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四十四章 コールブランドの街


 馬預かります、と看板に書かれた、厩舎がいくつも並ぶ牧場。


 イケテルは厩舎の外で柵の向こう側を眺めていた。

 緑の絨毯のように見える原っぱの中、草を蹴り上げて進む、鳥の群れがいる。

 その鳥は、頭は大きいが首は細くて長い、短い翼に丸く肥えた体を揺らして、細長い脚で地面を蹴り、跳ねるように走っていた。

 先頭の鳥が数十羽の群れを従えて進んでいく。曲がる際はグエーと奇妙な声を上げ、首を曲げる。すると後ろに続く群れも一斉に同じ方向に曲がっていた。

 

 「統率取れてんなぁ」


 率直な感想をつぶやくと、ルゥが厩舎から出てきた。

 

 「イケテルさん、アルパのことお願いしてきました」


 「ご苦労さん、ってアルパ?」


 「はい、イケテルさんがアルパカ言うので、あの子にアルパと名前を付けました、響きがわりと気に入ったので」


 ルゥが隣に来て柵の向こう側、ぐえぐえ鳴きながら、ひたすらグルグル回っている鳥の群れに顔を向けた。


 「随分と威勢がいいですね」

 

 「だな、あいつらずっと走ってるけど止まったら死ぬのかってぐらい必死だよな」


 「死にますからね」


 思わぬ残酷な真実を知って、固まったイケテルはゆっくりとルゥの顔を見る。


 「マジで……?」


 「はい、嘘は嫌いです」


 イケテルは走る鳥たちをもう一度見た。

 

 ……あいつらが必死に走るのは死ぬからなのか。


 そう思うと、さっきとは違って見えてくる。

 生きるための死からの逃走、走るか、死ぬか、デット・オア・ランか。


 「一番前を走ってるのが群れのペースメーカーですね、アレが優秀かどうかで群れの鳥の寿命が決まるそうです」


 「生涯死ぬまで走り続けるのか、というか餌とかどうしてんだ、あれ」


 「走りながら素早く食べるみたいですよ、長い首を使ってサッと地面から餌を取るそうです。ちなみに交尾や卵を産むときは止まっても平気なようですね、アドレナリンが常に出ている状態らしいので」


 「興奮しないと死ぬとか生き急ぎすぎだろ! というか随分と詳しくね?」


 「これに書いてありました、これイケテルさんの分です」


 ルゥが一冊の本を差し出してきた。

 表紙を見ると、こう書かれている。

 

 <観光スポット超ご案内 コールブランド観光局作成 ガイドマップ攻略付>


 イケテルは本を顔の前に出して、ルゥに説明を求めるよう視線を送る。

 すると、ルゥが一度頷いて、口を開いた。


 「コールブランドの街は観光に力を入れた街なんです、元々女神様の古い祭壇とか遺跡が多く残ってる場所で、信徒がよく訪れていたのですが、それを観光スポットにして街を盛り上げようとしたわけです」


 彼女はガイド本を捲りながら、続けた。

 

 「さらにこの街の代々の長は自分たちで新しい観光名所を作るようになり、街が観光名所で溢れてるんですよ。女神録の神殿を再現したり、ミニチュアサイズの始まりの搭とか、珍品集めた美術館、あと名産品や名物料理はもちろんあります、この牧場も書かれてますよ」


 ルゥがこちらに最初のほうのページを広げて見せる。

 そこには色が付いた大文字で、

 

 <コールブランドの街の出入口、ローホー牧場! 馬車を預けるならここ!> 

 <追記:死ぬまで走るメバチ鳥の群れが見れるよ!> 


 と書かれ、そこから小さい文字で隅から隅まで色々説明が載っている。

 イケテルは手元の本をぺらぺら捲ってみる。かなり分厚い。


 「……この街にはどんだけ観光スポットがあるんだよ」


 「さぁわかりませんね、広い街ですから全部回るのにどれだけ掛かるか、

とりあえずアルパの預かりは二週間でお願いしてきました」


 「なげーな、やっぱそれだけ広い街で紋章探すとなると、それだけ掛かるってことか」

 

 「え? あー、そうですねそのぐらいはかかるかも知れませんね、二週間で足りなかったらまた牧場に来て、アルパを十分モフったら預かりの延長をお願いしましょうか」


 ルゥが言い終えると、また本に視線を落とした。

 見ると、ページの間に付箋がしてある。

 

 ……こいつチェックしてやがる!?


 「お前、紋章探すより観光する気満々だな」


 「何を言ってるんですか、私は女神の勇士の案内人ですよ。仕事中、お金貰ってる時間で観光して美味しいもの食べて、全部経費で落として遊ぼうなんて当然の行為ですよ」


 「そうか……ってあれ? お前否定しなかったよな?」


 「まぁまぁ、それより街に行きましょう、この街には協会支部はありませんから、宿は自分たちで取らないといけません」


 宿という言葉にイケテルは反応した。

 

 そうか、街で泊まるなら宿泊費を節約して一緒の部屋だよな……!

 

 「ぐふふ、宿……同じ屋根の下、同じベットで」


 「私は別に同じ部屋でもいいですが、イケテルさんは街についてもベットじゃなくて外で寝たいんですね、わかりました、窓の外に障害物がない部屋を選びましょう」


 「外に吹き飛ばすの前提で話を進めるな――っ!? というかここに来るまでも俺だけ外の座席ってどういうことだ! 凄く座席柔らかくて、なんか暖かいし、快適でぐっすり眠れたぞゴルァ!」


 イケテルはここに来るまでの数日間の不満を告げた。

 夜はアルパカを休ませるため、馬車で寝泊まりしていたのだが、ついにルゥが馬車の帆布に紋章術式刻んで触るだけで電流を流れるようにしたのだ。

 おかげで馬車の中に入ることも覗くことも出来ず、外で寂しく安眠していた。


 「安眠できたなら、よかったじゃないですか。私も夜中に雷撃音で目覚めるの嫌なんですよ、だってイケテルが吹っ飛ぶ時の顔も観れませんし何の得にもならないじゃないですか」

 

 「お前その性癖なんとかしろよ!」


 「その言葉そのままお返ししますよ」


 互いににらみ合い、いやルゥはいつもの無表情なので睨んでるかわからない。

 イケテルは肺の中の空気を吐きだしながら、肩を落とし、ルゥの胸に視線をむけて言う。


 「……もういいわ、で、観光しながら紋章探すってことでいいのか?」


 「ま、そうなりますね、赤い紋章の情報もどこから流れてきたのかわからないそうですし、気楽に行きましょう」

 

 ルゥが先導する気か前を歩いていく。

 短い髪を揺らす後ろ姿はいつもより楽しそうに見えた。


 「ま、別に勇士の仕事なんぞ急いでやらなくてもいいか、どうせ三流女神は見てないしな」


 今回はルゥ主導なのだ。

 女神に見せる報告書に堂々とさぼっていたなんて書くともないだろう。

 

 イケテルはガイドブックをズボンに差し込み、ルゥの後を追いかけた。

 

                  ○

 

 ルゥは街の入口で簡単な手続きを済ませていた。

 記入を終えると、係員が告げた。


 「協会の術士殿ですか、もしや何か事件でもありましたか」


 「いえ、今回は観光がメインなので、お気になさらず」


 「そうですか、今はちょうど355周年記念祭を行ってるところなので楽しんでいってください」


 「そうさせてもらいます、ありがとうございました」


 礼を告げて、手続き施設を後にする。後ろで次の方どうぞと声が上がった。

 施設付近は人の列が出来ている。やはり観光地だけあって訪れる人が多い。

 ルゥはそれを一瞥してから、少し離れた場所でガイド本読んでいるイケテルの下へと向かった。

 彼は退屈そうに大きなあくびをしながら、ページをめくっている。


 「イケテルさん、終わりましたよ。これで中に入れます」


 「ん、応、それにしても人が多いな、手続しないと入れないのか?」


 「ええ、初めて訪れる人は出入りの手続きが義務付けられてるようですね、二回目以降は渡されたパスを見せればそれで済むようです」


 ルゥは説明して、イケテルの分のパスを見せる。


 「これはイケテルさんの分ですが、私が一緒に預かっておきます」

 

 「……まるで夢の国だな、街の出入りが厳しいのはやっぱ安全対策か?」


 「いえ、それよりも観光客の数を把握したいんじゃないですかね。正確な数字が合ったほうが評価されやすいですから」


 評価? とイケテルが疑問の声を上げた。

 ルゥは並ぶ人々を見て言う。


 「街の評価が上がれば、世界町村議会での、その町の街長まちおさの発言力が高まります」

 

 「世界町村議会? なんだそれ」


 「世界町村議会は街や村、小さな集落と言った代表者が集まって国長に意見を述べる場です。ここで決議された内容は協会にも通るのでどの長も必死ですね」


 説明すると、イケテルが面白渋い顔で首を傾げている。

 

 ……この辺りで一度この大陸と国について教えておきましょうか。


 「イケテルさん、ここで久々のお勉強タイムです」


                  ○


 ルゥ先生が授業をするというのでイケテルは座り、黙って飛び出た胸、もとい彼女を見上げていた。


 「それではまず、この大陸のことですが、国という形がありません」


 「は?」


 ルゥのいきなりの言葉にイケテルは言葉を失った。


 ……国がない?


 一体どういうことか。イケテルが疑問する前にルゥが続けた。


 「正確には国はあります。ですが一つしかないのです。この大陸そのものが一つの国なんです」


 「国が一つしかないってそんな事ありえるのか?」


 「ええ、大陸の外、南に諸島はありますが、この大陸には一つだけです。かつては多くの国があったのですが、1000年ぐらい前に大きな戦乱が起きまして、いくつもの国が滅びました。そこに紋章協会が女神の名の下、国々に働きかけ、一つの国になったんです、それが今のこの世界の形です」


 ……国が紋章協会の要望、いや、女神の要望で一つになったってことか。


 イケテルは女神の影響力の高さに寒気を感じつつも問うことにした。

 

 「……やっぱ女神の力のおかげか?」


 「それもありますが、それより協会が紋章技術を掌握していたからですね。どの国も紋章無しではやっていけませんし、なにより敵対して他の国に紋章を流されて攻められたりしたらどうにもなりませんから、あ、もちろん紋章協会はそんなことしようとは思ってません、女神様が見ていますから」


 イケテルはその説明を聞いて思う。

 つまり、女神>協会>国という構図だったわけか。

 ルゥがそんなわけで、と説明を続けた。


 「国が無くなってからは町や村に別れて行って、今の形になりました。基本的な法とかは国として定めたルールに従っています。憲兵隊とかは国の管轄ですね、ようは国=全ての町村集落、協会の協同です」


 「国が一つしかないだけで基本的には変わらないってことか? というか協会が紋章術独占してるとか権力持ちすぎじゃね? あと王様とかいないの?」


 「いえ、いますよ王様。さっき言った国長のことです。そして協会が権力を持ちすぎる問題は、協会上層部に民衆代表として国長がいることです」


 いいですか、とルゥが言葉を紡いだ。


 「国長は各地の町や村の長から話を聞き、要望批判を全て受けて、それをまとめて協会上層部に持ち込み、要求や改善させる立場なんです。その要望を聞く場の一つが先ほど言った世界町村議会ですね」


 「基本協会が一番上に立っていて。そこに色々言われた王がここはそうしろと文句つけるわけか」


 「言い方がアレですけど、まぁそんな感じです。紋章の供給増加や技術提供も直接協会に求めるより確実に通りますね、国長の発言力は高いので、だからその国長への発言力を高めようと、各村や町の長は必死なんですよ」


 なるほどな、とイケテルは両腕を前で組んで、大きく頷いた。

 パネマの村で村長が村を大きくしたがった理由はこれだったのか。

 

 「もう一個聞くけど、国長って普段どうしてんの? やっぱ城で踏ん反り返ってんのか? 経験値とか教えてくれる感じ?」


 「イケテルさんの王様のイメージが酷いものですが、城はありません。砦ならあるんじゃないですかね、一応この大陸の首都となる街には国長の管轄の砦がありますから、

 それと国長は代々同じ家系が行っています。今代の国長は特に精力的で、視察でずっと出回ってるそうです、イケテルさんが破いたニュース紙にもパネマの村に慰安に出向いたって載ってましたよ?」


 一通りの説明を終えたのか、ルゥが胸に手を置いて、息を吐いてから告げた。


 「とりあえずこんなところですね、わかってもらえましたか?」


 その確認にイケテルは頷いて、答えた。


 「とりあえず街を賑わらせようと頑張ってるってことはよくわかった」


 「……ま、それがわかってもらえばいいですかね、と言っても、どこもこんなお祭りしてるわけじゃないですけど」

 

 ルゥが門の方に顔を向けたので、同じように見る。

 門の上には派手に装飾された看板に祝355周年コールブランドの街、記念祭と書かれていた。


 「355年って毎年やってるってことだよなコレ」


 「ええ、それどころか毎日祭やってそうですね」


 互いに顔を見合わせてイケテルは苦笑した。

 立ち上がって、ルゥの隣に立ち、


 「そんじゃあ、宿行くんだろ? とっとと行こうぜ、あと腹減ったわ」


 「それは同感ですね、もうお昼過ぎてしまいましたし」


 ルゥと共にイケテルは門の向こう、祭の中へと歩き出した。

 

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