゥが林の入口を指さして聞いた。


 「アレなんですか?」


 全身から水を滴らせながら、眉尻下げて困ったように笑い男は答える。


 「あれは、そのですね、新しいイベントの催しの準備と言いますか、まだ一般の方にはご説明できないんですよ」


 なるほど、とルゥが頷き懐から手帳を取り出して男に見せる。


 「私達は協会の者です、なのでアレが紋章絡みの事件ならお話を聞かせてもらいたいのですが」


 男はルゥの言葉に一瞬固まったが、笑みは崩さず口を開いた。


 「……自分からはどうも言いづらいものでして、その、街長に直接聞いてもらえると助かります」


 「そうですか、わかりました。それで街長さんは今、どちらに」


 ルゥが聞くと男があちらです、と指差した、その方向には高い丘と白い塔が見える。


 「街長は高台で指示を出していますので、協会のお二人様には、申し訳ないですが御足労願えると助かります」

 

 ルゥが立ち上がり、礼を告げた。


 「ありがとうございます、それで貴方はこれから」


 「はい、自分はまた突撃してきます! 協会の方が来たならコレ早く何とかしないとまずいので、あ、今の話は聞かなかったことで、では、失礼します!」


 と、深々お辞儀をして、男は駆けて行った。

 イケテルはその様子を見て、またお茶を一口飲み、それから呟いた。


 「あいつ、また投げられるだろうな」


 「イケテルさんもそう思いましたか」


 うんうんと頷くと、また誰かが悲鳴を上げて、池に叩き込まれる音が響いた。

 

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