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四十二章 退院


 検査結果が出て、退院出来たのはルゥが顔を出してから二日後だった。


 結果を伝えに来たは最初に案内してくれた眼鏡で、妙に爽やかな笑顔を浮かべて結論を述べた。


 「勇士殿の肩に刻まれた紋章は穢れた紋章ではなく、地脈ラインから吸い取った力の残滓、結晶体らしきものだとわかりました」


 らしいと? イケテルは怪訝な声を上げると、眼鏡が両手を軽く持ち上げて、


 「いやー、穢れた紋章自体、禁忌扱いなんですよねー。おかげで研究も進んでおらず、今のところではどうして刻まれたのかもわかりません、お手上げですね。とりあえず協会の古い文献を調べてみますので、わかりしだいお伝えします。楽しみに待っててください」


 眼鏡の軽い言い様に少し苛立ちを覚えるが、イケテルは自分の肩を指さして聞く。


 「何にもわからないってことはわかった、で、これ大丈夫なのか? 肩の刻まれた結晶体っての残ったままだろ?」


 「それはご安心ください。その結晶が肉体に作用することはないので、色々と検査させて貰って勇士殿のお体も健康そのものとわかりましたから」


 「無駄に走らされたりしたが意味はあったのか、それじゃあ俺はもう退院でいいのか?」


 「ええ、構いませんよ。そうだ、丁度ここに来る途中で巫女、いえ、ルゥさんに会いまして伝言を頼まれました。勇士殿を上の聖堂で待ってるそうです、あとこれが健康診断表です」


 まとめられた紙の束を眼鏡から渡されたのでイケテルは受け取ると、

 笑みを崩さない眼鏡が別れの挨拶としてこう告げた。

 

 「では、勇士殿、また何かあったらこの研究所にお越しください。今回調べてわかりましたが、あなたの身体は非常に面白い、その顔も含めて、ですね!」


 眼鏡が上手い事言ったつもりか笑ったので、イケテルは一緒に笑って、その眼鏡を二本の指で突き、割った。

 眼鏡を失った眼鏡が、眼鏡がー眼鏡がーと叫ぶが、イケテルは振り返らず、渡された診断表を持って部屋を出た。


                  ○


 昇降機を使って、上に戻ってルゥと合流すると、


 「イケテルさん、出発の準備をしてきますのでここで少し待っていてください」


 と去ってから、二時間経過。

 イケテルはこの教会の長椅子に座り続けていた。

 少し前までは椅子に背を投げて、天井を眺めていたが、今は前かがみになり両手を前で組み、祈るポーズを取っている。

 

 イケテルは祈る振りをして、中央の通路を歩き、祈りをささげる信者たちに飲み物を渡している女性を見た。

 それは長いウェーブの入った髪を揺らして、白いロングタイトの服を着込んだ、いいヒップラインの若い女性だ。

 女性は短い歩幅でゆっくりと通路を歩き、長椅子に座る信者に飲み物を渡そうと前屈みになる、そのたびに形のいい尻が浮き出る。

 

 イケテルは祈る振りを隠れ蓑にしてそれをジッと見ていた。

 ルゥにガン見は止めろと言われた、なので今回は反省を生かして隠れながら見ている。

 

 ……これなら完璧だ、バレなければ嫌われない!


 女性がこちらに来るので、視線を隠すようイケテルは頭を伏せた。

 すると、自分の横で女性が止まった。

 飲み物をくれるのかと思い、顔を上げると、女性が周囲を伺ってから声を掛けてきた。


 「もし、あの、お話があるので少しよろしいでしょうか」


 イケテルは女性からの思いもしない言葉に目を見開いた。


 ……おはなし? これはまさか、女性からの逆ナン!?


 イケテルの頭の中は真っ白になった。

 人生初の体験だった。女性から誘われるなんてことは生前からも無かったことだ。

 どうしたらいいのかわからずにいると、彼女が顔を近づけてきて、耳元で囁いた。

 

 「どうか、私と一緒に外へ」


 誘われるがままイケテルは立ち上がり女性と共に外の扉へと向かう。

 外で一体彼女は自分と何をするというのか、

 

 まさか……外で!?


 イケテルは思わず想像した光景にごくりと、生唾を飲む。


 「……お先にどうぞ」


 扉の前で女性に促されたのでイケテルは扉を開ける。

 これからどうなるのか、どんなことされるのか。

 期待と不安が混じり胸の鼓動が早まるのを手で押さえながら扉を跨ぐと、突如、尻を蹴り飛ばされた。

 

 「――イテェ!?」


 前につんのめって、咄嗟に地面に手足をつく。

 何事かと、イケテルは四つ這いの状態で後ろを見ると、


 「見てんのわかってんだよ、このブ男! 女神様に祈りもしないで、にやついて気持ち悪いのよ! いい、二度と神聖な聖堂にくるんじゃないよぉ!!」


 鬼の形相をした彼女に罵られた。

 さらに、持っていた飲み物を顔に掛けられる、味がない、水だ。

 フンと鼻を鳴らし、彼女が身体を翻して室内に戻る、形のいい尻が見えたあと扉がひと際大きな音を立てて閉められた。


 「く、くそ、やっぱり顔か、イケメンなら許されたはずだ! これも三流女神がブサイクにしたせいだぁ、許せねぇ!!」


 「いえ、やっぱりイケテルさんの行いの問題です。いいリアクション見れたので私は構いませんが」


 淡々と感想を漏らす声に顔を上げると、どこからやってきたのかルゥがいた。

 

 「よくねぇよ! 俺はリアクション芸人じゃねーんだぞ!」


 「笑わせに来るリアクションなんて邪道ですよ? 天然の顔が歪むのが良いんです」


 「お前が邪道じゃい! というかお前、人待たせて何してた! 何時間立ったと思って――」

 

 イケテルは相手の顔を見て、言葉が止まった。

 ルゥの頬が赤く、火照った顔色だった。何か色っぽく、いい匂いもする。


 まるで風呂上がりのような……?


 「あれ、お前、どこ行ってたの?」


 「温泉ですよ、最後に入ってから出発しようかと」


 「やっぱりか! お前、三日間温泉三昧してたな! というかなんで一人で行くんだよ! 俺も連れて行けよおおっ!」


 文句をつけると、ルゥが手を横に振って反論してきた。


 「イケテルさんに言ったら絶対ついてきますし、覗くじゃないですか」


 「……いや、まぁ、そうだな、男には知らなくてはいけないことがあるからな」


 主に知らなければならないのは目下最大の謎、ルゥの性別なのだが、聞いても彼女は答えない。

 

 ……せめて、温泉について行けたら、男湯女湯どっちに入るかで判断できたのに! ついでに覗いたのに!


 悔しさからイケテルは歯を食いしばってルゥを見ると、彼女はため息を漏らしてやれやれと言う。


 「大体イケテルさんは前科三件あるんですよ、ここに来る間も二日連続で馬車の中で寝てる私に触ろうとして吹っ飛ばされたの忘れましたか」


 「忘れるわけねーだろ! 二日連続で外で朝を迎える羽目になったわ!」


 イケテルは諦めたようなため息を一つついてから立ちあがった。

 手で汚れを払い落としながらルゥに聞く。

 

 「それで、これからどうすんだ? お前のことだから、風呂入る以外の準備もちゃんとしてたんだろ」


 「信用してもらってるようで何よりです。手続き済ませて、食料や荷物も積んで貰っておきました。これから北にある街に向かいます」


 艶のある短い髪を揺らしてルゥが振り返る、湯上りのいい香りが鼻孔を刺激する。


 「……で、その街に行く理由は?」


 ルゥが半身をこちらに向けて答える。

 

 「もちろん勇士としての使命、穢れた紋章の調査、それの破壊です。ここから北にある街でそれらしい目撃情報があったのでとっとと片づけに行きましょうか」


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